テニス・菅野浩二、2つ目のメダルならずも最後に見せた「進化の証明」

2021.09.08.WED 公開

メダルマッチで見せたプレーには、ありとあらゆる現実が表れていた。負傷、疲労、年齢差。その中には、積み重ねてきた技術も含まれていた――。東京2020パラリンピックの車いすテニス(クアード)男子シングルスに出場した菅野浩二は9月3日、3位決定戦でニールス・フィンク(オランダ)に0-2で敗れた。1日に行われた男子ダブルス諸石光照とのペアでは、日本勢初となるクアード種目の銅メダルを獲得したが、2つ目のメダル獲得はならなかった。

小さくなかった激闘の代償

男子ダブルスの表彰台でメダルを手に笑顔の諸石と菅野(右)

2日前のダブルス3位決定戦が深夜2時過ぎまで行われたため、当初9月2日に予定されていたシングルス3位決定戦は、3日に順延されていた。しかし、それだけで蓄積された疲労を完全に抜くことはできない。第1セット、菅野は得意のフォアハンドに力が入り過ぎ、球をコートに収めきれず、ミスを繰り返した。ショットにパワーがあるが、攻め急いでいる印象だった。

オランダのニールス・フィンク

対する18歳のフィンクは、コースが分かりにくいワイパーショットのようなスイングで菅野の予測の逆を突いて、ポイントを重ねた。ミスに苛立ちを隠せない菅野が明らかにおかしな様子を見せたのは、第6ゲーム。回り込んでフォアを打とうとした際に、ミートしきれずにラケットを落とした。

ミートしきれなかった菅野

1ヵ月前に首を負傷し、ラケットを握る左手の握力が落ちていたという。負荷を調整しながらやってきたが、連戦やロングマッチの疲労から、大会中に症状が悪化。「パワー負けして指が持っていかれてしまう。(球を)返そうとすると、ラケットを気付いたら落としているような状況だった」と説明した。また、痛みのために直前調整で思うように負荷をかけられず、若手相手との試合で体力面に不安を感じ、攻め急いでいことも明かした。

磨いてきたバックハンドでリズムつかむ

第2セットは、第1ゲームの最初に相手のサービスをバックハンドでサイドラインいっぱいに打ち込む好プレーを見せて反撃モードに入ったが、ダブルフォルトなどでリズムに乗り切れなかった。

しかし、0-3で迎えた第4ゲームで、左手の握力を確かめるような仕草を見せてからコートに入ると、急に試合のリズムを取り戻した。フォアで決め急ぐミスによる失点が減り、磨いてきたバックハンドショットを使ったラリーでチャンスを作ってからフォアの強打につなげる展開が効いた。

バックハンドで反撃する菅野

菅野のフォアは、強烈だ。クアード種目には、両手両足のうち、三肢以上に障がいのある選手のみが参加する。中には、ラケットをテーピングで腕や手に固定してプレーする選手もいる。菅野は高校1年で交通事故に遭い、首から下に障がいが残ったが、20歳で車いすテニスを開始。今大会に向けてクアードに種目を変更したが、当初は、より障がいの軽い車いす男子でプレーをしていたほどで、このクラスでは障がいが比較的軽い。ラケットを握って振れる分、パワーが出る。対戦相手は、これを嫌い、バックハンド側やサイドライン際に多く配球してくる。菅野は、課題だったバックハンドに磨きをかけてきた。

「今日の試合で言えば、後半。ラリーをつないでいるときも、バック側を狙われても、しっかり(バックハンドを)振り抜いてスピンをかけて、しっかりとラリーができた。試合自体は負けたんですけど、自分のやりたいことは、プレーの中でできていた。自分のプレー自体は(レベルが)上がっていっているなと感じました」 負傷や疲労の影響は明らかだったが、バックハンド中心の展開で4-4と追いつく健闘を見せ、言葉通りの進化を印象づけた。18歳の若いエネルギーに圧倒されて2ゲームを連取されて敗れた菅野は「スタミナ、底なしだな」と笑った。

終了後にフィンクと握手を交わす菅野

やれる限り、若手選手の壁となる

40歳のベテランだが、ダブルスでのメダル獲得、ショットの直前にカメラのシャッター音が聞こえる大舞台ならではの環境など、初のパラリンピックで多くの刺激を受けた。

今後については「現状、日本にまだ力をつけてきている若い子がいない。若い子が出てくるまでは壁になってあげようかなというのはありますね。体がやれる限りはやっていきたい」とチャレンジを続ける意向だ。

2つ目のメダルには届かなかったが、新たな刺激を受け、まだやれる、もっとうまくなれる。そう言っているようにも聞こえた。

edited by TEAM A
text by Takaya Hirano
photo by Getty Images Sport

『テニス・菅野浩二、2つ目のメダルならずも最後に見せた「進化の証明」』