女性誌がなぜSDGs特集? 世界を変える身近な発信で異例の重版
2019年初頭、月刊誌「FRaU」(講談社)が女性誌として日本で初めてまるごと1冊「SDGs」(※1)を扱ったことが話題となった。これをきっかけにSDGsの認知度はアップ。その後わずか2年間にFRaUではムック本をあわせて合計5冊でSDGsを特集した。11月末にも新しくSDGsをテーマにした号が出たばかりだ。なぜ女性誌でSDGsだったのか? 当時まだ認知度が低かったSDGsというテーマを雑誌が取り扱うことにどんな意味があったのか? その思いや戦略と、この試みが世の中に与えた影響について編集長の関龍彦氏にお話しを伺った。
※1 SDGsとは、2015年の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標で、17のゴール・169のターゲットから構成されている(外務省HPより)。
なぜ女性誌でSDGsだったのか?
――2019年1月の時点で日本のSDGs認知度は約15%とかなり低かったようですが、なぜまるごと1冊のテーマにしようと思われたんですか?
関編集長 だいぶ前の話ですが2011年に東日本大震災があったとき、台湾は日本のために170~180億円もの義援金を集めてくれたと聞いています。ところが政治的な問題で日本は公式なお礼をしていなかったんです。それに違和感があって、同年の7月発売号のテーマを「ありがとう、台湾!」としました。当時はまだ旅行どころじゃないというムードでしたが、台湾に感謝の気持ちを伝えたかった。さらに翌年にも「これからも、台湾!」というテーマを採用して、おかげさまで台湾政府から観光貢献賞をいただきました。その時に思ったのは、講談社には「FRIDAY」や「週刊現代」といったジャーナリズムの雑誌がありますが、女性誌には女性誌のジャーナリズムがあるはずだということです。異動でしばらくの間、別の雑誌に携わっていましたが、2017年に再び「FRaU」の編集長となり、女性誌だからといって、ファッションやカルチャーや旅といった楽しいこと、きれいなことだけじゃなく、社会のことや地球のためというテーマにも踏み込んでみたい、改めてそんなふうに思い始めた時にSDGsに出会ったんです。
――とはいえ、雑誌はスポンサーもいますし利益を出さないといけないわけですが、認知度が低く読者が興味を持ちにくいテーマを扱うことに反対はなかったのでしょうか?
関編集長 もちろん最初はいろいろありました。やはり雑誌は収益性も大切です。ところがテーマをいよいよフィックスしないといけない段階になっても広告が集まり切っていませんでした。普通ならそこで諦めても仕方ない状況ですが、女性誌だからできること、やる意義についてプレゼンをして会社を説得しました。結果的に会社もOKを出してくれましたが、関連部署のメンバーもほとんどの人がSDGsについて知らなかったので、一人ひとりに説明して回るなど、本当に手探りで少しずつ進めるという状況でした。
予想外の反響、雑誌としては異例の重版
――読者の反応はどうだったんでしょうか?
関編集長 ありがたいことに想像以上に反響があって雑誌にしては異例の重版となりました。最近ではSDGsに関わる人たちから「あれで潮目が変わった」と言われたりもします。実際に我々がどの程度の役割を果たしたかわかりませんが、女性誌で扱うということで他人事だった問題が、普通の生活の中に降りてきたのかもしれません。
発売から半年後に読者を30人ほど集めてイベントを行ったんですが、そのうちの2人があの号を読んで会社を辞め、環境関係のNPOや再生可能エネルギーの会社に転職したそうです。
――それほどの反響があったのはなぜだと思いますか?
関編集長 2015年9月に国連が初めてSDGsを掲げたとき、それが英語だったためとか、日本での認知度が低かったことには、いろんな理由があると思います。ただ、2018年の時点で日本での認知度が約15%なのに対して、ベトナムではすでに80%もあったそうです。その根底には、なんだかんだ言っても日本が豊かなので、普通に生きていける人が多いからだと思うんです。でも実際はジェンダー問題ひとつにしても日本はいろいろな課題をかかえていますし、プラスチックの消費量もアメリカに次いで日本は2位ですからね。本当は考えなくてはいけないことがたくさんあるのに「困ってないからいいんじゃない」みたいな雰囲気がありますよね。
――どこか他人事といった雰囲気はありましたね。
関編集長 だからと言って、押しつけるようなやり方では読者はシャッターを下ろしてしまう。そこで僕たちは「北風と太陽」という童話の「太陽」になろうと思ったんですね。たとえば新聞やテレビのドキュメンタリー番組でSDGsを扱うと、アフリカの飢えた子どもの写真や地球温暖化の影響をうけた悲惨な現状などを写真や映像、数字などを使って訴えがちですよね。そういう脅かして訴えるというやり方も必要ですが、それは他のメディアに任せておくことにしました。僕たちは「こういうものがあるよ」「他の国ではこんなことをやってるよ」「私たちの生活にも取り入れたらいいんじゃない?」ということを、他の号を作るときと同じように写真や文章のクオリティもそのままに「女性誌」というエンターテイメントとして提案することにしたんです。だから読者に共感してもらえたんじゃないでしょうか。
SDGsを企業で成功させる秘訣とは?
――会社が小さいので利益にならないSDGsには取り組めないとか、SDGs推進の部署を作ったけれど何をしていいかわからないといった話をよく耳にしますが、それについてはどう思われますか?
関編集長 SDGsの取り組みはCSR(利潤追求とは関係のない社会的責任)ではありません。率直に言えば、SDGsで儲けていいんです。むしろ儲けなければ持続可能にはなりません。雑誌も広告を出してもらえるから続けることができる。会社だって「赤字だけど関がやりたがってるからやらせよう」とは言ってくれませんよね(笑)。実際に最初の号と比べて、1年後に出した第2弾は広告の量が2倍になりました。
SDGsの取り組みをCSR的に考えているとそれはコスト、人件費にしかならない。そうじゃなくて、それを導入することでいかに自分たちの事業が世の中のためになりつつ儲かるか。経営への統合を考えて実行するのがSDGsの部署の役割だと思います。
――会社で使う電力を再生エネルギーに変えるとか、プラスチックの商品を減らそうといったことだけではないと?
それも立派なSDGsですが、それだけでは世の中は変わりません。その会社だからできること、たとえば車の会社なら車を軸に考えることが大切なんです。ありがちなのは、第二第三の事業などといって、主たる戦場じゃないところでSDGsに取り組もうとするケース。僕はそれはあまり意味がないなと思ってます。なぜなら自分たちが一番得意なことでなかったらイノベーションは生まれないからです。
私たちにできる身近なSDGsと続けるコツ
――企業が実行するSDGsについては得意な分野でということですが、個人レベルでできるSDGsと、それを持続するコツはありますか?
関編集長 たとえば僕はマイボトルを持ち歩いています。あとは自宅でコンポストを利用しています。マイボトルを毎日洗うのは面倒といえば面倒ですが、ペットボトルを毎日ポイポイ捨てるのと比べたら、マイボトルの方が気持ちがいいので続いています。コンポストも最初は面倒だしうまくいかないこともありました。でも生ゴミが出なくなったことで可燃ゴミの日に出すゴミが軽くなって、「今日もゴミが軽いな」と思えることが快感になったんですよね。
まずは自分のできることから始める。しかもそれは我慢とか、仕方ないからじゃなくて、それをやることが「気持ちいい」と感じることが、持続化に繋がるんじゃないでしょうか。
――SDGsをテーマにした号には「今日からできる100のこと。」という企画が掲載されていますが、そういった中から自分が気持ちいいと思えることを見つければいいんですね?
関編集長 最初のSDGs号ではSDGs先進国のスウェーデンをはじめとする各国の取り組みや、企業の取り組みなどを紹介しています。でも、そういう遠いところの話ばかりだとモヤモヤしたまま終わってしまう。そこで、遠いところから見せておいて、最後に身近なところでできる100のことを提案したんですが、これは結構反響がありました。
「世界中の困っている人のために」と言うと対象が広すぎてイメージできませんが、簡単に言えば、みんな自分の代で地球が終わっていいの?ということです。自分に子どもや孫がいなくても、地球がなくなってもいい、未来なんてどうでもいいという人は少ないと思うんです。ある計算によると、数十年後にはいろんな魚が捕れなくなって寿司屋にはネタが5種類くらいしかなくなると言うんですよ。そんなの嫌じゃないですか。単純だけどそういう想像をすることも大切ですね。
コロナ後のニュースタンダードSTAY SDGs
――新型コロナウイルスはSDGsの達成や、私たちの生活に影響を与えましたか?
関編集長 聞いた話ですが、ある会社ではコロナで大変だからという理由でSDGsの部署が無くなったそうです。でも、本当はそんな今だからこそSDGsなんですが……。SDGsには大きく17の大きなゴールがあって、それがさらに細分化され全部で169のターゲットがあります。たとえば3番目は健康に関するゴール。さらにその中の3番目には「感染症に対しての対策を練ろう」というターゲットがありますし、3の8は「ワクチンや抗体」に関すること。それが今回のような事態になってみて、個々の国がやらなければいけないことと、すべての国が一緒になって取り組まなくてはいけないことがより具体化しました。
――しかも世界中が一緒になって取り組むには自国とは異なる国のやり方や考えを受け入れる多様性が必要ですよね。それもまたSDGsの精神ですね。
関編集長 SDGsが掲げるゴールを世界中が目指せば、ウイルス感染を防げるかもしれないんです。それはSDGsの精神に則っているし、一人ひとりがステークホルダーであるということを身をもって体験しました。ですからこれを機に、今後は地球のためにみんなで協力していくようになるんだと思います。
日本で緊急事態宣言が出されてからSTAY HOMEという言葉が定着しましたよね。僕たちは人があまり出歩いていない5月頃にオンラインのイベントをやったんですが、そこで「コロナでSTAY HOMEをしている間も、SDGsでいようね」という思いからSTAY SDGsという言葉を発信しました。こんな時だからこそ、SDGsを達成することが大事なんじゃないでしょうか。
関編集長は今回の新型コロナウイルスの怖いところは世界中のどこにも逃げ場がない、セーフティーゾーンがないことだと言う。コロナ以降の世界では自分さえよければいい、自分さえ逃げ切れればいいという考えはもう通用しない。なぜなら地球はひとつであり、人類や地球が滅びるかどうかは一人ひとりの行動にかかっているからだ。私たちは多様性を受け入れ協力しながら、地球の未来のために行動を起こすときなのではないだろうか。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Akiko Myojo