パラリンピック界のスター、ジョニー・ピーコックが語る『勝利のマインドセット』

パラリンピック界のスター、ジョニー・ピーコックが語る『勝利のマインドセット』
2021.08.13.FRI 公開

オリンピックの熱狂を引き継いで、8月24日、ついに東京2020パラリンピックが開幕する。世界中から東京に集まってくるアスリートたちは実に個性豊か。そんな海外選手たちの魅力が詰まったコンテンツがある。2020年にIPC(国際パラリンピック委員会)がリリースし、ウェビー賞を受賞するなど世界的に高い評価を受けているPodcast『勝利のマインドセット:パラリンピックが教えてくれたこと』だ。
全21話からとくに日本の読者に届けたいエピソードを厳選して紹介する。

第1回に登場するのは、パラリンピック陸上競技の100mで2連覇中、“ナイスガイ”として知られるジョニー・ピーコック(イギリス)。
障がい当事者であるアンディ・スティーブンソンが話を聞いた。

※この記事は2020年8月に公開されたPodcast「A Winning Mindset: Lessons From The Paralympics」の「Jonnie Peacock on performing under pressure」をもとに制作しています。

人生って何が起こるかわからない

――東京大会の延期は、あなたにとっては良いタイミングだったのではないでしょうか。2019年末にひざの手術をされましたと聞いています。どんなケガでしたか。

Jonnie はい、実は延期を願っていた数少ない選手のひとりです。シーズン最後のレースで、前日にウォーミングアップをしていたところ、着地でひざをひねってしまいました。それでも、何とか翌日のレースには出場しました。ただ、今思うとそれはよくなかったのかもしれません。軟骨を少し損傷していました。(2019年の)12月に手術を受けることになったので、東京大会が予定通り2020年の開催だったら、時間的にかなりタイトでした。

――延期が決まって、パニックにはならなかったのですか。

Jonnie アスリートとしては、何事も前向きな姿勢が必要だと思っています。だから、無意識のうちにきっと大丈夫だと自分に言い聞かせていたのかもしれません。2012年のロンドン大会で僕を指導してくれたダン・パフに再び師事したということもあり、実際はけっこう冷静でした。といっても、かなり厳しい状況には変わりないわけです。人生って何が起こるかわからないものだなと思いました。

「家に帰れる可能性は低い」と言われた幼少期の病

――幼少期の話をしましょう。5歳のときに髄膜炎にかかって、昏睡状態になりましたよね。命を落とす可能性もあったと聞いています。

Jonnie 家族にとっては大変な時期だったと思います。振り返ってみても、ほとんど記憶は残っていないんです、5歳でしたから。両親は僕が昏睡状態にあるときに、医師から「お宅の息子は家に帰れる可能性は低い。帰れたとしても、どういった状況で退院できるかはわからない」と言われたそうです。

――昏睡状態から回復したものの、右足をひざ下で切断しなければいけなかったわけですよね。切断前の記憶はありますか。

Jonnie それが、よく覚えていないんです。まだ5歳だったからなのか、それとも頭のどこかでそのことを思い出したくないと思って記憶を消してしまっているのかもしれませんが、その当時の記憶はとてもおぼろげなんです。

最初の一歩を踏み出したら、次の一歩を踏み出す

――5、6歳のときに初めて義足を手に入れて、すぐに走り出したんでしょうか。

Jonnie 義足をつけて歩き始めた後、すぐ走り出していたそうです。最初の一歩を踏み出したら、次の一歩を踏み出す。そんな感じでした。今の僕と変わりないですね。

――私も義足をつけていますが、子どものころ、校庭で他の子どもたちと一緒にサッカーをしたいとは思っても、障がい者スポーツのクラブに入りたいとは思っていませんでした。ピーコック選手はいかがでしたか。

Jonnie 健常者が通う中学に通っていたんですが、普通に生活をして、みんなと一緒にサッカーをするのが大好きでした。普通のサッカーチームに入りたかったんです。普通に生活をしたいという風に思っていたんでしょうね。

陸上が一番楽しかった

――何があってその考えが変わったんでしょうか。パラリンピックを目指すようになったのは、何かきっかけがありましたか。

Jonnie 僕は常にスポーツが好きだったんです。運動は得意でした。そんな中、ある日突然思ったんです。自分のレベルはどのくらいなんだろうと。すると、義足をつくるために技師装具士のところに行った際、壁に小さなポスターが貼られているのが目に入りました。「あなたはスポーツが好きですか? 年齢は14~25歳ですか? もしそうなら相談してみてください」と書いてあったんです。それで相談してみると、ロンドンで開催される適正テストのパンフレットをもらいました。いくつか試した中で、陸上が一番楽しかったんです。そして、パラリンピックが目標となりました。

――競技用の義足はいつから使い始めたんですか。

Jonnie 2010年の中頃だったと思います。初めて履いたときは不思議な感覚でした。自分が投入したエネルギーをすべて吸収する衝撃吸収剤を履いているような感じがしたんです。でも、おもしろかったです。使いこなすまでには6ヵ月、8ヵ月かかったでしょうか。

脳ミソが今、自分が先頭を走っていることに気づく

ロンドン2012パラリンピックに出場するピーコック(写真中央)ⓒGetty Images Sport

――2012年のロンドン大会では、まだ19歳でしたよね。あの大会で、あれだけの規模にどのように対処しましたか。

Jonnie 私があそこで活躍できたのは無知だったからです。突然、基準タイムを満たして出場することが決まって、メダルを獲るなんて夢だと思っていたら、世界記録を出して金メダルも視野に入ってきたんです。レースってどんなときも、走っている最中にふと集中力が切れて、脳ミソが今、自分が先頭を走っているということに気づく瞬間があります。それでビビるんです。フィニッシュラインを超えたときは、血管が破裂してしまうのではないかと思うほどでした。

――その夜の記憶で印象に残っていることがふたつあります。ひとつが、口に指を当てて声援を沈めようとしていたこと。もうひとつがゴールラインを超えたときの大歓声。今思い出しても鳥肌が立ちます。

Jonnie 自分が何をしていたのか、何が起きていたのか、何を考えていたのか、後になって振り返ってもよく覚えていないんです。レースの5分前、まるで神がスタジアムの中央に降り立ったかのように、観客の視線が注がれているのを何となく客観的に見ていました。スタートラインに立ったとき、たしかに「シー」ってやりました。スターティングブロックに入ろうとしているのに観客の大声援が聞こえてくる中、レースを終えた選手が「観客に圧倒されて負けた」と言ってほしくなかったんです。だから、言い訳をさせないために静かになってもらいたかったんです。

不完全な人間ではないということを世界に示すことが大事

『ストリクトリー・カム・ダンシング2017』に出演した際のピーコック(写真右)ⓒGetty Images Entertainment

――健常者と競うことについて話を聞きたいと思います。『ストリクトリー・カム・ダンシング』は誰でも知っている、ゴールデンタイムに放送されるダンスのTV番組です。イギリスで、障がい者として初めてこの番組に参加したのはあなたでした。参加した背景にはどのような理由があったのでしょうか。

Jonnie ある日エージェントから提案がありました。一旦は断ろうと思ったんですが、せっかく提案をいただいたので自分がやりたいことを提案させてもらったんです。障がい者でも同じようにショーに出られる。あるいはダンスが下手であれば、クズのように番組から追い出されることもあるということを認識してもらいたかった。平等に扱ってもらいたかったんです。障がい者をどのように見ているのか、その認識を変えたかったんです。

――すばらしい姿勢だと思います。障がいの要素を大々的に取り上げるよりも、実際に何ができるのかに注目をするべきだと私も思います。

Jonnie それこそがパラリンピックなんですよね。私たちは少し不運なことがあって欠けているところもあるかもしれないけど、だからといって不完全な人間ではないというところを世界に示すことが大事なんだと思います。


パラリンピックを通して、障がいのある人は不完全な人間ではないことを世界に示す大切さを語るジョニー・ピーコック。今回の東京2020パラリンピックでも、100mの3連覇が期待される。彼の思いや走りは、日本にどんなインパクトをもたらしてくれるのだろうか。ぜひ注目してほしい。

 

▼Podcastの視聴はこちらから
A Winning Mindset:Lessons From The Paralympics「Jonnie Peacock on performing under pressure」

https://audioboom.com/posts/7669079-jonnie-peacock-on-performing-under-pressure

text by TEAM A
photo by Getty Images Sport, Getty Images Entertainment

パラリンピック界のスター、ジョニー・ピーコックが語る『勝利のマインドセット』

『パラリンピック界のスター、ジョニー・ピーコックが語る『勝利のマインドセット』』