海外からも取材殺到。80歳以上限定のシニアサッカーにみる「生きがい」の影響力

東京都で2023年に開幕した、80歳以上に年齢を限定したシニアサッカーリーグが、世界から注目を集めている。試合時間は前後半合わせても25分。プロサッカーの90分に比べると時間は3分の1にも満たないが、サッカーを知り60年になる選手たちは短い試合時間に全力を懸けている。80歳以上という年齢も厭わず、なぜ彼らはサッカーを続けるのか。少子高齢化が加速する日本で、生涯スポーツはどのような価値や意義を生み出すのだろうか。同リーグを担当する東京都シニアサッカー連盟の青山哲司さんに伺った。
シルバーヘアのイレブンが魅せる華麗なプレー

80歳と聞くとどんな動きを想像するだろうか。
機敏に動くサッカーというよりも、ゆっくりと歩いているようなイメージを持っている方が多いのではないだろうか? しかし、ピッチに立つ選手たちの動きは私が80代と聞いてイメージしたものとはまるで違った。
華麗なトラップやライン際でボールを残すためのダッシュ。シュートやパスなどのキックもお手のもので、助走をつけて蹴りだした球は高い弾道で飛んでいく。プロ選手の美技を見た時とはまた違った驚きを覚える。
そんな80代の選手が約60人集まり、3チームに分かれて1位を争うリーグが80歳以上限定のリーグ「SFL(Soccer For Life)80 東京都シニアサッカーリーグ (O-80)」だ。
試合が行われるのは月に1回。1試合は12.5分ハーフで、交代回数は自由。途中で代わった選手が再びピッチに戻ることもできる。
健康そうに見える彼らだが、年齢は80代。「安心・安全が一番大事です。けがをしたら本当に選手生命が終わってしまうので」と青山さんは話す。
負傷を防止するためのルールも細かく決まっていて、後ろからのタックルやスライディングはもちろん、反動をつけてぶつかるようなショルダータックルも禁止だ。外傷だけでなく、熱中症による健康への危険性を避けるために、7、8月は開催していない。
また、選手の中には何人か医師もいて、彼らが常に全員の体調に目を光らせている。
服薬状況や血液型など万一のことがあった際に対応できるよう、必要事項を書いてもらった書類を常にベンチのカバンに入れてもらっているのだという。
「急病の対処に慣れている人が多くいるので、一次処置が手早く、正確です。むしろ他の場所で倒れるよりもグラウンドの方が助かるかもしれないくらいです(笑)」と青山さん。過去に体調を崩した選手もいたというが、速やかに処置が行われ、今もピッチでプレイしている。
高齢サッカー人口のフロンティア、それが80代

元々40歳以上の括りしかなかったというシニアリーグ。今では60歳以上から80歳まで5歳刻みで新リーグが設立されている。
「リーグ設置を先導してきたのが今の80代の選手たちです。彼らが旧制大学などで学生だったころ、ヨーロッパから入ってくる真新しいものの一つとしてサッカーという競技を始めたようです。時代が流れ、今はサッカー人口の高齢化最前線で次の世代がプレーできる場を作り続けています」
5歳刻みであることにも意味がある。
「サッカーは体力や運動能力が非常に重要な競技です。かつて10歳刻みだったころは、69歳が60歳と一緒にプレーしていましたが、全然かなわないんです。いつまでもみんながピッチに立てるよう、シニア世代は5歳刻みがルールになっていきました」
年齢が69歳のため、自らも65歳以上と70歳以上の2つのリーグに参加している青山さん。
「5歳刻みで次の年齢のカテゴリーに入れるのは、また新人になるような気持ちになるんです。歳を取ることを悲観することなく、いくつになっても5年が経つとまた重要な戦力に戻ることができる素晴らしいシステムだと思います」と話す。
今はまだ、80代リーグの参加者は多くなく、選手が自分たちの知り合いだけで作る単独チームはないという。引退する人の抜けた穴を把握した運営が、新しく80代に仲間入りする選手を各チームに割り振り(通称・ドラフト)、平均年齢や実力に差ができないようにしているという。
「これから80代のサッカー人口が増える年代になってくるので、かつての70代のリーグがそうだったようにきっと単独のチームができていくと思いますよ」と期待する。
サッカーで生まれる仲間との交流が「生きる」活力に

12.5分ハーフという奇妙な試合時間にはシニアの生きがいを作るための仕掛けがある。
元々80代のリーグは15分ハーフだったが、70代のリーグと同日に開催することになってから短縮となった。
70代のリーグは準備と片付けを行い、朝と夕方にプレー。80代はこの合間の時間にリーグ戦を行うことになり、間の時間を試合数で割ると、見慣れない12.5分の設定になるのだという。では、なぜ時間を短縮してまで70代と同日にしたのか、それは体力的な問題が原因ではない。
「80代の皆さんは学校だったり、退職前の職場だったりで70代の人の先輩であるケースが多いです。彼らの中ではまだ体育会系の関係性は続いていて、後輩に会うことで若いころと変わらない雰囲気に浸り、ハリが出るんです。70代からしても『俺もうダメかな』と思うときに80代の先輩の元気な姿を見るとまだやれるかなと思えるようになります。相乗効果ですね」(青山さん)
月一で行われるリーグ戦だけでなく、日々の練習もシニア世代には活力の源になる。
「シニアの練習は協会だったり、チームだったり、個人だったり、ほぼ毎日どこかで誰かが開催しているような状態です。定年を迎えた65歳以上で暇な人は週に3、4回来ています。終了後にみんなで飲みに行ったりすることで、会社を辞めた後も社会とのつながりが残り続けるというのはいいと思います。これは余談ですが、75歳以上の練習会には、20代~40代の女子部の練習参加メンバーが加わってくれています。いくつになっても女性が入るとやる気が出るもんなんですよね」と青山さんは笑う。
海外からも熱視線。生涯続けられるサッカーであるために

サッカーは工夫次第でいくつになってもプレーすることができると青山さんは話す。
「今は子どもも大人も女性も一緒にプレーできるウォーキングサッカーもありますし、人数が少なくてもできる7人制のサッカーだってあります。歳を重ねると実力差もなくなっていくので、かつて憧れた代表選手と一緒にプレーすることができますし、若いころとは違う楽しみ方があると思います」
80代のリーグは海外からも熱い視線が向けられていて、ドイツ、スイス、フランス、オーストラリアなど様々な国から取材が殺到しているという。
「取材をされに来たドイツの方から伺いましたが、平均年齢的にヨーロッパの高齢化の10年先を日本が行っているようなんです。彼らからすると、今の日本が10年後の自分たちの国なんですね。これから日本のサッカー人口は50代をピークに層化していきます。いずれは高齢者のワールドカップを開いてほしいですね」
いくつになっても真剣に取り組めるスポーツがあることは長い人生においてこんなにも価値があるということを知った。運営側がシニアにとってのサッカーを理解し、彼らの年齢に合わせてリーグ戦の開催時間やシステムを柔軟に変えていく姿も印象に残った。高齢者が年を重ねてもプレーすればするほど、サッカーは姿を変え、その可能性も広がっていくのかもしれない。
text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真提供:東京都シニアサッカー連盟