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【PLAYBACK TOKYO】女子マラソン道下美里は金メダル獲得後も走り続ける!
記憶に残る笑顔の金メダル
東京2020パラリンピック最終日。国立競技場にはまばゆい笑顔で金メダルを掲げる道下美里の姿があった。視覚障がいカテゴリーの女子マラソン表彰式でメダルを受け取ると、自分より先に伴走者のひとり、青山由佳さんの首にメダルをかけた。
「たくさんの仲間に支えられてきました。周りのみんなが、この日に向けていつも一緒にいろいろ考えてくれた。自信を持ってスタート地点に立てたのは仲間のおかげ。それに、テレビで応援してくれた仲間にも、成長した姿を見せられてよかったです」
レース直後、取材エリアでも感謝の気持ちを繰り返した道下。4年前のリオ大会で銀メダルを手にして悔し涙を流していた。それだけに、東京大会で見せた満ち足りた表情が強く印象に残っている。
翌2月まで続いたレースの続き
だが、道下の東京パラリンピックにはまだ続きがあった。
「地元(九州、山口)のみなさんに走りを見てもらいたい」という道下は、2022年2月の別府大分毎日マラソンまでを「私の東京大会のレース」と位置づけていたのだ。
福岡市内の大濠公園を拠点とする普段の練習も、人数を絞って走るようになったコロナ禍の練習も、もちろん無観客開催の東京大会も。支えてくれた人たちがいたから最高の結果を得ることができた。感謝を伝えるレースに出場することこそ、道下にとって大きなモチベーションなのだ。
「東京大会が終わっても、気持ちの糸が切れずに走り続けています」
11月に出身地である山口県の下関海響マラソンに始まり、翌月には前年、女子T12クラスの世界記録をマークした防府読売マラソンへの出場。そして、2月には、まだパラスポーツの認知度が低い頃からテレビ中継で盛り上げた別府大分毎日マラソンで自らの持つ世界記録(2時間54分13秒)更新を目指すことを誓った。
迎えた別府大分毎日マラソン。前日会見では揺るぎない信念と自信をのぞかせていたものの、レース当日の別府は強い風が吹いていた。世界記録ペースで前半を折り返した道下の体力は奪われ、終盤で失速。一般女子、女子視覚障害の部でトップとなる2時間57分20秒でゴールテープを切ったが、“感謝の世界記録”とはならず、いかにも悔しそうな表情だ。
「思ったより風の影響を受けてしまったけど、同じ条件でしっかり走れている人もいる。反省会ですね」
それでも、最後はトレードマークの笑顔を見せ、「走りながら、『あのとき番組をつくってもらったな』『声かけてもらったな』とか、今までのことを思い出しながら感謝の気持ちで走りました」と穏やかな表情で語った。
所属先の同僚でもあり、後半の伴走者を務めた河口恵ガイドは、間近で道下を見てきた。
「(東京大会後、表彰などで)忙しい中、しっかり練習メニューをこなしていたので、この別大に向けて世界記録を更新したいという気持ちが伝わってきました」
道下の東京大会での挑戦はここで一区切り。「温泉に入り、好きな唐揚げを食べて鋭気を養いたい」と話して会場を後にした。
踏み出した、新たな一歩
その道下はこの5月、たけびしスタジアム京都で開催された2022ジャパンパラ陸上競技大会でトラック種目の1500mと5000mに姿を現した。
2月の別府大分毎日マラソン後は「主人と別府温泉に行った」というくらいで、完全なオフはほとんどなかったようだが、ジャパンパラと6月に控える日本パラ陸上競技選手権を目標に掲げて気持ちを切り替えたという。
「マラソンの練習をガツガツやり続けるのもきついので、今はスピード強化の時期としています。5000mが速くなれば、マラソンのときにペースに対しての余裕が出るかな、と。マラソンの練習はお休みという気持ちです」
そんな中、今シーズンはマラソンのスピード強化を目的とし、ジャパンパラの5000mで自身のアジア記録(18分48秒96)更新を狙った。トラック種目の苦手意識もあり、目標には約12秒届かなかったが、走る距離を減らしているのは、2024年のパリパラリンピックを見据えてのことだ。大会では報道陣の前でパリへの思いを明かした。
「陸上競技で女子のパラリンピック連覇は過去にあまりないのかなと思います。東京大会で金メダルを獲ったので、パリ大会でもし金が獲れれば(2連覇になる)。そこを目指せるのは、今の私にしかできないこと。しっかりパリを目指せるような走りをしていきたいです」
新たな目標を設定し、次なる挑戦をスタートさせていた道下。小さな声ながらもはっきりと目標を口にしたのは、強い覚悟があるからに他ならない。
さらに道下はジャパンパラでも一緒にレースに出場した河口ガイドとパリ大会を目指す意向を明らかにした。
河口ガイドは、2016年まで実業団ランナー。引退後、道下の練習パートナーとして苦楽を共にしてきた。
「今まで練習をやってきた河口さんと、パリに向けて一緒に走りたい思いが強くなって。もちろん選ばれなくては実現しないこと。どんな形でも、ふたりが日本代表としてパラリンピックの舞台に立てるように準備をしていきます」
東京からパリへ。走り続ける道下は歴史を塗り替えようとしている。
text by TEAM A
key visual by Jun Tsukida