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パワーリフティング
壁を超えろ! 築地本願寺で開催された全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権
1月29日に開催された第23回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会。東京の築地本願寺で華やかに行われ、4つの日本新記録が生まれた。
男子は、西崎哲男、大堂秀樹らベテランが各階級の日本記録保持者に名を連ねる中、伸び盛りの光瀬智洋が自身の日本記録を1㎏更新して154㎏をマーク。59kg級を制した。 女子は55㎏の中村光、61㎏級の桐生寛子が日本記録に挑戦したものの、惜しくも失敗に終わった。
「世代交代にはあと5年ほどかかりそう」、「もっと記録が出たのではないか」……大会後、日本パラ・パワーリフティング連盟の吉田進強化委員長は少し物足りなそうに話したが、ケガや病気からの復帰戦だった選手も少なくなかった。パリパラリンピック出場に向けて、ここからの奮起が期待される。
全日本初出場で日本新記録を樹立!
全日本は、3年ぶりに有観客で行われ、前売りチケット120枚が完売する人気ぶりだった。マスク越しの声援や拍手を受けて力を発揮し、新記録を樹立したのは視覚障がいのある田中秩加香だ。
昨年3月に競技を始め、全日本は初出場。競技会は3回目だ。ほぼ観客のいなかった韓国でのアジアオセアニア選手権を経験しており、「日本語の応援は初めてで、緊張しすぎてしまうと思った」と明かしつつ、「少し心に余裕があったため、成功させることができた。観客が入っているなという実感を噛みしめています」と喜びを語った。
73kg級の田中は、第一試技で75㎏をクリアすると、第二試技で80㎏を成功させ、ベンチ台で自らの日本新記録樹立に拍手。第三試技は83kgを申請し、さらなる記録更新に挑んだが、力を使い切ったのか挙げ切れなかった。
それでも、観客にペコリと頭を下げて応え、第二試技でマークした日本女子初となる80kg台突入を素直に喜んだ。
「(80kgは)自分でも半分信じられていませんが、うれしいです」
パラリンピックのパワーリフティングは、下肢障がい者を対象としている。生まれたときから肢体に障がいがあり、その影響から視覚障がいもある田中だが、感覚を大事にすることで重い重量を挙げられるようになった。
コロナ禍の運動不足とストレス解消がきっかけでトレーニングをはじめ、そこからトレーナーらとともに競技を志すように。当初は50kg程度挙げていたが、競技を始めるようになって、肩を寄せたり胸を反らしたりという姿勢を少しずつ耳で聞いて習得していった。
シャフトは、触ってわかる印に小指を合わせてミドルグリップで握る。重りを挙上する際、左右のバランスやしっかり胸の前で重りを止められているかどうかの感覚はまだ捉えづらいという。
「まだまだ未熟。皆さんに見ていただいて、面白いと感じてもらえるような技術を身に着けていきたいです」
田中を指導するひとりの吉田進強化委員長は、「視覚障がいがあって重りを持ち挙げるのは恐怖心があるもの。これからトップを目指す上でなにかハンデが出てくることになるだろう」としつつ、「彼女は先天的に瞬発系の白筋が多い。それに、胸が高く、腕が短い。もう、ベンチ(プレス)のために生まれてきたような体型」とその素質を絶賛する。
パリパラリンピックに向けては、本人も「可能性はわからないけど、目指したい」と前向きだ。
「パリを目指すにはやっぱ世界を見ないといけないと思っているので、いつか3桁の重量を……とは思うんですけど、あまりにも遠い記録。まずは90kgを見据えて着々とがんばります」
この日の三試技目失敗後、悔しそうな表情をのぞかせた期待の新星から、アスリートとしての覚悟を感じた。
テーマは「超える」
今大会は、「宗教、人種、障がいの壁を超える」がテーマ。築地本願寺の東森尚人副宗務長によると、築地本願寺で本格的な競技会が行われるのは初めてといい、選手は本尊の阿弥陀如来像の隣のベンチ台で競技を行った。
2020年1月に築地本願寺で3大会パラリンピック出場の三浦浩が講演した縁がつながり、大会が実現した。
東森副宗務長は「このような大会の開催を通じてバリアフリー化を進めていくきっかけにしたい。よりフラットなお寺にしていきたいですね」と期待を込めた。
text by Asuka Senaga
photo by X-1