感染症予防には「唾液の質」が重要! ハードな運動よりも軽い運動がカギに?
2021年4月、神奈川歯科大学大学院環境病理学分野の研究グループが、唾液に含まれる抗菌物質のひとつ「IgA(免疫グロブリンA)」が、新型コロナウイルスの感染予防に役立つ可能性を示す研究結果を発表した。しかもIgAは基本的に食生活の改善や軽い運動によって増やすことが可能なのだそうだ。この画期的な研究をしているグループの代表、槻木恵一教授にお話を伺った。
意外に知られていない、驚くべき“唾液”の力
日頃、唾液の存在やその役割について意識することはほとんどないが、実は人間の健康や生命を守るとても重要な役割を担っているという。その作用は大きく分けて以下の7つ。
1.消化作用:口の中の食べ物を柔らかくするなどして消化を助ける
2.保護作用:口内をさまざまな刺激から守る
3.自浄作用:口内を清潔に保つ
4.排出作用:特定の抗生物質や化学物質を体内に取り込んだ場合、その一部を排出し血中濃度を下げる
5.再石灰化作用:虫歯のごく初期段階で溶け出したエナメル質を元の状態に戻す
6.緩衝作用:酸性になった口内を中性に近い状態にする
7.抗菌作用:粘膜を菌から守る
こうした重要な作用を十分に発揮するためには唾液の「量」と「質」の両方が重要になってくるのだそうだ。
「唾液の量が減るドライマウスになると、喋りづらい、食べづらいといった症状が起こりQOL(クオリティ オブ ライフ=生活の質)が下がってしまいます。また唾液には口の中を清潔に保つ自浄作用がありますから、唾液の分泌が止まる就寝中は口内の菌が30倍にもなるといった研究報告もあります。量の他にもうひとつ重要なのは唾液の質。唾液の中には医学の教科書に出てくるレベルでも100種類以上の成分が含まれていて、快眠や虫歯予防、アンチエイジング、うつ病予防などといった重要な役割を果たすものがたくさんあります」(槻木教授、以下同)
唾液にアンチエイジング効果があるとは意外だが、加齢を促進させる活性酸素を除去する成分が唾液中にはたくさんあるのだという。こうした無数の成分の中で、槻木教授たちが注目したのが抗菌成分IgA抗体だ。
免疫界のヒーローIgA抗体とは?
IgA抗体(以下IgA)は、唾液に含まれる抗菌物質の中でもっとも分泌量が多く、人間の身体をウイルスや細菌から守ってくれる抗体の一種なのだそう。
「抗体にはさまざまな種類があって、新型コロナウイルスの感染予防で皆さんが接種しているようなワクチンで増えるのは、血液中にあるIgGという抗体です。一方IgAは鼻や口の中にある粘膜を守るための抗体。粘膜は細菌やウイルスといった外からの侵襲を受けやすいので、そこをしっかりと守る粘膜免疫と言われるものです。つまりウイルスなど外敵の入口となる粘膜を守るのと、体内に入ったウイルスなどから体を守るのと二段構えのうち、IgAは外敵の侵入を防ぐ第一防衛ラインなわけです。ですからIgAは予防抗体でもあるんです」
研究によってIgAが新型コロナウイルスの予防にも役立つことがわかってきているが、残念ながらその量は若年層ほど多く、加齢とともに少なくなり、50歳以降ではかなり減ってしまうという。しかし、ちょっとした日常生活の改善や、簡単な運動でその量を増やし、唾液の質を上げることができると槻木教授。その方法を次に紹介しよう。
唾液力を高めて免疫力もUP! IgA抗体を増やす食事
乳製品の摂取
唾液の質を高めるのにはいくつか方法があるそうだが、そのひとつが乳製品の摂取。槻木教授が推奨するのがヨーグルト。特にR-1乳酸菌を含むヨーグルトは、インフルエンザウイルスに反応するIgAが増えるのでお薦めなのだそう。
「我々のテストでは、平均80歳の高齢者36人に3ヶ月間、毎日100gのヨーグルトを食べてもらったところ、33人の唾液の量が増え、IgA抗体も増加していました。ただし、食べなくなるとまた減ってしまうので、継続することが必要です」
食物繊維を豊富に含む食材
その他にも、芋類やレンコン、ゴボウなどの根菜類、また海藻などの食物繊維を豊富に含む食材を毎日の食事に取り入れることや、水分を十分にとること。その際、一度にたくさんの水を飲むのではなく、1回につきコップ1杯200cc程度の水を5~6回にわけてゆっくり飲む。これを朝昼晩、できれば寝る前も飲む。温度は冷たい水よりも白湯がおすすめ。冷たい飲み物はかえって逆効果だという。水や白湯以外の飲み物を飲む場合はアルコールやカフェインを含まないもの。ただし緑茶はカフェインを含むが、水出し、またはぬるめのお湯で抽出した緑茶は唾液中のIgAを増やす効果があるそうだ。
たったこれだけ? 軽い運動でもIgA抗体はアップ!
食事の他に唾液内のIgAを増やしてくれるのが運動。しかも、激しい運動ではなく軽い運動でなくてはいけないのだそう。
「アスリートは体を鍛えているので丈夫だと思っていたのですが、実は風邪をひきやすいそうです。これは、激しい運動をすると免疫力が下がることが原因のひとつです。ですから近年では、アスリートの唾液中のIgAの量を計測して、減ってきたら軽い運動をして、上がってきたらまたハードな練習をして、選手にとって一番いい状態で試合に臨めるようにする、IgAを指標としたトレーニングの研究が行われています」
軽い運動とは具体的にどの程度なのか。槻木教授が推奨するのが、公益財団法人明治安田厚生事業団体力医学研究所が推奨する軽運動プログラム。高齢者でも簡単にできる運動なので、仕事の合間や、テレビを見ながら、就寝前など、隙間時間をみつけて実践してみてほしい。
この他、ストレッチやヨガ、ラジオ体操などでも効果はあるという。反対にフルマラソンのようなスピードで走るランニングやハードな筋トレなどはIgAの量を減らしてしまうことになるそう。いったいなぜ、軽い運動に効果があるのだろうか。
「ストレスは免疫力を下げる原因となるので、軽い運動によってストレスを発散させるということが目的です。ですから、体調が悪くても無理をして運動するのではなく、自分の中でストレスマネージメントをしながら、負荷にならない程度に体を動かすことが重要ですね。先程お話ししたヨーグルトを食べるというのもそうですが、苦手な方は納豆などの発酵食でも構いません。日本食は発酵食品が多いですから、苦にならない、ストレスにならないように継続することが大切です」
腸活は口のケアとセットで行うのが効果的
ここまでご紹介してきた唾液力アップの方法だが、腸にいいこと、いわゆる腸活と似ていることにお気づきだろうか。唾液の量は口が渇くなどの自覚症状で気付くことができるが、唾液の質は個人では量ることができない。そこで目安となるのが、お腹の調子。腸管を刺激すると唾液腺のIgAの量が増えるので、お腹の調子がいいとIgAも増え、反対にお腹の調子が悪いと唾液内のIgAの量が下がってしまうのだそう。このことから槻木教授たちは、IgAは腸の状態とリンクしているのではないかと考えている。
「最近、腸活がブームになっていますが、実は腸活には口の中のケアも大切だと思っています。口の中が汚れていると、体によくない菌が口腔内で増え、そのまま飲み込んで腸まで届いてしまいます。昔は口から入った菌は胃液で死滅すると言われていましたが、今は腸まで届くことがわかってきました。ですから口の中を綺麗にした健康な状態で腸活をしないと、いくらやっても効果が薄れてしまいます。唾液には自浄作用もありますから、腸活は口のケアとセットで行うのが効果的だと思います」
唾液力が下がると感染症になりやすいだけでなく、歯周病や、日本人の死因の上位であるがんや誤嚥性肺炎、脳や心臓の病気を引き起こす動脈硬化など、私たちの生命を脅かす病を引き起こすリスクが高まるそうだ。つまり唾液力を高めることは、健康を維持することにつながる。生命寿命だけでなく、健康寿命を延ばし、いつまでも元気で健やかに暮らせるよう、今日から唾液力を鍛えてみてはいかがだろう?
PROFILE 槻木恵一
神奈川歯科大学大学院口腔科学講座環境病理学教授。1993年神奈川歯科大学歯学部卒業。1997年同大学大学院歯学研究科修了。神奈川歯科大学歯学部口腔病理学教室、助手、特任講師、助教授を経て2007年より教授。2013年より同大学歯学研究科長。2014年より同大学副学長。歯学博士。プレバイオテックスの一種であるフラクトオリゴ糖の継続摂取による唾液中lgAの分泌量増加とともに、そのメカニズムとして腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たすことをあきらかにし、「腸―唾液腺相関」を発見。
<参考図書>
『ずっと健康でいたいなら唾液力をきたえなさい!』
槻木恵一著/扶桑社ムック
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock