社員のモチベーションも上がった! マツダが考える「私らしく生きる」ための未来のクルマ

社員のモチベーションも上がった! マツダが考える「私らしく生きる」ための未来のクルマ
2023.10.26.THU 公開

自動車には移動やものの運搬といった利便性の他に、運転による爽快感、車を意のままに操縦できたときの楽しさなどがある。そんな「走る歓び」を追求しているマツダ株式会社が、「私らしく生きる」をキーワードにした手動運転自動車「MAZDA MX-30 Self-empowerment Driving Vehicle」を、2021年12月から販売している。多様化する社会で「私らしく生きる」とは一体どういうことなのだろう? 自動車に込めた思いを、同社の商品開発本部主査前田多朗氏に伺った。

多様な人が1台の車をシェアできる画期的なデザイン

通常、車は健常者を想定して作られているため、ブレーキやアクセルは足で操作するように作られているのが一般的だ。では、下肢に障がいがある人は車を運転できないかというとそうではなく、足を使わず手でブレーキ・アクセルを操作できる特殊な装置を取り付けることで、健常者と同じように運転することができる。ただ、そういった車両を家族などの健常者が運転する場合には、隠された場所にあるレバーを操作したり、装置自体を取り外したりするなど、「障がいのある人モード」と「健常者モード」を切り替えるのに手間がかかることが多い。

しかし、マツダ株式会社(以下マツダ)の「MAZDA MX-30 Self-empowerment Driving Vehicle」(以下、MX-30 SeDV)は、アクセル・ブレーキの操作を足で行うか・手で行うかの切り替えが分かりやすくスムーズに行えるようになっている。

【切り替え方法】

レバーブレーキを押し込み、ブレーキロックをかけた状態でイグニッションをONにすると、アクセルリング(ハンドルの内側に設置されたリング状のボタン装置)による手でのアクセル・ブレーキの操作が可能になる。この状態にするとアクセルペダルでの操作ができなくなるため、誤って踏み込む危険が軽減される。

一方、フットペダルで運転したい場合は、フットブレーキを踏んでイグニッションをONにすると、通常の足でのブレーキ・アクセルの操作が可能になりアクセルリングでの操作はできなくなる。

切り替えが簡単になると、車いすユーザーも1台の車を家族で気軽に共有したり、友人や恋人と運転を交代しながらドライブを楽しんだりするといったカーライフがより身近になる。

この他にも、操作しやすい押し込み式のレバーブレーキや、車いすから簡単に運転席に乗り降りできるような構造など、開発時に車いすユーザーから聞いた意見が反映され、下肢に障がいのある人のさまざまなニーズに応える作りになっている。また、MX-30 SeDVは福祉専用車両ではなく、マツダのクロスオーバーSUVとして人気の「MX-30」に新車時に装備品として手動運転装置を架装したものであり、一般車両の「MX-30」そのままの魅力的なデザインを楽しむこともできるのだ。

下肢に障がいのある人も健常者も同じように運転できるというユニバーサルな仕組みによって、どんな人にも、自分の手でカッコいい車を運転する楽しみ、誰かと一緒に車に乗る楽しみを味わうという選択肢を実現するのが、MX-30 SeDVの魅力である。

赤字覚悟? それでもマツダが手動運転自動車を作るワケ

マツダ株式会社 商品本部主査前田多朗氏

多様性を尊重する、いわゆるダイバーシティ&インクルージョン(D&I)が推進される社会では「MX-30 SeDV」のような自動車が誕生することは必然と言えるかもしれない。一方で、その需要はどのくらいあるのだろうか。日本で、何らかの身体的障がいのある人の数は1000人に34人だという。その中で、下肢に障がいがあり「手動運転自動車に乗りたい」というニーズをもっている人の数は、さらに限られてくるだろう。こうした状況では、企業として利益が見込みにくく二の足を踏むケースも少なくないはずだ。そんな中、マツダはなぜMX-30 SeDVの開発・販売を始めたのだろうか。

「もともとマツダでは車いすの移送車やリフトアップシート付き車両など、介護車両や福祉車両とよばれるものは比較的前から作っていました。その関係で国際福祉機器展に、弊社のロードスターに福祉車両の事業をされているミクニライフ&オートさんの手動運転装置を取り付けて参考出品をしたところ、市場の方々から非常に大きな反響をいただきました。それをきっかけに手動運転装置付きのロードスターとアクセラを販売することになったんです」(前田氏、以下同)

ロードスター、手動運転装置付車

その時はまだ、手動運転装置は他社の技術を使っていたという。同時期に、2020年のオリンピック・パラリンピックが東京で開催されることが決まり、これに向けて日本自動車工業会が日本の自動運転技術を中心とした自動車産業の技術を世界にプレゼンしようという取り組みを始める。そこでマツダが注目したのがオートパーキングの技術だった。車いすで車の乗り降りをする場合、広いスペースが必要となるため専用の駐車場を利用する必要がある。しかし、オートパーキング機能があれば、車いすを降りてから自動車を駐車できるため、一般の駐車場を利用することができる。

「そこで自動運転技術の実証実験車を研究することになったのですが、どうせなら手動運転装置も車いすの方々と一緒に研究しようということになり、自社での研究がスタートしました」

残念ながら完成した実証実験車は、新型コロナウイルスの観戦拡大によって大々的に披露することはできなかったが、その完成度の高さから、社内で商品化しようという流れになったそうだ。ただ、そこには大きな利益を出そうという狙いはなかったという。

「マツダは『カーライフを通じて人生の輝きを人々に提供します』ということを、コーポレートビジョンのひとつに掲げています。車によって生活に彩りや元気、輝きを持っていただきたい。MX-30 SeDVは、まさにそれを凝縮したような商品ですから、儲け云々というよりも我々の意志を世の中の方に知っていただきたいという意味でも、まだまだ始まったばかりですが、やらせてもらっている次第です」

車は単なる移動のための道具ではなく、人生を楽しむためのもの

運転席には足入れ時の邪魔にならず、スムーズに乗り降りできる、移乗ボードがついている photo by Haruo Wanibe

MX-30 SeDVの「SeDV (Self-empowerment Driving Vehicle)」は、直訳すると「自立する運転車両」となる。助手席にリフトアップシートがついた自動車は、もちろん必要ではあるが、これはあくまでも足に障がいのある人が助手席に乗るためのもので、誰かに運転してもらい、連れていってもらうというのが前提だ。しかし、MX-30 SeDVは障がいのある人が自分の意志で、好きな時に、自分の行きたいところに行くことができる。そのために、車いすを利用している人が自力で運転席に座り、車いすを自力で車に積み込むことができるような工夫がされている。

観音開きになるフリースタイルドアを採用しているので、車いすユーザーは自分で車いすを載せたり、降ろしたりしやすい photo by Haruo Wanibe

「私自身、学生の頃から車を運転してどこかに行って何かをする、誰かに会いに行くということが好きでした。よく世界が広がるなんて表現をしますが、車が世界を広げてくれるというのは、多くの方に共感いただける感覚じゃないかと思うんですね。一方で私の周りには、運転が怖いとか、難しいとおっしゃる方もいます。そういう方も不安なく、自分が歩いたり走ったりするのと同じように、意のままに車を運転していただきたい。そのためにADAS(Advanced Driving Assistant System)と呼ばれる先進運転支援システムなどが開発されています。そうやって自動車も時代とともに変わっていきますが、形は変われど、人が自由に世界を広げながら生きていくためのもの、という車の持っている使命や機能は、ずっとベースにあると思っています」

実際にMX-30 SeDVを購入した方々からは、「家族で交代しながら運転しています」「この車で運転が楽しいということが初めて分かりました」というような声が届いているという。また、マツダではMX-30 SeDVをより多くの方に知ってもらうため、リハビリセンターなどに出向いて紹介するといったこともしているそうだが、そうした施設の患者さんや医学療法士、作業療法士の方々からの評判も上々だという。

D&Iの取り組みが社員のモチベーションアップに?

オンライン商談の風景。手動運転装置を開発している、株式会社ミクニライフ&オートのスタッフ(左)や、マツダの販売店のスタッフ、さらに専用スタジオにいる株式会社マツダE&Tのスタッフなどがオンライン商談に同席し、個別の要望に対応する

SeDVは新車への架装のみの対応となっているが、購入の際の商談はオンラインでおこなっているというのも大きな特徴のひとつだ。

「通常、新車を購入するときは、お近くのディーラーに行きますよね。そこで販売員が商品の細かい説明をしたり、色のオプションや値段の相談にのったりしていますが、年間でもそれほどの数が売れない車の場合、販売会社のすべてのメンバーが商品の詳しい知識を覚えておくというのは難しいという現状があります。実際、せっかく車いすの方が店頭に来てくださっても、十分な説明ができないということが過去にありました。そこである役員がオンラインで商談しようと提案してくれまして、現在MX-30 SeDVはオンラインでの商談に対応しています」

このように、スタジオにいるスタッフが実車の細部を説明してくれるところを画面越しに見ることができる

具体的にはマツダの本社の一角に小さな仮設スタジオを作り、そこにMX-30 SeDVを設置。自宅近所の販売店に予約して来店してくれた顧客と、本社のスタジオにいる専門のスタッフをオンラインで繋ぎ商談する。実際に「手動運転に切り替える場面を見てみたい」「ブレーキはどうなっているのか?」などという質問があれば、置いてある実車にカメラを近づけて、画面越しに詳しく見ることもできるそうだ。

「オンライン商談に立ち会った販売店のスタッフもそうですし、リハビリセンターに説明に行ったスタッフも、お客様やセンターの方々が喜んでくれる姿を見て、この領域のことに関してもっと知りたいとか、もっと積極的に取り組みたいというような姿勢になって、モチベーションが上がるといったケースもあります」

と前田氏が言うように、多様性を広げるような商品を扱うということは、ユーザーだけでなく、その企業で働くスタッフ、さらには企業にも得るものが大きいのではないだろうか。しかし前田氏自身、MX-30 SeDVに関わるまではD&IやSDGsについては詳しくなかったこともあり、現在の形が完成形ではなく、まだまだこれからですと、控えめに話す。

「リハビリセンターへ出向いての紹介など、直接ユーザーの声を聞く機会がある中で、自分で選んだ車に乗りたいという意見が多いことが印象に残っています。確かに、『あなたが乗れる車はこれしかありませんから、これに乗ってください』なんて言われたくないですよね。健常者に向けてそんなことは言わないですよ。そのことに私自身も初めて気づかされたんです。障がいのある方も含めて、どんな人にとっても、マツダの車がショッピングリストの中のひとつになる、たくさんある車の中から選べるような、そんな世の中になるといいなと思います。そして、自分の選んだ車に乗りたいという方の思いに少しずつ応えていけるように、これからも努力していきたいと思います」


企業がD&Iという目標を達成する上では、いろいろなアプローチの仕方がある。マツダでは運転することの歓び、車がある生活の素晴らしさを、社員一人ひとりが実感していて、それをより多くの人に味わってほしいという自社製品に対する愛情が、自然にD&Iに結びついているように感じた。愛情がプロダクトを進化させ、そこから人の人生、社会までもがポジティブに変わっていく。そんなD&Iへのアプローチの仕方もあるのだということを、マツダのものづくりが教えてくれた。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by MAZDA, Haruo Wanibe, Shutterstock

社員のモチベーションも上がった! マツダが考える「私らしく生きる」ための未来のクルマ

『社員のモチベーションも上がった! マツダが考える「私らしく生きる」ための未来のクルマ』