メンバーたった10名程度。バスケットボールW杯日本組織委員会が描く未来――沖縄と子どもたちにかける想い
8月25日に開幕した「FIBAバスケットボールワールドカップ2023(以下、バスケットボールW杯)」。バスケットボール男子日本代表「AKATSUKI JAPAN」の活躍は日本を大いに盛り上げているが、このバスケットボールW杯で注目したいことは他にもある。史上初めてフィリピン・インドネシア・日本の3カ国共催で開催されること、そして日本での開催地が沖縄であることだ。
日本でのバスケットボールW杯開催の主軸を担うのは、なんとたった10名程度のメンバー。多様性を尊重し、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の実現を目指して社会が変わろうとする中、独特の文化を育む沖縄でスポーツの国際大会が開催される意義と、その先に見えてくる沖縄とスポーツの未来とは――FIBAバスケットボールワールドカップ2023日本組織委員会のキーパーソンに、その舞台裏と大会にかける思いを聞いた。
3カ国共催によるメリット
FIBAバスケットボールワールドカップ2023日本組織委員会の副事務局長を務める笠原健太さんは、もともと広告代理店でB.LEAGUE創設時からバスケットボールを担当していたが、「代理店ではできないコンテンツ側の仕事に魅力を感じて」と、日本バスケットボール協会(JBA)に転籍。その後、代理店時代も含めた海外スポーツ団体との仕事の実績などを買われて2018年に大会組織委員会に入り、日本のイベントディレクターとして国際バスケットボール連盟(FIBA)や沖縄県・市との折衝、放送・演出面などを担当する海外ベンダーとの調整、沖縄での機運醸成活動などを主に担ってきた。
今大会の大きな特徴であるフィリピン、インドネシア、日本の3カ国共催における連携・調整も笠原さんの業務の1つ。文化も言葉も働き方も違う3つの国が1つの大会を開催しようというのだから、難しい面も確かにあったという。そんな中でもメリットとして挙げたのがコスト面だった。
「選手の宿泊、食事、輸送、また国際放送するためのインフラなども含めて費用は大会組織委員会が持つことになるので、中国やカタールといった裕福な国家ならば1カ国開催は難しくないと思います。しかし日本では、B.LEAGUEが人気になってきているとはいえ、まだバスケ界の産業規模としては1カ国開催をするだけの経済的負担、運営的負担を掛けられない現実がある。その中で3カ国共催をすることによって、開催の負担を3カ国で分けながら、経済的負担も分けられるということがメリットだと思いますね」
予期せぬ新型コロナウイルス感染症の拡大があったとはいえ、東京2020大会において経費が膨らんでしまったことは記憶に新しく、大きな問題にもなった。そして、現在の日本国内における経済状況を鑑みても、いくら歴史あるスポーツの世界大会とはいえ世間から向けられる“お金”に関する目は決してやさしくはない。その中で無理して背伸びをせず、身の丈にあった運営を目指しての複数国による共催というのは現実的かつ有効な手法であり、今後の国内や世界における国際スポーツ大会開催のモデルの1つともなっていきそうだ。
また、コスト面だけではなくバスケットボールの普及という観点からも、1カ国で開催するよりもフィリピン、インドネシア、日本で同時に開催することでアジア全体を巻き込んでのバスケ熱の高まりが期待できるという点も挙げられた。
W杯を見た子どもたちが10年、15年後の日本代表に
では、そうした3カ国共催を進める中、なぜ日本での開催地として沖縄に白羽の矢が立ったのか。大きな要因として笠原さんが挙げたのが、1万人規模を収容できる沖縄最大にして日本で初めて本格的にバスケットボールを中心としたエンターテインメントに特化したアリーナである「沖縄アリーナ」が新設されたこと、そして、バスケットボールに対する沖縄県民の関心の高さだった。
「フィリピンのマニラ、インドネシアのジャカルタといった首都圏と比べると、沖縄は人口が少なく、世界的なイベントを開催するという点ではハードルが高いところもあるのですが、実際にやってみると、マニラやジャカルタを凌駕するようなバスケ熱があります。沖縄の人たちにも『なんで沖縄なの?』と聞かれることがあるのですが(笑)、我々としては沖縄を開催地に選んで本当に良かったなと思っているんです」
そんなバスケットボールとの結びつきが深い沖縄で開催するW杯。当然、今だけの盛り上がりで終わるのではなく、笠原さんが見据える視線はその先――沖縄とスポーツの未来にまで広がっている。
「これまで沖縄にはハコがなかったということもあるのですが、なかなかこの規模の世界大会をやったことがありませんでした。ですので、ぜひ今大会を成功させて、今後、沖縄でバスケットボール以外でも様々な世界大会、またアジア圏の大会も含めてできるようなきっかけを作りたいということを今、もう一つのテーマとして持っています」
そして、バスケも含めた沖縄とスポーツの未来を描くなかで、笠原さんが今大会を開催する意義として特に重要な要素として強調したのが、「沖縄の子どもたちの未来」だ。沖縄は大小さまざまな島で構成されている島しょ県であり、試合が開催される沖縄本島以外の島々の子どもたちにもバスケットボールW杯のことを知ってもらい、じかに触れ、体験してもらいたい。そんな思いから笠原さんは、日本最南端に位置する小学校である波照間小中学校まで優勝チームに贈られる「ネイスミス・トロフィー」を持参して訪問し、バスケットボールW杯をプレゼンするなど、子どもを中心軸に据えた活動もこれまで続けてきたという。
「世界的に活躍する日本人選手が出てくると、その10年後くらいにさらにスターが生まれる、そんな流れがあるように思います。野球なら大谷翔平選手の前にはイチローさん、松井秀喜さん、野茂英雄さんがいて、ゴルフで言えば松山英樹選手の前には宮里藍さんがいた。沖縄でバスケットボールをやっている子どもたちはおそらく将来は琉球ゴールデンキングスに入りたいと思っています。そんな子どもたちに、このW杯をきっかけにもっと世界に目を向けてもらえれば、10年、15年後の日本代表に今回のW杯をじかに見た沖縄県出身の選手が入り、世界ランキング1位、2位の国に勝つ――そうしたことにつながっていけば、沖縄でW杯を開催した意義がより大きくなっていくのではないかと思っています」
子どもたちが新たな世界と出会う『DREAM BIG OKINAWA』
この次世代の子どもたちにフォーカスした施策、取り組みに関しては、日本の組織委員会が仕掛けた特徴的なプロジェクトがある。それが、“ワールドカップを通じた、大きな夢を抱くきっかけづくり”をミッションに掲げ、様々な視点から新たな世界との「出会い(Meet)」を、沖縄を中心とした子どもたちに提供する『DREAM BIG OKINAWA』だ。このプロジェクトでは馬瓜エブリン選手や車いすバスケットボールの選手らアスリートとバスケを通じて交流しながら夢の大切さを学ぶ「MEET THE DREAM」、沖縄の伝統文化・芸能を学び大会期間中にパフォーマンスを披露する「MEET THE CULTURE」、食を通じて共催国や出場国の文化を体験する「MEET THE MEAL」といった多様なプログラムをいくつも展開してきた。
また、今大会は美しい海と島の自然を有する海洋国同士の共催であることから、FIBA本体も環境保全に特に注力しており、大会マスコットの「JIP(ジップ)」はリサイクルのゴミから変換されたエネルギーを原動力とするロボットだ。日本組織委員会はそこから着想を得た「MEET THE ENVIRONMENT」として、バスケ要素を取り入れたゴミ拾いゲーム「Pick & Shoot!」を考案。沖縄のみならず、北海道、仙台、東京などでも実施し、バスケの楽しさと環境保全の大切さを学びながら清掃活動し、さらに東京で実施した際には沖縄グループステージに出場する8カ国の人たちにも参加してもらうことで国際交流の場ともなった。この「Pick & Shoot!」は大会後にW杯のレガシーとしてB.LEAGUEに引き継がれ、複数のクラブで実施が予定されている。
自分の世界はもっと広げられる、そのきっかけに
これらの企画は日本の大会組織委員会がゼロから手作りしてきたものだ。担当した広報PR部会マネージャーの中澤薫さんは「W杯のプロモーションという視点できちんと発信しながらも、それらをきっかけにより多くの子どもたちにバスケの面白さが伝わり、大会を通じて色々な可能性を広げてもらうことをミッションとしてやってきました」と、大会開催までの広報活動を振り返った。
それと同時に、自身も2児の母である中澤さんが語った、W杯を通じて次世代の子どもたちに残したいレガシー。それは「世界の広さをリアルで感じてもらう」ことだった。
「(普段の生活では)子どもたちは『外の世界』があるという実感があまりないと思いますし、沖縄から出たことがないという子どもも多いと思います。今回のW杯では世界中から選手だけではなく、ファンがたくさん来ますので、『外の世界』と触れてもらって、世界はこんなに広いんだということをリアルに、肌で感じてもらいたいですね。こういう機会はなかなかありませんから、そこで良い刺激をたくさんもらって、自分の世界はもっと広げられるんだと思ってもらえるきっかけになればすごくいいなと思っています」
スポーツの楽しさと興奮と共に世界中の人と出会う経験は、「多様性」を自分の身をもって感じ学ぶこの上ない機会となるはずだ。ダイバーシティ&インクルージョンの面においても、及ぼす影響は計り知れない。
笠原さん、中澤さんがともに描くバスケットボールと沖縄、そして子どもたちの未来と可能性。W杯をきっかけとした大きな希望、あるいは変化が、沖縄全島に降りそそぐ太陽のように広がっていくことを期待せずにはいられない。
子育てと仕事に全力投球。内外で「多様性」を重んじる組織が描く未来
一方で、取材の中で感じた日本組織委員会について特徴的だったのが、わずか10名前後という少数で運営されていたこと。もちろん、これは実施競技数や出場国・地域数が違うオリンピックなどと単純に比較できるものではないし、沖縄県内の自治体をはじめとしたさまざまな外部組織と連携していることは明白だが、それにしてもW杯規模の中核を担う大会組織委員会が10名程度で構成、運営されているということは驚きだった。
うち4割ほどは女性職員。「確かに女性は多いですが、組織委員会内では男性だから、女性だからというのはあまり考えていないですね」と中澤さん。ただし、「シンプルに発想がいろんな角度から出てくるという意味では、凝り固まった組織にはなりづらいというのが非常に大きなメリットだったと思います。私も含め、みんな色々と立場が違いましたから」と、スポーツの組織によくある縦割りではなく、みんなが横並びでマルチタスクをこなしたからこそ、様々な視点からアイデアが出てきたのだろう。
かつての職場で産休を経験した中澤さん。育児を十分にできるようにという気遣いから、復帰後は業務内容や勤務時間を調整された経験があった。それに“組織のやさしさ”を感じつつも、仕事にももっと打ち込みたい、完全燃焼したいという気持ちとの間に「母親としてのジレンマがあった」という。一方で現在の日本組織委員会では、中澤さんが育児と並行して仕事でもなるべく100%の力を発揮できるよう、普段からコミュニケーションを取りながら柔軟に業務を調整できる環境をチーム全体として整えることで、小さい子どもを2人もつ母としても、全力で業務に取り組めているという。
「私は大会期間中はメディアオペレーションマネージャーという、いわゆるメディアを仕切るトップの立場になるのですが、まさか子どもを2人抱えた状態でそんな責任のある仕事を任されるなんて……。プレッシャーは感じますが、それ以上にやりがいを感じています。組織やメンバーに本当に恵まれているので、その感謝の気持ちから、期待に応えたい、組織のために頑張ろうというモチベーションもわきます。また、かつての私と同じようなジレンマを感じている女性はきっといると思うので、周囲の理解とサポートがあれば力をもっと発揮できる女性がたくさんいるということが伝わればと思っています」
これまでの大人数の組織が運営していたスポーツ国際大会とは一味違い、少数でありながら中澤さんのような子育て世代の女性が全力を傾けられる風土と多様性を含んだ組織が作りあげた世界規模の大会は、沖縄と日本、そしてスポーツ界にどのような成果、変革をもたらすのだろうか。世界のトップ選手のプレーと合わせて、D&I社会実現への観点から日本組織委員会が仕掛けるアイデアの数々にもぜひ注目しながら、このバスケットボールW杯を見届けていただきたい。
text by Atsuhiro Morinaga(Adventurous)
photo by Tomoaki Kudaka