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車いすバスケットボール
車いすバスケットボール女子、史上初の「皇后杯」は白熱の優勝争いに!
11月10、11日の2日間にわたって、グリーンアリーナ神戸で「皇后杯 第29回全日本女子車いすバスケットボール選手権大会」が開催された。今年初めて「皇后杯」を下賜された記念すべき大会。注目は大会5連覇を狙うカクテル(近畿)の牙城を崩すチームが現れるのか、にあった。果たして「皇后杯」を手にしたのは――。
決勝は昨年と同一カードに
全国から7チームが出場した今大会、決勝に進出したのはカクテルと前回準優勝のSCRATCH(東北)。シードのカクテルは準決勝でBrilliant Cats(東海北陸)を73-36で、一方のSCRATCHも1回戦でパッション(四国)を79-18、準決勝ではELFIN(関東)を73-42と撃破。10月に行われたインドネシア2018アジアパラ競技大会の日本代表メンバーを数多く擁する両チームは、他を寄せつけない圧倒的な力を見せつけて決勝に駒を進めた。
昨年の決勝ではカクテルが47-38でSCRATCHを破り、4連覇を達成。オールコートのマンツーマンディフェンスを武器に、“走るバスケ”を身上とするカクテルの“黄金時代”は磐石のように思えた。しかし、今年は苦しいチーム事情を抱えていた。
車いすバスケットボールの女子選手の競技人口は男子と比較すると非常に少ない。今大会に参加した7チームのうち、選手数が1ケタというチームはカクテルとSCRATCHを含めて4チームにのぼる。そんな厳しい状況下に加えて、カクテルは2人が欠場した。そのうちの1人は、日本を代表するポイントゲッターの網本麻里(4.5)だ。彼女は10月からスペインリーグでプレーしているために皇后杯は欠場となったのだ。
一方、SCRATCHには大きな戦力が加わっていた。今年加入した土田真由美(4.0)。ミドルシュートを得意とするハイポインター(持ち点の高い選手)だ。高さもある土田の加入によって、SCRATCHの得点力、守備力は格段に上がったことは明らかだった。
前日、決勝のカードが決まった際、カクテルの岩野博ヘッドコーチ(HC)は、こう語った。
「決勝はシーソーゲームになると思いますので、勝負は最後の2分くらいかなと。それまでうちがどれだけ粘れるかですね」
果たして、その予言通りの展開となった――。
チームの危機に感じた手応え
大会2日目の11日、午後2時半。1600人以上の観客が見守る中、日本一決定戦の火ぶたが切って落とされた。
最初の得点を挙げたのは、SCRATCH。大森亜紀子(2.0)がレイアップシュートを決めてみせた。先陣を切って得点したのが、ほかの誰でもない大森だったことは、SCRATCHにとっては最高のスタートと言ってよかった。実は前日、藤井新悟HCは彼女をキーマンの一人として挙げていたのだ。
「勝負のポイントは、全員が積極的にゴールに向かう姿勢を見せられるかどうかにあると思います。そのためにこの1年間、練習を積んできました。なかでもカギを握るのはローポインター(持ち点の低い選手)の2人、大森と財満(いずみ)の得点だと思っています」
その大森のシュートを皮切りに、SCRATCHはハイポインターの藤井郁美(4.0)、土田にも得点が生まれ、第1ピリオド前半は8-4とリードを奪った。しかし、SCRATCHに試合の流れがいきかけたところで、それにストップをかけたのはカクテルのキャプテン北田千尋だった。北田は第3ピリオドを見事に決めてみせ、1点差に詰め寄ると、さらにミドルシュートも入れて逆転。その後、柳本あまね(2.5)、清水千浪(3.5)も得点を挙げ、15-10とカクテルが5点をリードした。
しかし、SCRATCHも負けてはいなかった。第2ピリオドではカクテルのマンツーマンディフェンスに対してトランジションの速さとクロスピックで打開して何度もブレークし、逆にカウンター攻撃で得点を重ねた。さらにディフェンスも戻りが速く、カクテルの得意の展開に持ち込ませなかった。そのカクテルは北田が16得点中13得点と孤軍奮闘したものの、SCRATCHの勢いに押されるようにして逆転を許した。32-31とその差はわずか1点とはいえ、試合の流れを引きよせ始めていたのは、明らかにSCRATCHだった。
続く第3ピリオド、この後半での攻防こそ、後の勝敗に大きく影響することとなる。序盤で再びリードを奪ったSCRATCHだったが、残り6分半のところで藤井郁美が1 on 1をしかけると、北田がファウルを取られてしまう。これが北田にとって3つ目のファウルとなり、岩野HCは北田をベンチに下げた。
チーム一の得点源である北田を失ったカクテルは、最大の危機を迎えていたと言ってもいい。実際、SCRATCHには6分半で14得点を挙げられた。しかし、それでも逆転を許すことなく、50-50の同点で終えたことは、カクテルにとっては大きかった。
岩野HCはこう語っている。
「もし内容的に大崩れするようであれば、北田を出さざるを得ないと思っていました。でも、崩れることなく第3ピリオドを同点に終えたことで、予定通り最後の第4ピリオドで勝負できるという手応えを感じていました」
北田もまた、自分と交代した若手の吉岡季海(4.5)の頑張りに「よし、いける」と思っていたという。ハーフタイムでベンチに戻ってきたメンバーたちに、北田は「ありがとう」と伝えた。
明暗を分けた最後の残り40秒
迎えた第4ピリオド、北田をコートに戻したカクテルは息を吹き返したかのように得点を挙げ、残り5分で59-55と4点のリードを奪う。早めに追いつきたいSCRATCHだったが、その後は取って取られての激しい攻防戦となり、4点差は変わらないまま、試合は終盤へと突入した。
残り約40秒で、SCRATCHの藤井HCがタイムアウトをかけた。少なくとも2本のシュートが必要な状況の中、残り時間を考えた作戦が練られていた。
「自分たちのボールからスタートでしたので、まずは早い段階でシュートを狙いにいって、24秒以上を残すこと。そうすればもう一度、攻撃のチャンスがあるだろうと。ただしそのシュートが外れた場合は、すぐにファウルゲームに持ち込もうという話をしました」
タイムアウト明けに藤井郁美がミドルシュートを狙うも、これが外れてしまう。するとすぐに財満が連続でファウルをしかける。5ファウルでカクテルにフリースローが与えられたものの、今大会も安定したシュート力を見せていたカクテルの清水が珍しく2本ともに落としてしまった。残り時間は25秒。SCRATCHにはチャンスが残された。
2本目のフリースローのリバウンドボールを土田が取り、SCRATCHはすぐにカウンター攻撃をしかける。ところが、最後の最後に痛恨の連携ミスが出た。ハーフラインまでつながれたボールを萩野真世(1.0)がほぼフリーの状態で前線に抜け出した大森にパスを出したものの、2人の一瞬の判断に食い違いが生じたのだろう。萩野が出したパスと大森の動きが合わず、無惨にもボールはコートの外へと転がっていった。約10秒後、試合終了のブザーが鳴り響いたと同時に、カクテルの5連覇が達成された。スコアは65-61だった。
初の皇后杯は、その名にふさわしく熱戦のうちに幕を閉じた。最後までどちらに勝利の女神がほほ笑むのかわからない手に汗握る展開に、会場に詰めかけた観客はすっかり魅了されたに違いない。そしてハイレベルな決勝戦は、今後の女子車いすバスケットボール界の明るい材料となるはずだ。
※文章中のカッコ内は、障がいの種類やレベルによって分けられた持ち点。
参考:車いすバスケットボールについて
text by Hisako Saito
photo by X-1/JWBF