世界パラ陸上日本代表の内定を手にした注目選手は? ~日本パラ陸上競技選手権レポート~
「第34回日本パラ陸上競技選手権大会」が4月29日と30日、2024年の世界パラ陸上競技選手権会場と同じ兵庫・神戸総合運動公園ユニバー記念競技場で行われた。7月にパリで開催される世界パラ陸上競技選手権の代表選考を兼ねており、日本一をかけて熱い戦いが展開された。
とりわけ観客の拍手を浴びたのは、雨や風で決して好条件とは言えない中、自己ベストを目指し、存在感を示した選手たちだ。ここでは東京2020パラリンピックには不出場だったが、今大会を制し、パリ2023世界パラ陸上競技選手権の内定を手にした第一人者や新星に注目したい。
世界記録保持者が見せた意地の一投
砲丸投げ(F46/片前腕欠損など)で12m47の世界記録を持つ齋藤由希子は、砲丸投げが実施されなかった東京大会の前に種目を変更。やり投げで目指していたが、出場は叶わなかった。その後、パリ大会で砲丸投げの実施が決まり、「素直にうれしかった」と振り返る。昨年3月に長女・千遥ちゃんを出産した後、急ピッチで競技に復帰した。
「今回パラリンピックに加わったことで、私自身、(世界記録保持者として)そこに出なきゃいけない責任があると考えている。東京パラリンピックに出られなかったところから、砲丸投げが次の大会で実施されるということで、より思いが強くなっているというのもあります」
現在は、妊娠・出産で落ちてしまった筋力を戻すべく、体作りをしている段階というが、昨年10月から競技会にも復帰し、試合に出場しながら世界パラ陸上競技選手権に向けて照準を合わせている。
復帰後4大会目の今回は、「全体の流れが悪かったし、左足の蹴りが弱いなど、改善点がたくさんある」と試合後、反省点が口をついて出た。それでも、試合を通して記録を伸ばし、5投目で11m52をマーク。“復帰後ベスト”をたたき出し、齋藤自身がこの日の目標としていた11m23を超えた。
想定よりも記録が伸びたのは、齋藤が常に世界との勝負を見据えているからだ。“復帰後ベスト”は、同じ組で試合を行ったF20(知的障がい)日本記録保持者の堀玲那との競い合いの中で生まれた。
「今回、彼女が先に12mを投げていて、いい意味で刺激をもらいました。世界パラに行ったとき、このくらい投げる選手はきっといる。そうなったときに、自分自身がどういうメンタルで戦うかを考えながら試合をしました」
実際に、5投目は大きな声を出して気合いを入れて投げているように見えた。
今回、代表に内定した世界パラ陸上競技選手権では、パリ2024パラリンピック内定ラインである「4位以上」が目標だ。過去の自分に勝つことができれば、パリ大会のメダルも見えてくる。笑顔の裏に秘めた負けず嫌いの気持ちが齋藤をさらなる高みに押し上げる。
群雄割拠の視覚障がいカテゴリー
東京パラリンピックに出場できなかった悔しさを胸に、パリパラリンピックのメダルを目指す選手は他にもいる。やり投げ(F12/弱視)の若生裕太は、今大会の5投目で60m03の日本新をマーク。自己ベストは4月に(パラ非公認大会で)記録した60m51(注:日本記録申請中)で今季好調だ。
「アベレージはよくなかったですが……。この日に向けて、ピークを持って来られるようにやってきたので、60mを投げられてすごく良かったです」
東京大会に出場できず、「落ち込みまくった」と若生。挫折から立ち上がり、1年かけて自身の投げのイメージを確立したという。「(昨年の段階で)記録を求めたら、(出場できなかった)東京大会のように挫折を経験してしまうとコーチにアドバイスされ、しっかりとイメージをつくってきたことが今シーズンにつながっていると思います」
回り道で初の世界パラ陸上競技選手権への切符を掴んだ全日本チャンピオンは、「素直に嬉しい気持ちでいっぱいです。世界で戦える選手になれるように、もっとレベルアップしていきたいです」と言葉に力を込めた。
この日、東京大会に出場できなかった悔しさを「少し乗り越えられたかな」と語った若生。約2ヵ月後の初の世界パラ陸上競技選手権では何を掴んでパリパラリンピックへのステップにするのか。ぜひ注目したい。
パラ陸上の花形ともいえる走り幅跳びでは、同じ視覚障がい・T12クラスの新星・石山大輝が自身の持つ日本記録を更新した。石山は、昨年の日本パラ陸上競技選手権でパラ陸上デビュー。3月のドバイグランプリでは6m93の日本記録で優勝し、瞬く間にエース格へと成長した。
「調子が良かった」という今大会は、6回の跳躍をすべて成功させ、3回目で追い風参考記録ながら7m11の大ジャンプ。6回目には7m07の日本新もマークして「やったりました!」と報道エリアでコメントした。
「競技の中で『今の跳躍はこうだったから、次もうちょっとこうしたら伸びそうやな』って考えながら修正して跳ぶのが好き。(今回の試合は)腕振りのタイミングを修正しました」と充実感を漂わせた。
勢いに乗る石山は、東京大会で日本が銅メダルを獲得したユニバーサルリレーの有力メンバーとしても期待される。7月の世界パラ陸上競技選手権では、100m(T13)で10秒98のアジア新記録をたたき出した川上秀太、400m(T13)でアジア新を記録した福永凌太らとともに、その名を世界にとどろかせるに違いない。
text by Asuka Senaga
photo by X-1