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「義足はずるい!?」女子大生が義足の金メダリストの指導を見学して感じたこと
「義足はずるい」。
パラ陸上において義足で踏み切るジャンパー、義足で走るランナーに対して、こう言う人 は少なくありません。義足のバネにより地面から得る反発が大きく、競技に優位に働くというの です。しかし今日、私はそう主張する人々に心底こう言いたくなりました。 「ずるいと思うなら、自分でやってみろ」。
こんにちは、パラサポ学生ライターの太田萌枝です。今回私は、明海大学浦安キャンパスで3日間にわたり、おこなわれたランニングクリニックに参加してきました。ドイツに拠点を置くオットーボック・ヘルスケア社の協力のもと、下肢切断者がスポーツ用義足で走るための指導をみっちり受けることができる貴重な機会とあって非常に楽しみです!
金メダリストが直接指導
今回の指導者は、なんと2016年のリオパラリンピックT42クラス(片大腿切断)走幅跳金メダリストのハインリッヒ・ポポフ選手、同種目銀メダリストの山本篤選手の2名です。世界トップクラスの選手から、丁寧な指導が受けられるなんて、スポーツに関わる人なら誰もがうらやむ環境なのではないでしょうか?
今回の参加者のほとんどは初心者です。中にはすでに陸上競技に取り組み、高いレベルを目指している方も!実は私も実際に取材に行くまで「初心者が初めて競技用義足に触れて、楽しく走りに親しむ」が趣旨のまったりとしたイベントだと思っていました。でも、そんな浅はかな想像は最初の5分であっという間にひっくり返されました。
取材に訪れたイベント2日目のプログラムは、あいにくの天候により終日体育館でおこなわれることに。館内に入ると、ビデオを用いた基本動作のチェックが始まっていました。ポポフ選手、山本選手が一人ひとりの動きを動画で確認しながら、細かい部分まで指導をしていきます。「体の背面を使って足を前に押し出していかないと、力が上に逃げてしまう」「両足の幅が狭すぎると次の一歩を踏み出すために足を外に開かなければいけなくなる」といった一流アスリートならではの視点を盛り込んだアドバイスです。自分では教わった通りの動きをしているつもりでも、実際には左右差が生じることや、無意識に自分の癖が出ることもあります。中高陸上競技に取り組んでいた私にも、身に覚えのある経験でした。
ビデオでの指導が終わると次は体育館を広く使い、ジャンプやスキップなどのより走りに近い動きをおこなっていきます。指導の中で両選手がしきりに言っていたのが”Fifty fifty”(50:50)という言葉。義足と健足を同じように使う、同じ分だけ力をかけなければいけないという意味です。義足にきちんと体重を乗せ切れていないと、膝折れ(膝カックンされたような状態)を起こし、転倒してしまう。義足を使ったことがなく、本当の意味でその感覚を理解することができない私でも、「カーボン製の走るための足」に体を預ける恐怖は簡単に想像できました。ましてや実際に装着しているとしたら、そこに大きな負荷をかけるとしたら……。この恐怖を克服することが、走るために突破しなければならない第一の関門なのかもしれません。
義足と身体の融合で広がる可能性
次第に動きの負荷が大きくなっていく指導の様子を見ていて、「体を使う」とはどういうことなのか、人体の仕組みがいかに精巧かを思い知らされました。例えば、ただ上にジャンプをするだけでも、両足に均等に力を伝えられていないとどちらかに傾いてしまうし、膝を上手く使わないと高く長く飛ぶことはできません。足を一歩前に出すにしても、軸となる足できちんと踏ん張らないと転んでしまうし、そのためには足だけでなく腹筋や背筋も使わなければならないのです。たったこれだけ、と思ってしまうような動作ですが、たったこれだけの動きを支障なくおこなうために体の筋肉や関節をどれだけ動かしているのか。今まで考えたこともありませんでした。それはある意味幸せなことなのかもしれません。と、同時にもったいないことをしてしまっていたんだなと思います。。もっと自分の体と向き合っていたら…、使い方を考えていれば…。そんな『たられば』ばかりが積もりました。
「今まで、義足だからと心のどこかにブレーキをかけていた。でも、義足で色々な動きをすることを通して義足である自分に自信をつけたい」。参加者の1人はそう語ってくれました。下肢切断や義足の影響でできないことは当然あると思います。それでも、私はこうも思います。義足を使うことでしかできないことも絶対にある。むしろ身体と器具の融合という意味で、可能性は広がるばかりなのではないでしょうか? 私たちのように義足を使わない人が到達しえない域にまでたどり着けるかもしれない。であるならば、私は最後に言いたい。「義足はずるい」、と。
パラサポ学生ライター 太田萌枝(早稲田スポーツ新聞会)