国内戦の大一番・ジャパンパラ水泳、世界選手権落選選手たちの意地と涙

国内戦の大一番・ジャパンパラ水泳、世界選手権落選選手たちの意地と涙
2019.10.04.FRI 公開

5ヵ国からの海外選手を含む377選手がエントリーした「天皇陛下御即位記念2019ジャパンパラ水泳競技大会」は、9月21日から23日までの3日間、横浜国際プールで行われた。

世界パラ水泳連盟公認大会の一つで、東京2020パラリンピック出場を目指す選手にとっては、参加標準記録(MQS)を破る絶好の機会。多くの選手が記録を狙い、数多くの日本新記録、大会新記録が生まれた。

また、前週まで行われたロンドン世界選手権に出場したメンバーも過密スケジュールのなか、安定した成績を残している。一方、3月に世界選手権の出場権を逃した選手の奮起も目立った。ここでは、悔しさを味わった選手の奮闘を追う。

知的障がいクラスでロンドンとリオに出場している韓国のCho Wonsang

久保大樹が自己ベスト更新に涙

「すみません、泣き虫なんで……」

最終日、男子100mバタフライ(S9)。昨年のアジアチャンピオン・久保大樹は、自己ベストになる1分2秒86をマークし、東京パラリンピックの標準記録(MQS)を上回ると、こらえきれず嗚咽をもらした。

※MQS 種目ごとに定められている東京パラリンピック参加のための標準記録。これを突破していることが参加資格の一つになる。

苦境を乗り越えての結果だった。3月の世界パラ選手権代表選考戦で派遣標準記録に届かなかった日から「ずっと苦しかった」と打ち明ける。晴れ舞台に立てない悔しさ、焦りーー。その思いを昇華するため、地道な日々を重ね、ここで成果を出すしかなかった。

表彰台で笑顔を見せる久保大樹(右)

大会初日の100m背泳ぎ(S9)で自己記録を2秒以上更新する1分10秒24の日本新で進化をアピールすると、2日目は100m自由形でも自己新を叩き出す。久保がもっともこだわる100mバタフライを翌日に控え、「明日のためだけにやってきた。僕の魂のこもったレースを見てほしい」と気合いをむき出しにした。

すると翌日、パラリンピック3大会出場のホセ・アントニオ・マリ・アルカラッツ(スペイン)に次ぎ、自己ベストを0.88秒更新する1分2秒86でフィニッシュ。「久しぶりに緊張しました。MQSを突破することができ、スタートラインに立てたかな」と話し、東京への道をつないだことを喜んだ。

来年3月に予定されている東京パラリンピックの日本代表選考戦で、男子100mバタフライは1分1秒後半が東京パラリンピックの派遣標準記録になると久保は予測している。「3月は限りなく1分0秒に近い1分1秒台で泳ぎます。1年後に金メダルを獲るため、最終的には1分を切りたい」と力を込めていた。

2種目で「標準記録」突破の荻原虎太郎

17歳の期待の星、荻原虎太郎

昨年、インドネシア2018アジアパラ競技大会で久保とともにリレーに出場して金メダルを獲った荻原虎太郎(S8)は、男子400m自由形と100m自由形で東京パラリンピックのMQSを突破した。

「あくまで僕のメインは400m自由形」という荻原にとって、400mでのMQS突破は狙った結果だが、100mで1分1秒60という日本記録樹立には「まさか」と驚きの声をあげた。

「普段は400m自由形の練習ばかりしていて……。この結果でスプリントの力もついていると分かったので、スピードを出しつつ、限界のタイムを出していきたい」と東京パリンピックへ向かう気持ちを打ち明けている。

S8クラスでしのぎを削る荻原(中央)と窪田幸太(左)

男子100m自由形(S8)で日本記録を塗り替える力泳を見せながらも、荻原に逆転を許した窪田幸太は「疲れて最後の5mで失速してしまった」と悔しがったが、100m背泳ぎ、50m自由形でも日本新をマークする成長を見せた。荻原は17歳、窪田は19歳と若いだけに、3月までにどれだけ記録を伸ばし、東京の切符を手に入れられるかに注目だ。

100mバタフライなどで好記録を連発した高校生スイマー南井瑛翔

日本では層の薄かった男子のS10では、スター候補が現れた。比叡山高2年の南井瑛翔は男子50m・100m自由形、100mバタフライの3種目で日本新記録を樹立。生まれつき、左足の足首から下がない南井はパリ世代として力になりそうな逸材だが、「東京のMQSまで50m自由形であと1秒くらいなので、頑張って3月までに近づきたいです」と東京パラリンピック出場にも意欲を燃やしていた。

峰村史世日本代表監督は、「彼が伸びてきてくれれば、リレーの組み方にも幅が出る」と期待を寄せている。

先の世界選手権では100m平泳ぎで世界新をマークした山口尚秀

一ノ瀬メイは日本新&自己ベストで悔しさを払拭

女子では、100mバタフライ(S9)でリオパラリンピック日本代表の一ノ瀬メイが1分11秒20の日本新記録で2位となった。リオで銀メダルのサライ・ガスコン モレーノ(スペイン)には敗れたが、世界選手権の決勝進出タイムに相当する好成績。「前半から攻めていった。一番取り組んできたこの種目では絶対にベストを出したかった」と強い思いを語った。

最終日のバタフライで意地を見せた一ノ瀬メイ

自己ベストを出したことで「自信になった」と喜んだ一ノ瀬だが、この1ヵ月間、戦う気持ちを整えることは簡単ではなかったという。ここには、やはり世界選手権の代表から漏れた悔しさがある。

「世界選手権を見ていたら、自分も決勝に残れたんじゃないか、どうして行けなかったのかといろんな気持ちにさせられ、パラ水泳に一番興味をなくしていました」

だが会場へ来て、多くの人に応援されていることを感じ、自然と気持ちが上向いていったという。「あらためて水泳が好きだと思いましたし、いろんな人の期待、自分の期待にも応えたいと思えた3日間でした。すごく濃い9月だったなと思います」。

精神的なたくましさを増した一ノ瀬は、来年2月まで練習拠点にしているオーストラリアで調整し、3月の選考戦に臨みたい考えだ。

世界選手権出場を逃した期待の若手女子では、池あいり(S10)が大会エントリーを取り下げ、小池さくら(S7)は体調不良で目立った記録は残せなかった。

峰村監督は、今後、国内で日本選手権ともう一つ、MQSの対象大会を作りたいという意向を持つ。実現すれば、今回、出場しなかった選手や、結果を残せなかった選手がMQSを突破する貴重な機会になりそうだ。

今大会は横浜国際プールで3日間に渡って行われた

ラオス選手はパリパラリンピック出場を目指す

なお、今大会にはラオス選手が一人エントリーした。下肢切断のタンボン・ランフォンは21歳。ラオスに7人いるというナショナルメンバーの一人で、男子50m自由形(S9)と100m平泳ぎ(SB9)に出場した。どちらも優勝には届かなかったが、「いい記録を出したいと思って日本に来ました。素晴らしい会場なので自己ベストを更新できました」と喜んでいた。

実は、ラオスで本格的にパラ水泳の強化が始まったのは約2年前。指導にあたる日本人コーチの小木曽充氏によると、「私の知る限りだと、国内にプールは3つしかない」という状況で、ランフォン選手は健常の選手に混ざって練習している。

小木曽コーチの夢は、「簡単ではありませんが、パリ大パラリンピックにラオス選手を送り出すこと」だという。ジャパンパラにはパラスポーツの認知度が低い国で、水泳を広めたいと願う人々の姿もあった。

ラオスからただ一人出場したTandavong Lamphone

text by Yoshimi Suzuki
photo by X-1

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