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「世界記録で金メダル」有言実行の水泳・山口尚秀が見せた心の成長
水泳男子100m平泳ぎ(SB14/知的障がい)の世界記録保持者・山口尚秀が、8月29日、東京2020パラリンピックの舞台で有言実行の金メダルを獲得した。フィニッシュ後、電光掲示板を見つめるきょとんとした顔には、かすかに笑みがにじんだ。
「あ、金メダル取れた、(1分)3秒台を出せたぁ、と思いました」(山口)
記録は1分3秒77。自身が5月に出した世界記録を0秒23更新しての優勝だ。競り合った2位のジェーク・マイケル(オーストラリア)から祝福を受けて、ようやく大きな笑みが広がった。
決勝はいつもより5m手前でエンジン全開!
大会前、「東京パラでは1分3秒台。世界記録で金メダルを取りたい」と話していた20歳の山口。25日の100mバタフライは4位とわずかにメダルが届かずも、すぐに本命の平泳ぎへ気持ちを切り替えた。
予選は、立ち上がりから抜け出し、50mを30秒04で折り返す。フィニッシュでは、「ライバル」と話す同組2位のスコット・クイン(イギリス)に大きな差をつける1分4秒45のパラリンピックレコードを出し、「まずはホッとした気持ち。大きなストロークで焦らないように泳ぎました」とレースを振り返った。
そして、迎えた決勝。両胸を交互に叩いて気合を入れた山口の右隣には、全体3位のクイン、左隣には全体2位のマイケルが並んだ。
スタートの合図が響き、立ち上がりからリードしたのは山口だ。上体を大きく浮き出すダイナミックな泳ぎで、50m地点を29秒22で通過。2019年の世界選手権で世界記録を出したときよりコンマ57秒速い。「(予選とは違い)記録を狙って最初からピッチを上げていったんです」と山口。
そして圧巻が後半だ。折り返しでマイケルがコンマ1秒差で追うが、「いつもならラスト15mでかけるラストの追い上げを今回は20mでエンジンをかけた」という山口は、徐々に差を広げる。最後はマイケルに約0.5秒差をつけて、歴史的快挙を成し遂げた。
本格練習開始から4年で金メダリストに
レース後、「自身が保持している世界記録の更新、ならびに金メダルを獲得したということで、2つの課題を達成できたのでよかったと思っています」と丁寧に話した山口。振り返れば、駆け足での世界制覇だった。
3歳で知的障がいをともなう自閉症と診断され、祖父母とともに歩行浴で水に親しんだ山口は、高校1年時の2017年から本格的に水泳を始めた。メキメキと力をつけた山口は、2019年2月に国際デビューを果たすと、同年9月の世界選手権で鮮烈な世界制覇を遂げる。1分4秒95の世界新記録を叩き出し、東京パラリンピック代表にも内定した。
山口が早駆けで偉業を達成できた理由は、185㎝の恵まれた体格にある。足のサイズも30㎝と大きく、水をしっかりとつかみ、力強く押し出す。加えて昨年秋からは、ウエイトトレーニングで体重を増やし、より高い出力を出せる体づくりにも励んできた。
水泳仲間との交流が自分を成長させた
山口は、4年で激変した人生をこう振り返る。
「私は知的障がいという肩書きを通じ、(水泳を始めてから)各障がいのクラスの選手と交流し、それぞれの課題点を共有することで、私の成長につながっていきました。それが水泳の魅力だとも思っています」
この言葉は、金メダルの偉業が決して身体能力だけによるものではないことを示している。山口は出会う人が広がったことで心も成長させてきた。幼いころ、「なぜ、自分はほかの子どもと同じようにできないのか」と、周りとの違いに悩んだ山口にとっては、大きなステップアップだっただろう。
山口の胸に輝く金メダルは、他の人と異なるペースでも自分らしい生きざまを見つけられる、そして自信にもなるということを教えてくれた。
text by TEAM A
photo by Takashi Okui