勝つために必要なのは強いメンタルや努力じゃない。自分との対話“脳内トーク”のすすめ

勝つために必要なのは強いメンタルや努力じゃない。自分との対話“脳内トーク”のすすめ
2023.07.07.FRI 公開

今、あなたは自分の日常のパフォーマンスに満足しているだろうか? スポーツでも仕事でも、速くなりたい、上手になりたい、成果を上げたい、失敗したくない……そう思っている人は少なくないはず。そんなあなたの背中を押し、能力を引き上げてくれるのが“脳内トーク”だ。難病にかかったことをきっかけに、言葉が脳に与える効能について研究を始めた脳科学者の西剛志氏に、脳内の自分との対話、“脳内トーク”のノウハウについて伺った。

人が話した言葉は、鏡のように脳に映され、行動に影響する

何か困難にぶつかったとき、周囲の誰かの言葉によって励まされたり、解決のヒントをもらったりして乗り越えられた経験は誰にでもあるだろう。ただ、いつでも誰かと話せる、相談できる状況にあるとは限らない。しかし、実はどんな人にも、1日24時間365日そばにいて、あなたの行動を見守ってくれる身近な話し相手がいる。それは誰か。

他でもない、自分自身である。

TVドラマ「孤独のグルメ」ではないけれども、人は自分でも意識せずに脳内でしゃべり、時には口に出して独り言を言っている。米国の研究によると、脳内で話す言葉は、声に出す言葉よりも10倍以上も多い人もおり、1日あたり16万~47万語以上も話しているそうだ。

「普段何気なく発している言葉の影響力は、皆さんが思っているよりずっと大きいんです。たとえば、“太陽”と言ってみてください。すると春の“ポカポカ”した日の光とか、夏の“ギラギラ”した強い日差しのイメージが浮かびますよね。人によって浮かぶイメージはそれぞれなのですが、体がポカポカしてくることがあります。このように私たちは意識していないのですが、言葉によって五感が活性化することが知られています」(西氏、以下同)

脳科学者の西剛志氏

西氏がよくする実験のひとつに、腕を上に上げた被験者に“弱い、弱い”と何度か言ってもらってから、他の人に被験者の腕を下がるように押してもらうものがある。すると、あっさりと腕は下がってしまうそうだ。逆に“強い、強い”と言ってもらってから同じようにすると、今度は簡単には下がらないのだそう。握力計を使った実験でも、“強い”と言ってから計測すると、“弱い”と言ったときの10~15%ほど数値が上がるという。

「これは、人間が言葉を発する時、それは実際に口に出す場合も、“脳内トーク”でも同様なのですが、脳の中で起きていることで説明できます。脳には前頭前野の“ブローカ野(話す)”と“ウェルニッケ野(聴く)”を含む大規模な言語中枢というものがあります。これらは人が話したり聴いたりする行為を司っていますが、最近注目されているのはブローカ野と同じところにある“視聴覚ミラーニューロン”。これは、視覚と聴覚と体感覚を統合する働きを担っていると考えられていて、言葉を話そうとした瞬間に、その言葉のイメージがミラー、まさに鏡のように映されて反応し、体の感覚に影響することが最近分かってきました」

だから、太陽をイメージ(言葉にしたり聞いたり)すると体がポカポカしてきたり、“弱い”と言葉にすると手を上に上げ続けることができなくなったりするわけだ。言葉の力、特に1日に何万~何十万語とも知れぬ言葉を発している“脳内トーク”は、だから侮れないのだ。

脳は言ったことと反対のことをするもの

西氏は、2008年にうまくいく人とそうでない人の違いを研究する会社を設立。世界的に成功している人たちの脳科学的なノウハウや才能を引き出す方法を提供するサービスを展開している。なんとかより良い自分になるため、脳科学の力を借りたいと氏を頼る人の中には、成績不振に陥ったアスリートも少なくない。あるとき、本番になるとどうしても実力を発揮できない女性ボディビルダーがやってきたそうだ。

「彼女は、試合前には周囲から“結構いいところまで行けるんじゃないか”と期待されるんですが、試合になると緊張してしまって全然良い成績を残せないと言うんです。ボディビルダーは笑顔も評価の一部ですが、緊張してるから笑顔も引き攣ってしまいます。だから動きもぎこちなくなる。

それで私が彼女に何を言ったかというと、“練習の時に120%緊張してやるようにしてください”ということでした。しかも、ただ緊張するだけじゃなくて、無理してでも、わざと手をガチガチ震わせるぐらい緊張して練習してもらったんです。

すると、それをやった瞬間、笑いが止まらなくなりました。120%の緊張をわざと自分に引き起こしている。そんな自分が馬鹿らしくなってきたそうです」

西氏が彼女にアドバイスしたのはそれだけだったが、次の日本選手権で優勝し、世界大会への切符を手にしたのだそう。この現象も、脳の特質で説明できる。脳には“シロクマ抑制目録”という性質があって、「シロクマのことを考えないで!」と言われると,シロクマのことを考えてしまうという。先の女性ボディビルダーも、“緊張しちゃいけない!”と自分に言えば言うほど緊張してしまったのだ。それで本番では実力を発揮できなかった。

「練習で120%の緊張をしてもらったのには、もうひとつ効果があって、緊張は逆にエネルギーにもなるんです。たとえば、目の前に熊がいるとします。緊張しますよね? それは、いつでも隙を見て逃げられるように、エネルギーを貯めている状態です。今お話ししたボディビルダーには、自分で120%緊張することによって、緊張で貯めたエネルギーを外に出してもらいました。

脳は自分でコントロールできないものに対して恐怖を感じる性質があるんですが、そうすることによって、緊張のエネルギーを自分で外に出せた、自分でコントロールできたと認識して、今度はリラックスできるようになるんです」

ネガティブな言葉を発した後は、“でも”と言ってみる

なるほど、脳は自分のものでありながら、自分でも思いもよらない反応、働きをするもののようだ。言葉が脳に大きく影響するということから、絶えず言葉を発する“脳内トーク”が、いかに重要であるかがわかる。

「成功者と呼ばれる人の中には、“脳内トーク”を活用している人が多いですね。たとえば、アップルの創業者・スティーブ・ジョブズは、毎朝自分に対して“もし今日が人生最後の日だったら、僕は今からすることを『したい』と思うだろうか”と問いかけていたのは有名な話です。

ただ、さっきのボディビルダーの“緊張してしまう”例ではないですが、ポジティブにばかり考えれば良いかというと、必ずしもそうではないんです。私がいろいろな人の話を聞いて導き出した研究結果では、夢ばかり見ている人も、現実ばかり見ている人も、大成した人はあまりいません。私はよく“楽観的な現実主義”と言うんですが、ポジティブな面とネガティブな面をバランス良く見るようにしたほうが良い結果が出るんですよ」

西氏によれば、うまくいっているスポーツチームと、うまくいっていないチームを比較すると、ネガティブな言葉1に対して、ポジティブな言葉を3以上言っているチームは成果が出やすいのだそう。1対2では足らず、1対3以上は欲しいとのことだ。

「と言っても、“ネガティブな言葉を言ってはいけない”と禁止すると脳は緊張しますから、脳をコントロールしようとし過ぎるのも良くないんです。そこで、良い言葉を紹介しましょう。それは『でも』です。

たとえば夜、一日を振り返って、“今日の練習では何の成果も得られなかった”と言うとします。このままだと“自分は何も得られないまま1日を終えてしまった”というイメージが脳に残ってしまいます。そうならないために、そのあとに“『でも』タイムを1秒縮めることができた”とか、“『でも』人間関係はよくなった”などと続ければ、良いイメージが脳に残るので、ポジティブな気持ちで次を始めることができるんです」

言葉の重要性を強調する西氏は、いろいろな言葉を知ってレパートリーを増やすこと、特に比喩を使うことを勧めたいと語る。

「たとえば、嬉しさや感動を表現するとき、ただ“嬉しい”とか“感動した”と言うのではなく、“天にも昇るような嬉しさだ”とか、“アカデミー賞のレッドカーペットを歩くような感動を覚えた”とか。それを聞くと、レッドカーペットを歩いたことはなくても映像が思い浮かんで、嬉しさや感動がイメージできますよね? 比喩を使うと言葉を共有しやすくなります。コーチが選手に指導するときも上腕筋がとか大腿二頭筋がなどと言うより、比喩を使えばイメージが共有できて、それが選手を動かすことに繋がるんです」

西氏は以前、所属する研究所で話をするとき専門用語ばかり使っていたところ、なかなか伝わらなくて困っていた。そこで、うまくいっている人の会話のパターンを見てみると、比喩を多用していることに気づいたのだという。それから、多くの本を読んで比喩を集め単語帳に書き、自然に言えるように毎日練習したのだそう。

「比喩は、脳科学的にも優れた言葉だと言えます。言葉を使いますから、脳の言語野が活性化するのはもちろんですが、比喩を思いつくにはさまざまな情景をイメージして、創造力も駆使する必要があります。結果的に左脳だけではなく右脳も、脳のいろいろな部分が活性化されるんです。

比喩を使うには言葉や単語のレパートリーを増やさなければいけないので、自分の研究の専門分野の本以外に、小説など多くのジャンルの本を読みました。言葉のレパートリーを増やすことは、もちろん他人に伝えるにも役立ちますが、一番効くのは自分自身なので、“脳内トーク”のためにもお勧めしたいですね」

人生を豊かにするには多くのストーリーを知ること

“脳内トーク”をより多彩にするため、言葉のレパートリー、語彙を増やすことにも関連するのだが、西氏がアスリートに伝えたいのは“多くのストーリーを知ってほしい”ことだという。

「心理学に“人生脚本”という考え方があって、人は幼い頃に描いた自分自身の人生の脚本通りに生きるとされています。その脚本を変えることは簡単ではないのですが、人生のストーリーはたくさん知っておいた方が良いと思うんです。私は子どもの頃、世界の偉人伝が大好きでいろいろ読んでいました。偉人って、みんな困難に見舞われ苦労ばかりしていますよね(笑)。だから、そういうストーリーを読んでいると、自分が何か壁にぶち当たっても、偉人たちがどうやって乗り越えて行ったのかを偉人伝で読んで知っているので、自分はどうしたらいいかをイメージできるんです。スランプに陥ったとき、それを乗り越えるストーリーを知っているか否かは、その後に大きく影響すると思うので、本を読んだりしてストーリーを増やしていくことは大事だと思います」

今、若い人たちがハッピーエンドばかりを追い掛けて、楽をしてお金持ちになろうとか、自分のことばかり考えがちなことを西氏は危惧している。他人からすれば、小さく思えることで挫折したり、心折れたりすることも多い。それはストーリーに触れる機会が少ないからではないかと、2年前から西氏は読み聞かせの大事さを絵本にして全国に無料配布する運動をしているのだという。脳科学を研究することにより、“脳内トーク”の果たす役割に気づき、そこから言葉やストーリーの重要性へ。今後は教育に特化した脳科学に取り組んでいきたいと語る。“脳内トーク”を上手に使って、幸せな人生を歩む子どもたちが一人でも増えるように、氏の活躍に期待したい。


西氏が“脳内トーク”の重要性に気づいたのは、30代半ばで患った難病がきっかけだったという。“もう人生は終わりだ”と悲嘆に暮れていたとき、テレビで見た番組のワンシーンで、“思った通りになるとしたら、治らない。でも、もし病気は治ると本気で信じることができたら、どんな人生になるんだろう?”という“脳内トーク”が展開されたのだそう。その時にイメージした未来の自分を取り巻く映像は、今現実のものとなっている。西氏の話を通して、脳とはかくも大きな可能性に満ちたものであることに大いに驚かされた。ネガティブなことを考えてしまったら、まず“でも”ということから習慣づけてみたい。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock

PROFILE 西剛志(にし・たけゆき)
東京工業大学大学院生命情報専攻卒。博士号を取得後、特許庁を経て、2008年にうまくいく人とそうでない人の違いを研究する会社を設立。世界的に成功している人たちの脳科学的なノウハウや、才能を引き出す方法を提供するサービスを展開し、企業から教育者、高齢者、主婦など含めてこれまで1万人以上に講演会を提供。エビデンスに基づいた研修、商品開発サービスなども全国に展開。テレビやメディアなどにも多数出演。著書シリーズは海外でも出版され「80歳でも脳が老化しない人がやっていること」(アスコム)をはじめとして累計22万部を突破。


<参考図書>
西剛志著『世界一やさしい自分を変える方法』

(アスコム)
人が変わるには強いメンタルも努力も必要ない。人が一番影響を受けているのは、朝から晩まで1日に何万回も行う自分との会話“脳内トーク”だ。その言葉によって脳は大きく影響され、それが人の行動に反映される。本書は脳科学者が最新の研究に基づき、誰でも“脳内トーク”を活用して自分を変えるノウハウを解説する。なりたかった自分に近づけるヒント満載の1冊。

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