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陸上競技
【世界の超人】両脚義足で走る 世界最速女王、マールー・ファン・ライン
世界最速女王、マールー・ファン・ラインにとっての目標は、「今の自分越え」だ。
「私はもっと速く走れると思う。もし、成長できると思えなくなったら、引退します。だって、面白くないもの」
成長の予感が、厳しい練習に立ち向かう原動力なのだ。
水泳から陸上へ
ファン・ラインは1991年、両足の膝から先がない状態で生まれたが、1歳半から義足をつけて生活し、それほど不自由を感じることなく育った。そのうち水泳を始めると、すぐに頭角を現し、2006年にはオランダ代表としてパラ水泳の世界選手権にも出場した。だが、2009年、大学進学を機に引退を決める。競技生活に区切りをつけ、勉強にも力を入れたかったからだ。
望んでいた「普通の学生生活」は長くは続かなかった。2010年末、大学の友人にパラ陸上の発掘イベントに誘われたことが転機となった。あまり気乗りしなかったが、初めて競技用の義足「ブレード」を履いてトラックを走ってみると、髪の毛をなびかせる風が心地よく、日常用の義足で走るのとは全く違う感覚がそこにあった。
「このスピード感、最高! もっともっと速くなりたい」
一瞬で、陸上競技のとりこになった。
最初はスターティングブロックの使い方も知らなかったが、本格的に陸上の練習を始めると、すぐに天性のスプリント力が開花した。「走ることが大好き」という気持ちも彼女のポテンシャルをどんどん引き出した。
わずか2年弱で、2012年ロンドンパラリンピックに出場を果たす。パラアスリート憧れの大舞台だが、初出場の彼女に失うものはない。8万人の大歓声はプレッシャーどころか、力になった。100mではスタートで出遅れ、銀メダルに終わったが、200mでは持ち味である後半の伸びで、最後の直線では他を寄せつけず、金メダルを獲得した。
「フィニッシュの手前で集中力が切れて、歓声が聞こえた。『やった、勝った!』って、最高の気分だった」
短期間の準備で世界の頂点に立ったファン・ラインはロンドン後、アスリートとしてより高みを目指す意識が固まった。健常者のクラブでスプリントを専門とするパーシー・マルテコーチに師事し、改めてランニングの基礎技術を学ぶことから始めた。
とくに100mの敗因でもあったスタートの強化に取り組んだ。スタートを切ってすぐに体を起こしてしまうクセを矯正し、30mから50mまでは45度の前傾姿勢を保ち、そこから徐々に体を起こし、加速につなげていく走りだ。力強い走りを支える筋力トレーニングも増やした。
スプリンターとして順調に成長を続けたファン・ラインは2013年、2015年の世界選手権では連続して2冠を達成、世界記録も何度も塗り替えた。義足の女子選手として100mで13秒を、200mで26秒を切ったのは彼女が初めてだ。さらに、世界最速女王として臨んだ2016年リオパラリンピックでは200mではあっさりと連覇を果たした。100mでは予選タイムが全体4位と少し苦しんだものの、決勝では100分の2秒差で先着し、とうとう金メダルを手にした。
誰よりも速く!
飽くなき向上心
念願だったパラリンピックでの2冠達成にも、彼女の向上心は尽きなかった。「最高の私は、まだ出せていない」と、リオ大会後に練習体制を見直した。パラ陸上で多くのメダリストを育てた実績がある、イギリス人のキース・アントワーヌ氏にコーチを依頼したのだ。以前から面識があり、アドバイスを求めたところ、同氏が語る陸上哲学や練習方法がストンと腑に落ちたからだ。
「ここ数年、もっと早く走れるはずなのに、何かが足りないと感じていました。キースは改善すべき部分を具体的に示してくれたんです」
例えば、レースの組み立て方だ。苦手なスタートからどう加速し、トップスピードにもっていくか、一連の流れとして走り切るためのアプローチ方法を示してくれたという。
現在はオランダに練習拠点を置きながら、同コーチが作成した練習メニューをこなし、ひと月に1週間程度、イギリスに行き直接指導を受けるという体制で練習を続けている。
2017年夏、同コーチの指導を受けてから初の大きな国際大会となる、世界選手権ロンドン大会に臨んだ。200mは3連覇を果たすも、100mでは銀メダルに終わったが、「最大の目標は東京パラリンピックでの2冠です。ロンドン(世界選手権)はその途中。練習は順調に進んでいます」。
成長の手ごたえを自信に、前だけを見据えている。
スポーツ用義足と出会って
走る喜びを共有したい
そんな彼女には今、競技成績と並んで大切にしている目標があるという。「スポーツを通して、誰かの役に立つこと」だ。競技生活はともすると、自分中心になる。だからこそ、広い視野をもち、よい影響を与えられたらと願う。
例えば、彼女自身が偶然、ブレードと出会って走る喜びを知ったように、子どもたちが少しでも気軽にスポーツを楽しめる環境づくりに貢献したいと考えている。とくに、障がいのある子どものスポーツ参加率は低い。「新しいシューズを買ってもらってスポーツを始める子が多いように、スポーツ用義足も簡単に手にできたら……」
そんな思いが2017年10月、形になった。義足メーカーのオットーボック社とスポーツメーカーのナイキ社の協力を得て実現した「プロジェクト・ブレード」というイベントだ。10人の子どもにスポーツ用義足が無料で提供された。「(経済的負担など)スポーツ参加へのバリアが低くなれば、障がいのある子のスポーツ参加率も上がると思う。このイベントがそのきっかけになれたら。これからも続けていけたらと思います」
アスリートとしての大目標はもちろん、東京2020パラリンピックだ。「プロジェクト・ブレード」開催の後に初来日した彼女は、「初出場だったロンドン、2冠を達成したリオ。トーキョーは間違いなくもっと成長したレベルで迎えられると思う。本当に楽しみ」と目を輝かせていた。
いったいどれほど進化した走りを見せてくれるのか。鮮やかに「自分越え」を果たす姿が、今から待ち遠しい。
text by Kyoko Hoshino
photo by X-1, Getty Images Sport
Profile/プロフィール
name 名前 |
Marlou van Rhijn マールー・ファン・ライン |
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国籍 | オランダ |
生年月日 | 1991.10.22 |
競技名 | 陸上競技 |
主なパラリンピック成績 | 2012年 ロンドンパラリンピック 200m(T43)金メダル 100m(T43)銀メダル 2016年 リオパラリンピック 200m(T43)金メダル 100m(T43)金メダル |