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水泳
世界パラ水泳選手権・日本が獲得した14個のメダルが映すものとは
ロンドン2012パラリンピックのレガシーとして残るアクアティクスセンター。9月9日から16日まで行われた「世界パラ水泳選手権大会」に多くの観客が集まり、熱い視線が注がれた。
東京2020パラリンピックの前哨戦となる戦い。来年の決戦を見据え、各国ともに役者が出そろう中、日本代表「トビウオパラジャパン」は、金3を含む14個のメダルを獲得した。
若手の2人が世界新をマーク!
7日間にわたる大会の中で、ひときわ大きな輝きを放ったのは知的障がいの2人だろう。大会3日目に、100m平泳ぎ(SB14)で日本チームを勢いづける世界新記録で金メダルを獲得した山口尚秀。そして6日目に200m個人メドレー(SM14)で同じく世界新記録で金メダルを勝ち取った東海林大である。
18歳の山口は世界選手権初出場の新鋭だ。身長187㎝の恵まれた体格が武器。予選から力強いストロークを披露し、ロンドンパラリンピックで田中康大がマークした当時の世界記録を上回る好タイムで2位通過。決勝も会心の泳ぎで1分4秒95の世界記録をマークした。
「ラスト5mは力を振り絞った。苦手な練習も地道に行っていることが成果になったと思う。世界一になるということは、世界一の努力をしなくてはいけないということ。もっと練習積み上げてどんどん記録伸ばしたい」
前日に100m背泳ぎで予選落ちした悔しさも力に変えた。今回内定を掴んだ東京パラリンピックに向けては「もちろん平泳ぎで上位を狙いたいし、他の種目も練習していきたい」と貪欲に語る。近い未来、知的障がい者スイマーを代表するオールラウンダーになるかもしれない。
山口が手を合わせて静かに金メダルの喜びを表したのに対し、1位だとわかった瞬間、水面を力いっぱい叩いて喜びを爆発させたのが20歳の東海林だ。「『よっしゃー!』と叫ぶくらいうれしかった。世界記録はまさか信じられないと思ったし、超気持ちいいです!」と声を弾ませた。
苦手だった背泳ぎを攻略し、スピードに乗った。予選後は「隣の選手のオーラがすごくて少し焦った」と振り返ったが、決勝は自らの泳ぎに完全に集中していた。得意のバタフライは4番手だったが、「まったく気づかなかった」。3種目目の平泳ぎで1位との差を縮めると、最後は自身が最も好きだという自由形で首位に立ち、2分8秒16の世界新記録でゴール。劇的なレース展開に「今までの悔しさをバネにして最後までめげない泳ぎができた」と笑った。
東海林が口にした悔しさとは、2016年3月にリオパラリンピック代表の座をかけた選考戦で敗れたことだ。緊張と重圧に押しつぶされて力を出せず、すぐ目の前にあった出場切符を手にできなかったのだ。水泳場から地元山形へ帰る新幹線で泣きはらしたが、それでもやはり水が好きだからとプールに戻り、パラリンピックへの思いは胸にしまって泳ぎ続けた。
そして、自分らしく泳いだ結果の“東京内定”。レース後は、この日も不安で眠れなかったと明かしたが、「最強のライバルたちに勝てたので、いい自信になった。この経験をまた練習や次の大会への糧にしたいと思う」とさらなる高みを見据えていた。
勝負強さを発揮したエース
「記録は満足いくものではなかったけど、金メダルというものが残って本当によかった」
そう話して安堵の表情を浮かべたのは全盲クラスの木村敬一だ。大会6日目に出場した本命の100mバタフライ(S11)。コースロープにぶつかるなどのアクシデントで記録は1分2秒22と振るわなかったものの、大会3度目の表彰台は中央に立ち君が代を流した。一段隣にはともに高め合ってきた富田宇宙。初めて味わうワンツーフィニッシュの喜びだった。
どうしても金メダルが獲れなかったリオの後、渡米して厳しい環境に身を置いた。「厳しい中で自分をコントロールしたり、どうしようもないことはあきらめて今できることを一生懸命やろうとする方向性も身に着いた」。それがたとえタイムが低調でも勝てるようになった要因だと語る。
「4年前はいちはやく内定を決めてからプレッシャーに負けちゃったのかなと思うけど、今度は自分のペースで頑張りたい」
東京パラリンピックで掴みたいのは金メダルだけだ。
自己ベストを連発する真の強さ
初出場の辻内彩野(S13、SB13/視覚障がい)も存在感を発揮した。初日の400m自由形、4位だった100m自由形、そして銅メダルを獲得した100m平泳ぎで日本新記録。東京パラリンピックに出場した際の本命種目となる50m自由形も自己ベストまであとわずかだった。自らのレースを冷静に分析し修正する、伸び盛りの22歳。来年そして東京パラリンピック以降、日本の若手女子を引っ張る存在になるのは間違いない。
また、400m自由形(S11)で銀メダルだった富田は、4分32秒90のアジア新をマーク。「金メダルが獲れなかったのは悔しいが、ベストを尽くした」と清々しい。金メダル獲得のために残り一年、新たな強化拠点として国が拡充したナショナルトレーニングセンターで練習に励むつもりだ。
そして今大会、金メダルこそ得られなかったものの驚異の強さを発揮したのが、出場全5種目でメダルを獲った日本チーム主将の鈴木孝幸だ。50m自由形、200m自由形(S4)、150m個人メドレー(SM4)の3種目で自己ベストを更新。とくに200m自由形では従来の世界記録を大幅に上回る2分53秒22のアジア新をマークして首位争いを演じた。さらに、疲れがピークの最終日にも、平泳ぎ50m(SB3)で48秒83の好タイムをマーク。昨年10月のアジアパラを上回るタイムで、11年前にパラリンピックで金メダルを獲得した貫禄を見せつけた。「ギリギリだけど合格点。東京につながる大会になった」と充実感を漂わせる鈴木。進化を続ける32歳に本番で金メダルへの期待がかかる。
今回の世界選手権では、各種目上位2人に東京パラリンピックの開催国の出場枠が与えられるとされ、日本は5つの枠を確保。さらに、日本身体障がい者水泳連盟および日本知的障害者水泳連盟の方針により、金メダリストの山口、東海林、木村が東京パラリンピック日本代表に内定した。
峰村史世監督は大会を振り返り、「多くの選手が自己記録を更新し、世界で戦えるレベルは確認できた」と手ごたえを話した一方で、「狙っていた順位を取れない種目もあった。メダルを着実に狙える選手の強化と若手の底上げをしていきたい」と東京パラリンピックに向ける課題を口にした。
期間中、最も多く国歌を流したイタリアの関係者は「若手の強化と世代交代がうまくいっている」と話しており、また峰村監督によると、金メダルランキング2位のイギリスは2012年のロンドンパラリンピックの強化をうまくつなげられているという。
リオ以降、10代選手の台頭も目立つパラ水泳界。日本は育成レベルの選手が飛躍できないことが大きな課題となっている。そんな状況の変化を願うとともに、来年3月の東京パラリンピック選考戦で新たなヒーロー&ヒロインの登場を楽しみにしたい。
text by Asuka Senaga
photo by X-1