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陸上競技
[第100回日本陸上競技選手権大会]一般の大会で、パラ選手が走る意義
リオオリンピック代表選考会も兼ね、6月下旬に名古屋市のパロマ瑞穂スタジアムで開催された「日本陸上競技選手権大会」。有力選手がひしめく男子100mなど注目種目も多く、3日間で約61,800人の観衆を集めた。その盛り上がりの中、最終日にパラリンピック種目の男子T44/47(切断など)100mと男子T54 (車いす)1500mがエキシビションレースとして実施された。
立位クラスの実施は史上初
同大会史上、パラ種目の立位クラスが実施されるのは史上初。車いすレースも1991年、その年の世界選手権東京大会でのエキシビションレースの“代表選考会”として行われて以来、四半世紀ぶりになる。日本陸上競技連盟の尾縣貢専務理事は画期的な取り組みについて、「(パラ陸上も)同じ陸上競技なので、『ともに高めていく』という考えがあり、最近、連携を強めているなかのひとつの過程」と説明した。
義足や車いすを使う「パラ陸上」という競技は知っていても、レースの観戦経験がある人は残念ながら、まだ少ない。陸上ファンが集まる国内最高峰の舞台での実施は、パラ陸上にとって選手の地道な努力や競技レベルを見せる絶好の機会でもある。
選手も同じ思いだったのだろう。先に行われた車いすレースでは国内トップクラスの6選手が見ごたえある勝負を展開した。号砲とともに飛び出したのは若きスプリンター生馬知季。「インパクトを残したかった」と定評あるスタートダッシュを決め、大きな拍手を浴びた。200m付近で日本記録(2分56秒33)をもつ樋口政幸が先頭を奪うと、伸び盛りの鈴木朋樹が外側から何度も仕掛ける。レースはそのまま終盤に入り、残り100mでピタリとつけていた渡辺勝が鮮やかなスパートで樋口を交わし、3分06秒69で勝利した。
「記念すべき100回大会にパラリンピック種目を取り入れもらい、『競技を知ってもらえるチャンスだ』と嬉しかった。(レース展開も)独走でなく、最後のスプリント勝負にもつれたので車いすレースの面白さを伝えられたかなと声を弾ませた。
終始レースを引っ張り、0.1秒差で敗れた樋口も、「陸上を見る目の肥えた人たちの前で恥ずかしくないレースがしたかった。『脚で走るよりも速い』というレーサーのスピード感とかけ引きを見せたかった。最後は刺されてしまったが、これも車いすレースの醍醐味」と清々しく振り返った。
続いて4選手が出場した立位の100mレースも、11秒から12秒台でフィニッシュする引き締まった内容だった。地元・愛知県出身の中京大生で、右腕に義手、右脚に義足をつけて走る池田樹生は、憧れの競技場で家族や友人らの声援を受け、自己ベスト(12秒19)を更新。「選手紹介で拍手され、みっともない走りはできないと思った。そのプレッシャーを、うまく力に変えられた」と充実の笑顔。
11秒32で優勝した多川知希は生まれつき右腕が短かったが、普通校に通い、陸上部で活躍してきた。「僕のような障がいの人はけっこういると思うが、パラリンピック競技だと知らない人も多い。僕らがこうして走る姿を見て、『挑戦しよう』と思うきっかけになれば」と、出場には選手発掘という意義もあると話した。
レース後、観客に声をかけると、パラのレースは「初めて観た」人が圧倒的で、「あんなに速いと思わなかった」「想像以上に迫力があった」という驚きの声が聞かれた。また、陸上部所属の中学生は、「みんな、かっこよかった」と目を輝かせ、子育て中の主婦は、「車いすや義足で、あんなに頑張っている選手がいる。私も頑張ろうと思った」と刺激を受けた様子だった。
「セイコーゴールデングランプリ陸上」、「東日本実業団陸上競技選手権」などでも実施
健常者の大会でパラリンピック種目が行われるのは陸上人気の高い欧米では以前からあり、日本でもここ数年、少しずつ増えてきた。例えば、「セイコーゴールデングランプリ陸上」では昨年初めて男子T44 の100mと走り高跳びが行われ、今年も100m(T44/47)と女子走り幅跳び(T44)が行われるなど定着化の気配だ。
また、「東日本実業団陸上競技選手権」では、世界でも珍しい視覚障がい種目が実施されている。2012年から男女1500mが行われ、今年は5000mも加えられた。視覚障がい選手が伴走者と走る姿は迫力がある。「視覚に障がいがあっても、伴走者とならこんなに速く走れる」と示すことで、「速い伴走者の必要性」を一般選手や関係者に訴求する機会にもなっている。
もちろん、エキシビションとしての実施には課題もある。例えば、一般の陸上とは統括団体が異なるため手続きや費用等の問題もあり、記録が公認されないことも多い。招待されても日程が重なれば、選手は公式大会を選ぶ可能性もある。サブトラックの使用もどうしても一般選手優先となるだろう。だが、ある実業団チームのコーチが、「パラの選手も走るスピードが極端に違うわけでなく、トラックの使用マナーも分かっている。問題ないと思う」と話してくれたように、使用時間やコースを区切るなどの工夫で対処できるだろう。
「(パラ選手の活躍は)健常の選手にもいい刺激になるはず。こうした取り組みは、(2020年の東京)オリンピック・パラリンピックに向け、さらに広げていきたい」
尾縣専務理事が、こう展望を語った通り、今後のさらなる発展を大いに期待したい。
text by Kyoko Hoshino
photo by PHOTO KISHIMOTO,X-1