新たな歴史を刻んだ車いすラグビー日本代表、“三度目の正直”の金メダルは地力で掴んだ
9月2日の夜、シャン・ド・マルス・アリーナの大歓声に包まれて12人の戦士たちは勝者の円陣を組んで叫んだ。
「ワン、ツー、スリーJAPAN!!!」
夢ではない。本当に世界一になったのだ。興奮を抑えきれない車いすラグビー日本代表選手たちの顔は紅潮していた。
決勝の相手は前回銀メダルのアメリカ
過去2大会は準決勝で敗れ、銅メダルだった。前日に“準決勝の壁”を破り、初めて決勝に進出した日本チームの相手は、パラリンピック決勝の常連アメリカだった。
第1ピリオドで、日本代表はいきなり3点のリードを許してしまう。車いすラグビーにおいて、3点差は決して小さくない数字だ。勝てそうで勝てない。3位に終わった過去2大会でも、日本代表だった池透暢キャプテンは「またか(優勝できないのか)」という思いが頭をよぎったという。
しかし、第2ピリオド。アメリカの大黒柱チャック・アオキ(3.0)、最強ミッドポインターのジョシュ・ウィラー(2.5)らを擁する最強ラインに対し、日本は高さのある池のスチールで1点を取り返すと、ベンチはコートにいた池、乗松聖矢に加え、倉橋香衣と橋本勝也を投入。女性プレーヤーのサラ・アダム(2.5F)にタックルするなど、激しいディフェンスを仕掛けて相手のパスを切り裂いた。
「(アメリカのエース、アオキの表情が)だんだん暗くなっていったので、(ディフェンスが)効いているのかなと思った」(倉橋)
この日は、前日の準決勝では動きが硬かったチーム最年少の橋本も、疾走感のある走りでコートをかき回した。
「昨日は(緊張で)吐きそうだったが、今日に限ってそれはなかった。楽しかった」
対するアメリカは東京大会以降、名選手だったジョー・デラグレーブがヘッドコーチ(HC)になり、チーム再建の道半ばにいる。第2ピリオドでは、タイムアウトを使う場面が増え、焦りが見え始めた。
試合は、前半が終わって24‐23と日本がリード。「金太郎飴のように」(岸光太郎HC)どのラインでも同じように戦える層の厚さが日本の武器だが、この日は第2ピリオドでハマったディフェンス最強ライン<橋本(3.5)、池(3.0)、乗松(1.5)、倉橋(0.5F)>の出番が長かった。
今大会好調だった相手女性プレーヤーを抑えた乗松は、豊富な運動量でチームを支え、「後半、自分のスタミナを生かして粘り強い戦いができた」と胸を張った。
アメリカの体力と気力を削ることに成功した日本は、そのままリードを広げ48‐41で勝利。日本が史上初の金メダルに輝いた。
パラリンピックで悲願の金メダルを呼び込んだ次世代エースの“魂のタックル”
金メダル候補だった東京大会。日本は準決勝でイギリスに負けて、文字通り大粒の涙を流したが、結果的に若手の小川仁士(1.0)、長谷川勇基(0.5)、中町俊耶(2.0)、そして橋本が世界で通じるプレーヤーになる覚悟を決めた転機になった。
特筆すべきは、44歳の池、46歳の池崎、ベンチに控える最年長49歳の島川慎一(3.0)といったベテラン勢と同様の役割を担う「ハイポインター」橋本の成長だ。 東京大会でチームに貢献できる選手になると誓った橋本は、この3年間、車いすラグビー中心の生活をして金獲りに臨んだ。
決勝は、チームで2番目に長い24分間出場し、19点を稼いで勝利に貢献。日本が初めて“世界一”になった2018年世界選手権(シドニー)の準決勝・アメリカ戦では、出場機会がなく、「自分に出番があったらどうしよう」と委縮していた橋本。それだけに強い気持ちでタックルをする橋本の姿は、次世代のリーダーとして頼もしく、先輩たちからエースのバトンを譲り受けるにふさわしい存在感を見せたといえる。試合後、テレビ電話でつないで優勝の報告をしたという前日本代表HCのケビン・オアー氏も大喜びしていることだろう。
「橋本は日本を背負っていくハイポインターになると思うし、なってもらわなきゃ困るし、今回なったかなと思います」とは2012年のロンドン大会から日本をけん引してきた池崎。
そんな橋本をはじめとする選手たちに「いつも通りのプレー」を望んだのは岸HCだ。日本に地力がついてきたからだ。特別な気合いは必要ない。それが今までのパラリンピックとは違う点だった。
約1年前オアー氏から役目を引き継いだ岸HCは、リオ大会の銅メダリスト。選手時代には得られなかった悲願の金メダルを獲得した。
「パラリンピックで初めてセンターサークルで円陣を組んだ。まさに、ここが頂上。そこで、今まで引っ張ってきてくれた人たちに感謝し、対戦相手のアメリカにもリスペクトしたうえで、みんなの力で達成できた、と話しました」
「感謝」、「楽しむ」、「いつも通り」を貫いたチームは強い。それを日本が証明した大会になった。
text by Asuka Senaga
photo by Takamitsu Mifune
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