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テコンドー
新しい地図・草なぎ剛×パラテコンドー 太田渉子が目指す渾身の回し蹴り【冬季メダリストの転身】
text by Number編集部(Sports Graphic Number)
photograph by Takuya Sugiyama
※本記事はSports Graphic Number との共同企画です。
東京大会で新種目として採用されるパラテコンドー。 本格転向から2年で代表となったパラスキー銀メダリストが、 テコンドーの経験もあるという草なぎ剛とその魅力を語り合った。
草なぎ剛(以下、草なぎ) 実は昔、バラエティ番組でテコンドーを体験したことがあるんですよ。韓国にもよく行っていたので、懐かしいです。
太田渉子(以下、太田) なるほど! だから撮影のとき、足がすごく綺麗に上がっていたんですね。
草なぎ いえいえ、お恥ずかしい。太田選手はスキーで冬季のパラリンピックに3度出場されて、メダルも獲得していますよね。なぜテコンドーというまったく違う競技に転向したのか、すごく不思議です。
太田 そうですよね(笑)。2014年にソチパラリンピックを終えてスキーをやめたときは「これ以上選手としてできることはない」という気持ちで、ある意味でやりきっていたので、まさか今また“選手”になっているとは私も思わなかったです。
草なぎ それまでスキーはどれぐらい続けていたんですか。
太田 小学校で始めてからずっとですね。地元の山形でスポーツ少年団に入っていたのですが、中学1年の夏にパラリンピックの指導者にスカウトされたのがきっかけで競技にのめり込みました。
16歳で銅、バンクーバーでは銀
草なぎ スカウトは急に?
太田 はい、日焼けしたおじさんが突然地元のスキー大会に来て、「一緒にパラリンピックで金メダルを獲ろう」と(笑)。
草なぎ ドラマみたいだ。
太田 最初はパラリンピックがどんな大会なのか知らず、興味もなかったんです。でも、その年の冬に国内のパラ大会の見学に行ってみたらすごくかっこよくて。
草なぎ そしてパラリンピックの常連になっていく。16歳で出場したトリノではバイアスロンで銅メダル。バンクーバーではクロスカントリーで銀メダルに輝き、ソチでは日本選手団の旗手も務められました。スキーの世界で印象に残った選手はいますか。
太田 カナダのブライアン・マッキーバー選手には憧れていました。視覚障がいの選手なのですが、ガイド役のお兄さんと動きがシンクロしている姿がかっこよくて。合宿で一緒になったときもとても気さくで、私のフォームや滑り方についてアドバイスをくれたのを覚えています。
草なぎ 視覚障がいなのに、フォームを! でもやっぱり、そこからなぜテコンドーなのか気になりますねぇ(笑)。
太田 引退後は後輩育成や普及活動に取り組んでいたのですが、テコンドーが東京パラで初めて採用されることを知りました。それで興味を持って、テコンドーの合宿を見学させてもらったら、足技をかける選手が踊っているように見えてすごく綺麗だな、と。でも当時、パラの世界に日本人選手はひとりもいなくて……。
草なぎ えっ! そうだったんですか。
太田 はい。だから自分も体験して広めたいと思ったんです。でも、最初は足も全然上がりませんでしたし、人を“蹴る”ということにも抵抗があったので、選手として本格的に取り組もうとは思っていませんでした。ただ、趣味として始めたときに協会の方からは「他に選手が出てこなかったらあなたがなってね」と言われていて。
草なぎ まただ、君は素質があるよって(笑)。テコンドーを始めてから、何かアスリートとして変わったことはありますか?
太田 意外と注目されるのが好きなんだと気づきましたね。クロスカントリースキーはスタートとゴールには人が大勢いるんですけど、主に滑る林の中のコースはほとんど人がいないので、結構孤独なんです。自分の呼吸とスキーの滑る音しか聞こえない。でもテコンドーはコートの四方をお客さんに囲まれていて、応援もヤジもずっと飛んできます。はじめて試合をしたときに、スポットライトを浴びてるのがすごく気持ちよくて。ボロ負けで身体も痛かったんですけど、それよりも気持ちよさのほうが強かったのを覚えてます。
草なぎ 最初は趣味のような感じだったとのことでしたが、何かハマっていくきっかけがあったんですか。
太田 ’18年の1月に初めて国内でパラテコンドーの大会が開催されたんですけど、そこに選手として出てみないかと誘われたのがきっかけでした。大会まで1カ月くらいしかなかったのですが、どうせ出るんだったらある程度は練習して出たいなと思って、それまで月1回とかだった練習を週1回に増やして臨みました。
草なぎ 結果はどうだったんですか。
太田 優勝しました。
草なぎ すごい!
太田 と言っても女子は2人しかいなかったので、1回勝ったら優勝でしたけど(笑)。
スキーで培った持久力とメンタルコントロール
草なぎ やっぱり運動神経がいいんでしょうね。スキーで培った能力や経験が生きていると感じることはありますか。
太田 持久力があるのは強みだと思います。テコンドーは2分のラウンドを3回繰り返すんですが、みんなが失速する最終の3ラウンド目でもあまり動きが落ちないので。あとはスキーで場数を踏んでいる分、気持ちのコントロールやメンタル面にも経験が生きているかもしれません。緊張はするけど、大きな試合になればなるほど力を発揮できるタイプというか。
草なぎ いいですね、それ。緊張をバネにできるんだ。’19年の世界選手権では早くも銅メダルを獲得されていて驚きますけど、そこでもメンタルの強さが生きてそう。
太田 テコンドーの大会は世界ランキングに基づくトーナメント戦で、ランクが一番上の選手と一番下の選手が当たる形式です。私は現在8位ですが、以前はもっと下位だったので、いつも1回戦で世界ランク1位のエイミー・トゥルーズデール選手と当たって負けていたんです。その彼女に初めて勝った。自信になった大会です。
草なぎ 世界1位に勝っちゃったんだ。
太田 エイミー選手、ちょっと油断していたらしいです。でも、私に負けたのがよほど悔しかったのか、次に会ったときにはすごくシェイプアップしていて、もっと強くなっていました(笑)。
草なぎ 強敵に火をつけちゃいましたね。またいつか戦うんでしょ?
太田 たぶんパラリンピックでも当たると思いますし、そこで勝たないとメダルは獲れないですから、頑張りたいです。
草なぎ その勝負、見どころですね。エイミー選手の強みは何ですか。
太田 とにかく“上手い”です。テコンドー歴が長いので技の種類も豊富ですし、58kg超級の中でもスピードがあります。
草なぎ 技の種類というのは?
太田 基本的な蹴りは3種類あります。回し蹴りは2点、後ろ回し蹴りは3点、一回転して蹴る「ターン」は4点と、難易度が高いほど高得点が得られる仕組みです。でも、女子の試合ではなかなか「ターン」をする選手はいないですね。一回転するとどうしても相手に背中を見せてしまいますし、その間に蹴りを当てられちゃうとバランスを崩しやすいんです。
草なぎ でも、決めたらかっこいい。太田さんは「ターン」出すんですか。
太田 まだ練習中です! 試合終了間際でも一発逆転のチャンスが生まれるので、本番までに使えるようにしておきたいですね。
先手を読むテコンドー、芝居にも通じる?
草なぎ オリンピックのテコンドーとは違い、パラテコンドーは頭部への攻撃は禁止されていますよね。そうすると、攻撃するところが限定されるような気がします。
太田 そうなんです。胴を隠されてしまったら点が取れないので、いかに相手の防御を緩めるかがポイントです。相手が蹴った後の、一番バランスを崩しやすくなっているタイミングを狙ったりとか。
草なぎ 相手の動きを先手先手で読んで対応していく感じなんですね。
太田 フェイントも有効な手段ですね。こちらの攻撃に対して相手が蹴りで合わせてきた場合に、相手だけが蹴っている状況を作り出すことができるんです。また、攻撃されたときに前に来るタイプなのか下がるタイプなのかが分かるので、動きを予測することにもつなげられます。
草なぎ めちゃくちゃ頭を使いますね。
太田 なので、たいてい1ラウンド目は相手がどういう風に出てくるかっていうのを見る時間にしています。
草なぎ 相手との距離感やタイミング、いわゆる“間合い”ですね。そこは映画やドラマのお芝居にも通じるかもしれません。僕は太田選手のように戦っているわけじゃないけど、他の演者とキャッチボールをしないと自分だけが前に出てしまったりすることもある。共演相手も変化する中で、その変化を受け入れつつ、自分の良さを出さないといけない。だから僕の仕事もテコンドーと一緒……と言うとちょっと無理があるか(笑)。でも、格闘技や武道には生活につながる一面がありますよね。
太田 草なぎさん、格闘技や武道のご経験はありますか?
草なぎ 僕は剣道を小学校1、2年生から6年生までやっていました。さっき言っていた距離感や間合いの大切さや、礼儀も学びましたね。
太田 テコンドーを子どもに習わせている保護者にも、礼儀を教えたい方が多いですよ。韓国発祥のスポーツなので、礼をしたり、目上の人を敬ったりといった文化も含まれていますから。私が練習している道場にも子どもが結構いて、私と練習するときはみんなパラのルールでやってくれます。老若男女が一緒に練習できるのはテコンドーの魅力のひとつですね。
草なぎ さっき久々に蹴りの練習をしてみて思ったんだけど、エクササイズにもいいかもしれない。型を練習するにしても、体幹がしっかりしてないとブレちゃうし。最近はボクササイズとかも女性に人気ですしね。
太田 ……テコササイズ?
草なぎ テコササイズ! ちょっと言いにくいけど、流行るかもしれないよ(笑)。
太田渉子 Shoko Ota / Taekwondo
1989年7月27日、山形県生まれ。先天性の左手全指欠損。スキー競技でパラリンピックに3大会連続出場し、メダルを2つ獲得。ソチ大会後の’14年に引退。’18年からパラテコンドー選手に。’19年世界選手権3位。164cm、58kg。
草なぎ剛 Tsuyoshi Kusanagi
1974年、埼玉県生まれ。トランスジェンダーの主人公を演じた映画『ミッドナイトスワン』が公開中。2月放送開始のNHK大河ドラマ『青天を衝け』では徳川慶喜役を務める。YouTubeチャンネル登録者数は110万人を突破。
本連載は約2カ月に1度の掲載、次回は2021年3月18日発売号の予定です。
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<過去記事>はこちら↓
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