免疫力&パフォーマンス向上のカギは「呼吸」にあり
新型コロナウイルスの感染拡大によって、多くの人がいつ終わるとも知れない自粛生活を強いられている。そんな中、体調不良を訴える人が急激に増えているのはご存じだろうか。もしかしたら、これを読むあなたも毎日何となくだるいとか、朝起きられない、やる気が出ないなどと感じているかも知れない。その悩みを解消するカギは、「人体の生命維持装置」である「自律神経」。今回は、この働きを改善する「呼吸」の秘密についてご紹介しよう。
実はすごいパワーを持っていた!スポーツ選手も必ず取り入れる「呼吸法」とは
日本で初めて病院に「便秘外来」を開設し、「腸のスペシャリスト」「自律神経の専門家」として著名な順天堂大学医学部教授・小林弘幸氏。順天堂大学では医師や病院スタッフがタッグを組んで、千葉ロッテマリーンズ選手の体調、栄養、ケガ予防、コンディショニングアップの指導などにもあたっているのだが、小林氏はスポーツドクターとしてさまざまなアドバイスを行っている。その中心にあるのが呼吸法なのだという。
「一流スポーツ選手は総じてメンタルが強いものです。そんな彼らでもゲームの大切な局面では脈拍が速くなり、呼吸は浅くなります。それでも最高のパフォーマンスを行うためにするのが、“深い”呼吸。世界的に活躍した日本の女子テニス選手は、朝と夜に30分ずつ呼吸とイメージトレーニングを組み合わせたルーティンワークを行っていましたし、ラグビー日本代表選手として注目を集めた五郎丸歩選手がプレースキック前に、いつも同じ動作と呼吸をしていたことは有名ですよね」
大ヒットアニメ「鬼滅の刃」でも主人公が身体能力を上げる時に使う「全集中の呼吸」が話題になっているが、呼吸に、何故そんなにも大きな力があるのだろうか。
「実は呼吸は、通常自分の意思ではコントロールできないと言われている自律神経の機能を唯一直接自分で高めることができる行為なんです。自律神経は、人間の呼吸、脈拍・血流、消化・吸収、免疫機能など、体内の環境を整える様々な機能に働きかけるので、体調やパフォーマンスに大きく影響します。つまり、良い呼吸(=深い呼吸)をすれば自律神経が整って体内のあらゆる機能が高まり、スポーツ選手ならより良い成績が残せるし、普通の人でも健康的な毎日を過ごせるようになるということです」
1日1分。 「深い呼吸」で心も身体もエネルギッシュに!
人間は1日に実に2万回ほどの呼吸をしているという。普段意識していないため、その数の多さに驚いてしまうが、自律神経を整えるには深い呼吸を1日1分でもいいからすることが大事なのだそうだ。
「難しいことを考える必要はないんです。大切なのはいつも無意識に、おざなりに行っている呼吸にじっくり向き合う時間を作るということ。全身に酸素や血液がめぐるイメージを持ちながらすると、身体ばかりか心も癒される感覚が味わえるはずです」
小林氏は、これを「長生き呼吸法」と呼んでいる。
早速やり方を説明しよう。
1.まずは、基本の姿勢を覚えよう
・足を肩幅に開く
・まっすぐに立つ
・肩の力を抜く
・両手はお腹の横に
2.6秒吐く(上体を前に倒しながら、ゆっくりゆっくり息を吐く)
3.3秒吸う(背中を反らしながら、ゆっくり息を鼻から吸う)
方法はたったこれだけ。これを1日1分でいいというのだから、今からでもすぐにできそうだ。
「この呼吸法は、まさにシンプル・イズ・ベスト。あまりやりすぎて呼吸ばかりに意識がいってもいけないので1分ぐらいがちょうどいいんです。大事なのは、吐く息を特に重要視すること。ロッテの選手にもいつもそう言ってます」
深い呼吸は、なぜ自律神経を整えるのか?
では深い呼吸は、具体的にどのように自律神経に働きかけるのだろうか?
「呼吸や血流、消化・吸収など人間の命を維持するために重要な働きを担う自律神経には2種類あって、車で言うとアクセルとなる交感神経、ブレーキとなる副交感神経がバランスよく働いて心身を正常運転に導いています」
つまり、人間の身体は通常、昼間は交感神経が優位に働いてアクセルを踏み込み、心拍数と血圧が上昇してアクティブに動くことができる。しかし、夜になると副交感神経の方が優位になってブレーキがかかり、血管が緩んで心拍数や血圧が低下する。この交感神経と副交感神経の働きのバランスが健康状態を左右するということだ。
「人は不安や緊張、怒りなどのストレスを抱えていると交感神経が優位になるため、自分でも気づかないうちに1分間に20回以上もの浅くて速い呼吸をしてしまいます。それが習慣化すると脳に運ばれる酸素量も少なくなってネガティブな感情から抜け出せなくなるんです。それを防ぐためにも、さっき説明した深い呼吸法が大事だということになりますね」
ボリュームとしては1吸って2吐くイメージで。ゆっくり深く息を吐くことによって横隔膜の動きが大きくなり、自律神経が刺激されて、副交感神経が高まる。これこそ呼吸が人間の健康に大きな影響があるという理由なのだ。
深い呼吸は、腸内環境も整えてくれる!
深い呼吸を行うと、横隔膜が刺激される。実はこれがまた腸の動きもよくする効果があるそうだ。最近は新型コロナウイルスの影響で、免疫力アップの1つとして「腸内環境」が注目されているが、呼吸と腸の関係、そして腸が健康にもたらす影響とは?
「腸は第二の脳などと言われ、その他の臓器とは全く別の存在、いわば全身の健康を支えるための司令塔なんですよ。というのも、腸にはウイルスや細菌と戦う準備をする“訓練場”のような場所があって、全身の免疫細胞は血流に乗ってその訓練場までやって来る。そして訓練を終えるとまた血流に乗って全身に戻っていき、それぞれの担当部署でウイルスや細菌を攻撃してくれるんです。そうイメージすると、腸の重要性がわかりますよね」
つまり深い呼吸法は、自律神経と全身の免疫システムのカギを握る腸内環境をダブルで整えてくれる、最良の健康法であるようだ。
ちなみに、この腸内環境に関して、小林氏はもうひとつ有効な方法を提唱している。それが味噌汁を飲むこと。
「発酵食品である“味噌”を使った味噌汁は、誰もが知る日本の伝統食です。発酵食品が腸内環境に良いことは皆さんご存知だと思いますが、僕がおすすめしているレシピは、長年の研究成果を元にバージョンアップさせた“長生き味噌汁”というもの。赤味噌と白味噌、おろし玉ねぎ、リンゴ酢などを組み合わせて作ったものに、具材を混ぜ合わせるだけ。とても簡単ですし、毎日の献立作りのストレスからも解放されるので、ぜひ取り入れていただきたいですね」
「長生きみそ汁」の材料(作りやすい分量)
・赤味噌 80g
・白味噌 80g
・玉ねぎ 1個(150g)
・リンゴ酢 大さじ1
※製氷皿やジッパー付き保存袋などに入れて冷凍庫で保存し、分割して使うと便利です。
コロナ禍による自粛生活で、ふと気づくと息を詰めている自分がいて、思わずため息をもらしてしまうことがある。深い呼吸の重要性に気づくのはそんなときだ。「今の閉塞的な世界でストレスに取り込まれないようにするには、自分だけの独立した空間を作ることが大事です」という小林氏の言葉が特に印象的だった。意識的に呼吸をすることが自身を客観的に見つめ、自分を独立した空間に置くことにつながるのだという。それは、スポーツの世界で言われる“ゾーンに入る”ことでもあるのだそうだ。 呼吸にしろ、味噌汁にしろ、構える必要はない。今、出来ることから始めて、免疫力をアップし健康な日々を過ごしたい。
<参考図書>
『自律神経を整える「長生き呼吸法」』
小林 弘幸 著 /(アスコム)
自律神経の名医が考案した、腸を刺激する呼吸法のすべて。深い呼吸によって全身に良質な血液が駆け巡ることにより、免疫力UP、腸内環境改善、疲労回復が可能に。上で解説した基本的な呼吸法のほか、健康増進のためのアレンジブレスがいろいろ紹介されている。
PROFILE 小林弘幸
小林弘幸順天堂大学医学部教授。日本体育協会公認スポーツドクター。
順天堂大学医学部卒業、同大学院医学研究科を修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て現職。自律神経研究の第一人者としてトップアスリートや文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導に携わる。近著にベストセラーとなった『医者が考案した「長生きみそ汁」』(アスコム)がある。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
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