「ラグビーが全てではない」第2の活動でラグビーも人生もパフォーマンスが上がったワケ

「ラグビーが全てではない」第2の活動でラグビーも人生もパフォーマンスが上がったワケ
2023.11.24.FRI 公開

近年オリンピックやWBCなど、スポーツの大きな大会で元気をもらったという声を聞く。アスリートが真摯にスポーツに取り組む姿は確かに見る者の胸を熱くする。そんな中、2022年9月、現役のラグビー選手、東京サントリーサンゴリアス所属の木村貴大選手と、日野レッドドルフィンズ所属の木村勇大選手のふたりが、「アスリートの力で社会を元気にする」をミッションとする一般社団法人Sports Caresを設立した。Sports Caresでは、どんな活動をして、何を目指しているのか? おふたりにお話を伺った。

「アスリートはヒーロー」療養中の子どもたちの反応に号泣した日

――Sports Caresは設立以降、フードパントリーや子ども食堂への協力、特別支援学校でのラグビー指導、日本骨髄バンクへのドナー登録を啓蒙するオリジナルシリコンバンドの製作など、さまざまな活動を行っているそうですが、なぜ現役のアスリートでありながら社団法人を立ち上げてまで、このような活動をしようと思ったのでしょうか?

一般社団法人Sports Cares 代表理事を務める、日野レッドドルフィンズの木村勇大選手。忙しい中、オンラインで取材を受けてくれた

木村勇大選手(以下、たけひろさん):3年ほど前、「A-map(アポロプロジェクト運営)」という、アスリートのセカンドキャリアを考えるマインドセットプログラムに参加して、僕たちはそこで出会いました。プログラムでは、1年間を通して自分達はなぜラグビーをやっているのか、社会に何をどう還元していきたいのかといったことを考えていくんですが、ふたりで、アスリートの価値を使って子どもたちや困窮世帯などの社会的弱者と言われる人たちのために、何かできないかということを話すようになりました。そこでまず、信用を得るために社団法人を立ち上げようという話になったんです。

――おふたりはSports Caresを作る前から、ボランティア活動のようなことをされていたんですよね? その時の経験も影響していますか?

一般社団法人 Sports Cares 代表理事を務める、東京サントリーサンゴリアスの木村貴大選手。練習の合間を縫ってオンラインで取材に応えてくれた

木村貴大選手(以下、キムタカさん):そうですね。僕の場合、ラグビー選手になって1年目から幼稚園や小学校、長期療養をしている子どもたちがいる施設などに行って、ラグビーを体験してもらうという活動をしていました。その最初の年、地元に帰ってラグビー教室を開催したのですが、僕はまだ1年目の知名度のない選手だというのに、子どもたちがヒーロー扱いしてくれたんです(笑)。ラグビー選手だというだけで、彼らはキラキラした目で僕を見てくれて、あの子どもたちの表情はいまでも鮮明に覚えています。その時に、スポーツ選手には誰かを元気にしたり、勇気づけたりできる影響力があるということを実感しました。

以前、僕の地元の北九州にある病院の白血病の子どもたちが入院している小児病棟へ行ったときの話です。ラグビーボールを持っていってみんなでパスをしようと子どもたちに提案したんです。最初は照れたり、怖がったりしていた子たちも、だんだんパスをしてくれるようになったんですが、ひとりの少年だけ最後まで、プイッとそっぽを向いていました。その後にいろんな病棟を回ったんですが、その少年のことが気になって、最後に彼の個室を訪ねたところ、彼がラグビーボールを持ってお母さんとテレビ電話で話をしていました。『ラグビー選手が来たんだよ!』ってメチャクチャ興奮して話してるんですよ。実はその子は、家の近くに大きな病院がないため、まだ小さいのに親元を離れて入院していたんですね。その子がすごく嬉しそうに話しているのを見て、僕は号泣してしまったんです。今もこの話をするたびに体が震えるんですが、その記憶がずっと残っていて、僕らが行くだけで元気づけられると言ったらおこがましいかもしれませんが、スポーツ選手には、そういう力があると思うんです。

オレンジ色の靴紐で自身初の1試合2トライを達成

子ども食堂を訪問したふたり

――おふたりは現役選手なので、練習やご自身の体づくりなどでお忙しいと思います。そんな中で、社会活動を続ける理由と、それを続けているモチベーションというのは、どこにあるんでしょうか?

キムタカさん:よく忙しそうだねとか、大変そうだねと言われるんですが、そもそもSports Caresの活動を大変とか、しなくちゃいけないことだとは思っていないんです。僕らが何かを提供しているというより、僕らが得るものがあるんです。たとえば、先程の小児病棟を訪れたときもそうですが、想像をはるかに超えたプラスアルファの経験をさせてもらったりします。元気を僕たちの方がもらって元気になります。なので僕たちはしたいからする。好きでやっているんです(笑)。

たけひろさん:僕も同じです。たとえばラグビーしかやっていないと競技にしか目が行かなくなってしまうことってあると思うんです。でも、いろんな社会活動をして社会との接点をたくさん持つことで、ラグビーは生活の一部であって、それが全てではないと思えるようになった。そう思えることで、気持ちにブレがなくなったというか、メンタルに左右されない安定したパフォーマンスができるようになりました。僕は骨髄バンクのドナー登録を啓蒙するために、それを象徴するオレンジ色の靴紐をつけて試合に出ているんですが、初めてオレンジ色の靴紐をつけた試合で2トライできたんです。僕はそれまでにラグビー人生で、数えるくらいしかトライを取ったことがないのに、1試合で2トライです。オレンジの靴紐をしたことで、気合いも入りましたし、僕が力を貰ったなと感じました。

骨髄バンクのシンボルカラー、オレンジのアイテムを身につけて試合に臨むふたり

負け確定の残り2分のパフォーマンスが変わった

キムタカさん:プロの選手は勝つか負けるかの他に、試合に出られるのかとか、今年もチームに残れるのかといったことがあって、それには1人で立ち向かわないといけないんですよね。でも、このような活動をさせてもらって、子どもたちが応援してくれているというのを肌で感じると、試合中に彼らの顔が浮かぶんです。例えばラグビーだったら40対5とか、サッカーで言ったら5対0、残り時間は2分、負けは確定しているという場面で、じゃあ応援してくれている人たちに、どういう姿勢を見せるか。負けは確実としても最後まで全力で走ろうとか、全力でディフェンスしようとか、そう思えるのは応援してくれる人を近くに感じられるから。だからSports Caresの活動は間違いなくパフォーマンスにいい影響があると言い切れます。

「楽しい」や「カッコいい」から始まる社会貢献があってもいい?

「東京雪祭」で子どもたちと触れ合いながら、骨髄バンクへの登録を促進

――日本ではまだ、有名人がこういった社会貢献活動をすると、パフォーマンスだとか偽善だとかいう心ない声が聞かれることがあります。一般の人の中にもそうした声が怖くて、気持ちはあっても行動に移せない人もいるようですが、そういった現状をどう思われますか?

キムタカさん:幸い、僕たちのファンの方々は、とても好意的で、Sports Caresの活動を知ってドナー登録をしましたというメッセージをいただくことも多く、すごく嬉しいです。いろいろなところで記事にもなっていますが、ラグビーを始めたのに再生不良性貧血でできなくなってしまった謙智(けんち)くんという少年がいるんですが、彼のご両親に会ったとき、偽善でもなんでもいいからドナー登録をしてほしい、息子を助けてほしいとおっしゃっていたんです。それくらいドナーを必要としているってことなんですよね。その言葉がずっと耳に残っていて、だから僕らの心の芯にあるのは、ドナーを必要としている人たちで、まわりの声は気にしないことにしました。

たけひろさん:社会貢献活動っていうと、する側が尽くすといったイメージが強いですが、必ずしもそうである必要はないと思います。たとえば毎年11月に東京の代々木公園で「東京雪祭」というイベントが開催されています。献血や骨髄バンクへの登録の促進を目的としたイベントなんですが、実際行ってみると、人工的に作られた雪山でスノーボードコンテストを行ったりしている楽しいお祭りなんです。主催者側の目的はもちろん献血や骨髄バンクの認知度を上げるためなんですが、“楽しい”が前面に出ていて、こういうやり方もあるんだと驚きました。偽善だとか世の中のためになるならないとか、そんな大げさなことじゃなくて、楽しいからとか、アスリートがやっていて面白そうだから、カッコいいから自分もやってみようかな、そんな社会貢献があってもいいと思うんです。

――骨髄バンクとコラボレーションしたオリジナルシリコンバンドも、社会貢献を身近にするためのアイデアなんでしょうか?

たけひろさん:はい、献血に行きましょうとか、ドナー登録しましょうと言うよりは、応援している選手と一緒のものだからとか、おしゃれだから身につけようというところから始めてもらって、そこから社会貢献に一歩踏み出してもらえれば嬉しいなという思いもありました。そんな風に、もっと社会貢献へのハードルが下がるといいなと思いますね。

「誰かのために何かをしたい」アスリートもサポート

――Sports Caresではおふたりが実際に社会貢献活動をする他に、アスリートから社会貢献に関する相談を受けて、具体的な活動に結びつけるといったことをしているそうですね?

キムタカさん:実は、Sports Caresの趣旨としては、そちらの活動の方がメインとも言えます。何かしたいけど方法が分からないとか、ひとりじゃできないというアスリートたちがいたら、じゃあみんなでやればいいんじゃない? と提案しています。僕らが出会った「A-map」というプログラムにはサッカーや相撲、テニスなどいろんな競技の現役選手や引退した選手が参加していたんですが、みんな誰かのために何かをしたいという気持ちを持っていました。

――皆さん、その競技ではヒーローだったりするわけですから、ヒーローがたくさん集まれば、賛同してくれるファンも多そうですよね。

たけひろさん:はい、すでにラグビー以外の競技の選手からも相談を受けていますし、一緒に活動したいと言ってくれているアスリートもいます。そうした社会的に影響力のある選手が参加してくれれば、社会貢献についての知識が広まっていってくれると期待しています。

自分の想像力が、誰かの命を救うこともある

――やはり活動を広めるということも大切ですか?

キムタカさん:先程の再生不良性貧血の謙智くんのご両親もそうですし、『てんかん』についての理解を深める啓蒙活動をしている方とか、マイノリティの方などにお会いすると、皆さん共通して言うのが、「まずは知ってほしい」ということです。ですから僕は皆さんにSports Caresの活動に賛同してほしいとか、募金をしてほしいとか具体的なことはあまり求めていません。唯一伝えたいのは「知ってほしい」ということです。例えばネットを見ていると、「そのワンクリックが長期療養をしている子どもの治療に役立ちます」とかっていう広告があるじゃないですか。自分にとっては簡単な1クリックでも、それをとても大きく感じる人、それを喉から手が出るほど待っている人がいるということを知ってほしい。僕らが30~40分の時間を使って献血に行くだけで、その結果、泣くほど喜ぶ人がいるということをイメージしてほしい。自分の小さな一歩が、誰かにとっては大きな一歩なんだ、自分の想像力が誰かの命を救うこともあるってことを知ってもらえたら、僕らは嬉しいです。



たけひろさんが使っている靴紐とSports Caresオリジナルのシリコンバンドに共通しているのはオレンジ色。実は、骨髄バンクに登録した人がドナー候補に選定されると、オレンジ色の封筒に入った通知が届くのだそうだ。オレンジ色にそんな意味があることを、私は恥ずかしながら今回の取材をするまで知らなかった。Sports Caresのインスタグラムには、オレンジ色のシリコンバンドの画像とともに「Sports Cares×骨髄バンクのオリジナルシリコンバンド。誰かのためにパワーがみなぎるようにと“HERO is YOU”のメッセージを刻んでいます!みんなで誰かのヒーローになりましょう」と書かれている。まずは知ることから、ヒーローへの一歩を踏み出してみてはどうだろうか。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:一般社団法人Sports Cares

PROFILE 木村貴大
1993年生まれ・福岡県出身。筑波大学を卒業後、豊田自動織機シャトルズ(現・豊田自動織機シャトルズ愛知)に加入。その後、サンウルブズ、コカ・コーラレッドスパークスなどを経て、2021年ジャパンラグビーリーグワンのサントリーサンゴリアス(現・東京サントリーサンゴリアス)に入団。2022年9月、一般社団法人Sports Caresを設立、代表理事に就任。

PROFILE 木村勇大
1992年生まれ・大阪府出身。近畿大学を卒業後、ジャパンラグビーリーグワンの日野レッドドルフィンズに所属。2022年9月、一般社団法人Sports Caresを設立、代表理事に就任。

「ラグビーが全てではない」第2の活動でラグビーも人生もパフォーマンスが上がったワケ

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