[代表内定アスリート座談会] 陸上競技の個性派エースを見よ

[代表内定アスリート座談会] 陸上競技の個性派エースを見よ
2020.01.27.MON 公開

text by Number編集部(Sports Graphic Number)
photograph by Takuya Sugiyama

※本記事はSports Graphic Number との共同企画です。

オリンピックだけでなく、パラリンピックでも「花形」と呼ばれる陸上競技。
短距離、長距離、跳躍と、異なる専門種目でそれぞれ代表に内定し、
メダルの有力候補でもある3人のエースが、人生を懸ける競技の魅力を熱く説いた。


東京パラリンピックの陸上競技でメダルを狙う3人が一堂に会した。
リオのT52(車いす)クラスの400m、1500mで銀メダルを獲得、現在は両種目の世界記録保持者でもある佐藤友祈。走り高跳びT64(片下腿義足)クラスで6大会連続出場を決めたベテランジャンパー、鈴木徹。T11(全盲)クラスの1500mで3大会連続出場を決め、5000mでは’12年ロンドンで銅、現在も世界ランク1位の和田伸也。’19年11月にドバイで行われた世界パラ陸上選手権で東京2020の代表に内定した3選手だ。

稲垣 佐藤選手は400mと1500mの世界記録保持者で、本番でも金メダルが本命視されてしまう立場ですよね。すごいプレッシャーだと思います。

佐藤 周囲の期待はすごく感じます。今回の世界パラでは、ゴールするまで本当に緊張しました。無事内定できてホッとしたというのが正直な感想です。

Tomoki Sato ⓒGetty Images Sport

鈴木 ホッとしたよね。でも、実は世界パラで内定条件である「4位以内」を確定させたあと、僕だけは内定までに少し時間がかかったんです。

稲垣 どうしてですか?

鈴木 種目自体が東京パラで開催されるかどうか保留になっていたんです。パラリンピックで正式競技になるためには3カ国6人以上のエントリーが必要なんですが、’17年の世界パラでの参加者は5人。走り高跳びは競技人口はそれなりに多いのですが、参加標準記録を越えられる選手が少ないんです。でも今回の世界パラで9人に増えたので、12月に入ってようやく実施が決まりました。正直、ヒヤヒヤで、2人にはない緊張感がありました(笑)。

佐藤 僕らにとってパラリンピックで競技が実施されるだけでも、ありがたいです。

和田 今の潮流としては種目が統合される傾向にあります。ブラインド(視覚障がい)でも、マラソンは全盲の選手と重度弱視の選手が一緒に走るようになりました。以前は分かれていたのですが……。

稲垣 選手にとってはいいことですか?

和田 難しいところです。大会本番の条件の違いもそうですが、レースに至るまでの練習環境が全盲と弱視の選手ではまったく違うと思います。私のような全盲の選手はガイドランナーと二人三脚でしか走れないので、練習をするにもガイドランナーを探さないといけません。弱視の選手の中には一人で走れる選手もいますから、どうしても不利は生じる。そのこともあって私はもともとマラソンが主戦場だったのですが、今は同じ全盲の選手だけで争える1500mと5000mで勝負しています。

鈴木 陸上は種目数が多いですし、スケジュールも長い。クラスを統合して減らそうという流れは確かにあります。それは、良い悪いではなくて、クラス分けはパラ陸上競技にとって永遠の課題だと思います。

稲垣 お話を聞いていると、選手は大変だと思うのですが、見ている側としてはクラス分けの難しさもパラの“特色”なのかなと思うようになってきました。ちなみに陸上では今回内定が出なかった選手にも、まだ出場のチャンスはあるんですか?

佐藤 2020年の4月1日までに世界ランキング6位以内にいれば出場権を獲得できます。でも、それまで海外の競技会に出たり、3月の国内大会にピークを持ってこないといけない。仮にそこで出場を決めたとしても、数カ月後にはパラリンピック本番が来てしまうので……。

鈴木 何度もピーキングをするのはアスリートにとってとても難しいこと。内定した僕らはコンディションの“山”に2つ登らなくて済むのですが、それだけでも大きなアドバンテージになります。

和田 それに本番に向けて、落ち着いてトレーニングできるのは大きいです。今大会、1500mで0.07秒差で4位に入ることができましたが、この0.07秒はタイム以上に価値があると自分でも感じます。

Toru Suzuki ⓒGetty Images Sport

稲垣 オリンピックではマラソンなどで暑さが注目されていますが、パラリンピックの場合はどうなんでしょう?

佐藤 障がいによって、体温調節がうまくいかない選手もいて、健常者以上に暑さの影響、危険性は大きいと思います。オリンピックのあと、8月末からとはいえ今年の気温を考えると気温は高いですよね。

鈴木 ただこの高温多湿の気候に慣れているのは、日本人選手にとってはアドバンテージでもある。ドバイも暑かったけれど湿度が低かったし、東京とは違う。海外の選手はあきらめるんじゃないですか(笑)。

和田 冗談ではなくそう思います。私は暑いのが大好きなんで、勢いでは走れない5000mやマラソンはチャンスかな、と。

鈴木 ただチームスポーツと違って個人競技なので、コンディション不良になったときには替えがききませんから、暑さ対策も含めてコンディショニングがとても大切になってきます。

稲垣 3人は後天的に障がいを抱えられたと伺いましたが、もともとスポーツはされていたんですか?

佐藤 小学校のころはサッカーをやってました。でも父がレスリングで国体選手だったこともあり、レスリングやキックボクシングもやっていて。

稲垣 アスリートの血が流れてるんですね。

佐藤 そうかもしれません。21歳で脊髄炎で車いす生活になってから、’12年のロンドンパラをテレビで観て、パラリンピックに出ようと決めてパラ陸上を始めました。どちらかというと僕は個人競技の方が好きですね。腕を痛めた時など、個人であれば次の大会を見据えて棄権する選択肢も取りやすいです。チームだとそうはいかない。あと僕は群れるのが苦手なので……。

鈴木 陸上にはそういう人、多いよね(笑)。僕は高校までハンドボールをやっていました。卒業前に交通事故で足を切断して義足になり、ハンドボールを続けようと思ってリハビリをしていたタイミングで走り高跳びに出会いました。そうしたら最初の練習でいきなり日本記録を15cm更新することができて、すぐに「これだ!」と。

稲垣 おお、すごい!

鈴木 ジャンプするという意味ではハンドボールと共通点もありましたしね。和田さんもチームスポーツをやってましたよね?

和田 もともとラグビーをやっていましたが、徐々に視力が落ちて辞めざるを得ませんでした。大学在学中に全盲になってからしばらくは運動から遠ざかっていたのですが、知人の紹介でランニングクラブを知り、走り始めたらとても楽しくて。それで28歳の時に本格的に競技に取り組み始めました。ブラインドの場合はガイドランナーと一緒に走るので、個人よりチームに近いかもしれません。

稲垣 ロープを通じて2人が一体にならないといけない。

和田 身体の動きだけでなく、意識を合わせないと記録は伸びません。あとはガイドランナーからの声掛け。見えない状態で前へ進むためには、前の選手との具体的な距離を教えてもらわないといけない。

鈴木 ブラインドは音が大事ですよね。

和田 声掛けや沿道の応援次第で選手のテンションも変わります。

ゴールまで何も聞こえない。
「無の境地」の世界新記録。

稲垣 佐藤さんはトラック種目ですが、声援は耳に入ってくるものですか?

佐藤 僕の場合、スタートラインに立ってから、レースが終わるまで何も聞こえません。完全に無音の中を走っていて、ゴールした瞬間にパッと歓声が聞こえ出す感覚です。’18年7月に世界記録を出したときもそうでした。

稲垣 いわば無の状態ですね。

佐藤 はい、いわゆる「ゾーン」と近いと思うのですが、とにかく集中力が持続する感じでした。実は、世界記録を出した時は手首を痛めていたんです。その分無駄な力が抜けて、すごくリラックスしてレースに臨めた。まさに稲垣さんがおっしゃった無の境地に近い感覚でしたね。

©️文藝春秋

稲垣 ちょっと風邪を引いている時に、いい演技ができるのと似ているな(笑)。ステージ上の感覚に近いかもしれない。芝居をしているときは身体の中は熱いんだけど、頭の中は冷めてシーンと静かになる。でも、次にその時の状態をなぞろうとすると上手くいかないことってないですか?

佐藤 まさに記録を出した1週間後の大会はそんな感じで、自己ベストからもかなり遅れてしまいました。

稲垣 無の境地は再現できませんよね。鈴木選手はトラック種目とはまた違う緊張感がある気がします。

鈴木 高跳びは待ち時間が長いので、1人でいると物凄く退屈なんですよ(笑)。だから海外の選手とよく話をしています。高跳びは試技をパスすることも可能なので、自分の順番があとどれくらいで回ってくるかを探ったり、気分転換をするために「どこから来たの?」「今日何食べた?」とか、あまり興味はなくても積極的に会話するようにしています。それがリラックスにつながり、緊張感をコントロールしている面もあるはずです。跳ぶときにも切り替えて集中するということはなくて、いい意味で「普通」にやることを大事にしています。

稲垣 あ、僕が好きなゴルフに似ているかもしれません。打つのは一瞬で、待っていたり、歩いたりする時間が長い。

鈴木 ゴルフも考えすぎるとダメですよね。あと、切り替えが大事なのも似ている。高跳びは2回まで失敗できるので、1回の失敗を引きずらないようにしないといけない。

和田 ブラインドの場合は、走るだけでなく音にも集中していなければならないので、長時間、集中力を継続するためのコンディション作りが大事になってきます。

稲垣 確かに耳が頼りですもんね。

和田 マラソンとトラックでは少し違いますが、疲れが溜まると集中力が落ちる。ですからレースが近づいてくるとトレーニング量を落とし、肉体だけではなくてメンタルもいい状態にしないといけません。

Shinya Wada

稲垣 本当に三者三様ですよね。東京パラのチケットは第一次の申込みで買えなかった人が出ているくらい注目度が高い。ファンの方に、どこに注目してほしいですか?

和田 勝負所の駆け引きですね。特にレース終盤はガイドランナーからの声掛けが多くなってくるのが画面からも分かると思いますし、その声によって選手の動きが変わることにも注目して欲しい。またガイドランナー同士のプレッシャーの掛け合いも面白いと思います。彼らがどこを見て、どのタイミングで僕ら選手に声をかけているか、二人三脚で走る姿に注目してほしいです。目標は内定した1500mと今世界ランク1位の5000mのメダルです。

鈴木 高跳びは、バーが落ちるか落ちないか、というシンプルなスリルを楽しんでほしいですね。あとは今、下肢障害の走り高跳びでは、義足でメダルを狙えるのは世界中で僕ぐらいなんです。他は脚に麻痺が残っている機能障害の選手ばかりなので、条件が違う中でも立ち向かっていく姿を見てほしいですね(笑)。

稲垣 おお、格好いい!

鈴木 僕は過去5大会で入賞できましたけど、まだメダルが獲れていません。東京では何色でもいいのでメダルが欲しい。

佐藤 僕はレースの展開にも注目して欲しいです。自分の場合、手にも麻痺があるので必ずスタートで出遅れてしまう。1500mの場合、前の選手を風よけにしながら、後ろからついて行ってラストでスパート、というのがセオリー。でもそれではつまらないじゃないですか。大回りをするから距離的には不利になっても、先頭で並走してロングスパート合戦のようなワクワクするレースをしたい。

鈴木和田 おお(笑)。

佐藤 東京では絶対に結果を残さないといけないと思っています。新国立競技場で世界記録を更新して金メダルを獲る、と公言しているので、有言実行したいです。

稲垣 3人の姿を東京で観るのが楽しみです。頑張ってください!

佐藤友祈 Tomoki Sato / Track and Field
1989年9月8日、静岡県生まれ。21歳の時に脊髄炎を発症して車いす生活に。リオでは400m、1500mで銀メダル、’17、’19年の世界パラ陸上では金メダルを獲得。岡山を拠点とする「WORLD-AC」所属。183cm、73kg。

和田伸也 Shinya Wada / Track and Field
1977年7月9日、大阪府生まれ。高校時に網膜色素変性症で視力が落ち、20歳で全盲に。28歳で走り始めると頭角を現し、2011年以降、ロンドンパラの5000m銅を含め、世界大会で8つのメダルを獲得。176cm、62kg。

鈴木徹 Toru Suzuki / High Jump
1980年5月4日、山梨県生まれ。高校卒業前に自動車事故で右足を切断。走り高跳びと出会い約1年でシドニーパラに出場、その後5大会連続入賞。北京では選手団旗手も務めたパラ陸上界の兄貴分。179cm、60kg。

稲垣吾郎 Goro Inagaki
1973年、東京都生まれ。12月下旬から放送のNHKの新番組『不可避研究中』のMCを務める。新年1月2日の『出川哲朗の充電させてもらえませんか?新春3時間SP』(テレビ東京系)に新しい地図の3人で揃って出演。

本連載は約2カ月に1度の掲載、次回は2月27日発売号の予定です。

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