孤独の時代、人とのつながりをどう築く? 老若男女がどろんこで交流する「たんぼラグビー」の成功事例
政府が「異次元の少子化対策」を打ち出すほど、日本において少子高齢化対策は緊急の課題と言えるだろう。その解決のため各自治体がさまざまな工夫をする中、ラグビーを活用して人と人のつながりを作り、地域活性化に成功している事例があるという。そこで、期待の「たんぼラグビー」の発案者、たんぼラグビー実行委員会の長手信行さんにお話を伺った。
トップリーガーをも夢中にさせるたんぼラグビーとは?
たんぼラグビーは、田植え前のたんぼ(一般的な田植えは4〜6月)で行うラグビー。ルールは正式なラグビーに基づいているが、以下のようなアレンジも加えられ、老若男女だれもが楽しめるよう工夫されている。
・4名からなる2つのチームが対戦(メンバーは自由入れ替え制)
・試合時間は原則5分(ワンハーフ・前後半なし)
・トライ1点、ダイビングトライ2点とし、合計点数が多いチームを勝ちとする
・タッチ4回で相手側ボールとなる
この他にも、子どもやラグビー未経験者が多いなど選手の構成などによっては、試合前に両チームが相談の上、ルールを改変することもできる。2015年に京都府福知山市で行われた第1回大会では広く参加者を募集。その結果、地元京都の高校ラグビー部の部員をはじめとする地域住民のほか、広島や徳島など遠方からも参加者が集まってきた。さらに駄目元でと依頼をした千葉県船橋市に拠点を置く、ジャパンラグビートップリーグ所属のクボタスピアーズの選手たちまでもが参加。大勢の人たちが泥まみれになって、たんぼラグビーを楽しんだそうだ。
子どもたちには「制約なしで遊べる場」が必要
その後、京都だけでなく日本中のさまざまなエリアで実施されるようになったたんぼラグビー。発案者であり「たんぼラグビー実行委員会」の事務局長でもある長手信行さんは、京都市に勤める公務員で、「たんぼラグビー」はあくまでもプライベートな活動として携わっている。一体どんな思いでこの活動を始めたのだろうか。
「僕は学生時代からずっとソフトテニスをやっていて、ラグビーに出会ったのは30歳を過ぎてからでした。大の大人にぶつかられ、倒され、起き上がったらまた倒されて、人によってはしんどいと思うかもしれませんが、僕は面白いと、はまってしまいました。それ以降、クラブチームに入って若い子たちと一緒にプレーをするようになりましたが、こんなに面白いスポーツがあることを、子どもたちにも伝えたいと思うようになったんです」(長手さん、以下同)
とはいえ、サッカーや野球と違い、ラグビーのクラブチームは数が少ない上、子どもたちが自由にボールで遊べる空き地や公園も年々減っている。
「僕は奈良県の田舎の出身で、子どもの頃は、たんぼでカエルを捕まえたり、暗くなるまで稲刈りあとのたんぼで野球をしたりして遊んだ記憶があります。ところが今の子どもたちは、公園ですらボールで遊んではだめ、自転車も乗ってはだめと、制約だらけ。父親と息子がキャッチボールをしたり、自転車の練習で、子どもが『お母さん手を離さないでよ』と言ってるのに、実はもう手を離してました、といった微笑ましい親子の時間を持つことが難しくなっているんです。だったら、そんな制約を本気でぶっ壊してみたいと思うようになったんですよ」
ラグビーを子どもたちに知ってほしいという思い、子どもたちが、制約なしに思う存分遊べる場をつくりたいという思いから、たんぼラグビーはスタートしたのだった。
協力者の心を動かした、開催地への想い
こうして始まったたんぼラグビーだったが、長手さんが第1回の開催地に京都府福知山市を選んだのには訳があった。
「福知山市のそのエリアは2013年の台風18号で被災した場所です。そのとき、家もたんぼも浸水し、水がひけた後も、流されてきた石などそこらじゅうにゴロゴロあって大変なことになりました。農家の方々がその石やゴミを一生懸命どけて復活させた、そんなたんぼだからこそ、みんなが笑顔になる場所として使わせてほしかったんです」
とはいえ、たんぼでラグビーなど前例がないだけに、すぐに許可が下りたわけではないそうだ。長手さんは当時のことを反省も交えて振り返る。
「僕は、稲を植える前のたんぼだから大丈夫だろうと、どこかで安易に考えていた部分もあって、今思うと甘かったと思うんです。農家の方にとって、たんぼは水害など、いろいろなことを乗り越えて先祖代々大事に守ってきたものなんですよね。それをお借りするというのは簡単な話じゃない。だから、そういう気持ちも考えて、交渉をさせていただくようにしました」
その後、たんぼの持ち主は「そんだけ言うなら一回やってみたらええやん」と、たんぼを貸してくれた。そして迎えた第1回。全国から人が集まり、子どもから大人まで、どろまみれになるのも構わず夢中になってラグビーを楽しんだ。
「それ以降も福知山で大会を開催しているんですが、事前の準備として実行委員が草かりをするんですよ。ある時、たんぼの持ち主さんが『ついでだから草刈りやっといた』とおっしゃるんです。本当はついでじゃないんですよ、わざわざ草刈りしてくださってたんですね。そのうち、たんぼの持ち主さんも『今度はわしも試合に出てみるわ』とおっしゃってくださったりして、たんぼラグビーをやることをプラスに捉えてくれてるんだなと、めちゃくちゃ嬉しかったですね」
いつしか福知山でのたんぼラグビーは町の人が楽しみにする恒例行事のようになり、今年で9回目を迎えた。また、初回の京都を飛び出し、全国のさまざまな場所で行われているほか、トップリーガーも参加するまでになっている。
プレーだけじゃない。高齢者、大学生、高校生それぞれが「できること」で参加
たんぼラグビーは、その時々、臨機応変にルールを変えることができるため、未就学の小さな子どもも、ラグビーをやったことがない女性も参加することができる。とはいえ、泥の中を走るのは足を取られて予想以上に大変なため、高齢者の参加は難しい場合もある。しかし、試合に参加するだけがたんぼラグビーではない。
ラグビーボール型のおにぎりで参加者を笑顔に
「たとえば、『私はラグビーはできないけど何かできることある?』という高齢の方もいます。そういう場合は、おにぎりを作ってもらったりします。それもラグビーボール型のおにぎりで、参加者はそれを食べて『おいしい』と笑顔にさせてもらっています。その他にも、その土地の高校の食品学科に通う生徒さんたちが、出店してくれて、やきそばを作ってくれたり。きちんと食を学んでいる子たちなんで、いい加減なものは出せないと、張り切って美味しいものを作ってくれるんです」
こうして試合を食の面から支えるというのも、ひとつの参加の仕方だろう。また、京都市左京区静市静原町で行った試合の後、参加者に実施したアンケートにはこんな感想があった。
〈地元の方々の温かさを感じ、また丁寧な準備をしていただいていることを感じる大会で、充実した1日を過ごしました。駐車場など田んぼ外で活躍いただいた方々にも大変感謝しております。〉
心からのおもてなしで案内
たんぼのある場所は交通の便が悪い郊外であることがほとんど。そのため車で来る参加者も多く、臨時の駐車場を設け、実行委員がその案内などを行う。
「京都産業大学の学生たちが駐車場の担当をしてくれましたが、彼らは普段から静原応援隊という活動をしていて、高齢者の方々の畑やたんぼの仕事をお手伝いするボランティアをしています。僕は駐車場の担当をしてくれる人には『駐車場の担当は、参加者が到着して一番に会う人で、その時に、ぶっきらぼうな態度をされたら、気分が悪くなるよね。遠いところよく来てくださいましたと、言えるかどうかで、その日一日を楽しく過ごしてもらえるかが決まるので、よろしくお願いします』と伝えます。それを学生さんたちがやってくれたということがとても嬉しかったし、こうした地元の人たちに支えられて、たんぼラグビーは成り立っているんです」
たんぼラグビーは試合後、ざっと泥を落とすために用水路などの水を使うのだが、その用水路に降りるための階段を作ってくれた大工さんもいるそうだ。こうしてたんぼラグビーは普段は交わることのなかった高校生や大学生、地元の農家の人々、おじいちゃん、おばあちゃんが集まって交流できる場へと進化していった。
試合後のアフターマッチファンクションで絆を深める
少子高齢化や、地方の過疎化など、日本が直面している課題に、それぞれの自治体がさまざまな工夫をしている。しかし、実際に当事者である住人に何ができるのか、自分事として何をしたらいいかというのが、曖昧になっているケースが多い。そんな問題をたんぼラグビーで解決したいと長手さんは言う。
「おにぎりを作ってくれるおばあちゃんも、階段を作ってくれる大工さんも、みんな不可欠な存在なのに、なかなかそこに気づくことができない。自分にはやれることがないっていう思い込みも、たんぼラグビーを通して壊していきたいと思うんです」
たんぼラグビーのアンケートには「いろんな年代の人と触れあえてよかった」「いろんな人と交流できて楽しかった」といったプレー以外の歓びを見つけたという感想も多い。
「僕がやりたいのは、誰もがハッピーになれる地域貢献。最初は台風で被災して、大変な目にあった上、高齢化で若い人もいなくなって困っている地域で、何か一緒に面白いことを一緒にやりましょうというところからスタートしました。今もそれは変わっていなくて、ラグビーの普及も当然目的のひとつですが、1年に1回でもいいので、たんぼラグビーが町の恒例のお祭りみたいになって、そのときは老若男女、いろんな人が集まって笑顔になれたらいいですよね」
ラグビーには「アフターマッチファンクション」という習慣がある。これは試合後に行われる交流会のこと。スタジアムのミーティングルームなどで、敵味方関係なく選手たちが集い、アルコールを片手に互いの健闘を称え合う。
たんぼラグビーでも、ラグビーの大切な文化を尊重して、ゲーム後にたんぼの脇に両チームのプレーヤーやレフリーが集い、両チームキャプテンのスピーチなどでお互いの健闘を称えあいながら、ゲームをふりかえるアフターマッチファンクションを行っている。
「試合に負けたら、いろいろ言いたいこともあると思うんです。でもあえて相手を称えるって素晴らしいし、それができるって格好いいじゃないですか。ラグビーには敵という概念がないんです。相手チームもラグビーをやるための仲間。仲間だからみんなが同じように楽しめるように、時にはルールを変えたり、協力しあって試合をする。僕はそういうラグビー独特の魅力は地域活性化にぴったりだと思うんです」
このラグビーの魅力を活用して、日本全国でたんぼラグビーが行われるようになるといいと長手さんは笑顔で夢を語ってくれた。
少子高齢化の対策として地域活性化のために、大きな箱物を建てたり、企業や大学を誘致したりといった大規模な対策もひとつの有意義な方法だろう。しかしそれには、多額の資金が必要だし、当事者である住民にとっては、誰かがやってくれる他人事になってしまう可能性もある。だがこの取材をして、その土地ならではの観光資源や特産品、多額の資金がなくても地域活性化はできるということを教えられた。必要なのは、人々が自分の得意なこと、自分の好きなことを活用できる場と、そこに集まってきた人たちが互いに尊重しあえる気持ち。それさえあれば、たんぼとボールひとつで、こんなにも大勢の人を繋げられるということを、どろんこの笑顔が証明していた。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:たんぼラグビー実行委員会