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課題は馬とのマッチング。世界の舞台を見据え、日本のトップ選手が国内合宿
人と馬が呼吸を合わせ華麗な演技を魅せる採点競技「馬術」。そのトップ選手らを集めた国内合宿が8月上旬、ナショナルトレーニングセンター馬術強化拠点である御殿場競技場で行われた。リオパラリンピックが終わり、新たな目標に向かって歩み出した選手たちを取材した。
苦手な常足を重点的に強化する宮路
屋内馬場で行われた合宿は、初日に手綱の引き方など基礎講習があり、その後、実際の経路(コース)を使って図形のポイントを学ぶメニューが組まれた。
リオパラリンピックに馬術で唯一出場した宮路満英(障がいのクラスはグレード2)は、課題である常足(なみあし)を美しく見せるために試行錯誤の日々だ。
脳出血の後遺症で右半身にまひが残る宮路は、右の視野が狭く感じるといい、左右の見え方にズレが生じることでまっすぐ進めないことがある。合宿では、騎乗姿勢を修正しようと、浅川信正コーチ(ロンドンパラリンピック日本代表)のアドバイスで鐙の長さを短く調整するなど貪欲な姿勢を見せた。また、脚で馬に合図を送るとき、健足を微妙に動かす動作も困難で、スムーズに馬を操ることができない。高次脳機能障害という障がいゆえ、一度に2、3個の作業を行うことが難しさもあるが、クラブのコーチから「息を吸って!」などの声を浴びながら集中して練習に取り組んでいた。
現在59歳。体幹を鍛えるようなトレーニングも大切だが、リオ後は“力を抜く”練習に注力しているという。普段から息を吐くことを意識して行い、リラックスを心がける。馬に乗る前は、とにかく頭の中を真っ白な状態にする。「でも、そうすると(経路や動作ではなく)息を吐くことだけに集中してしまうし、これが僕にはとても難しいんです」。それでも、7月のオランダ遠征では、「人も多く難しい環境だったにも関わらず、集中して演技できた」と遠征にも同行する妻の裕美子さん。東京パラリンピックへの挑戦も表明している宮路は、3年後、多くのギャラリーが観戦する馬事公苑で演技をする自らの姿を思い描きながら、確実に歩を進める。
鐙の改良に取り組むベテラン鎮守
宮路と同じく東京パラリンピックを目指すのが、2004年アテネパラリンピック日本代表の鎮守美奈だ。障がいは脳性まひで、クラスは最も障がいの重いグレード1。体を自在に動かすことが難しく、騎乗中も体幹のぐらつきが大きいため、体の土台を安定させるトレーニングは欠かさない。同時に、以前より馬具の改良に取り組んでおり、今回の合宿でも座面の幅や高さなどを確認した。
「前に乗ったときより、(体を安定させるために添える)拳を置きやすくなった」と順調な仕上がりに笑顔を見せたものの、「(障がいが理由で)どうしても拳が開いてしまうので、座面の幅をもう少し狭くしたい」と話し、妥協を許さない。馬との同調性をさらに高めるためにミリ単位の調整を続ける。
国内選手のなかでも安定したパーセンテージを出している鎮守。「東京でいい馬を用意できたら入賞圏内にいける」と三木薫コーチは期待を口にする。
東京パラリンピックに向けては、「来年の世界選手権(アメリカ)でいい成績を残せれば、自然と見えてくると思う」とし、世界選手権の目標は「真ん中の、ちょっと上」だ。
国際大会で結果を出すためにはクリアしなくてはならない課題もある。普段フルタイムで働き、長期休みの取りにくい鎮守にとって、短期間になる遠征は現地の馬とともに練習する時間が限られる。短期間でいかに馬と呼吸を合わせられるか。
鎮守の戦うグレード1の人口は年々増えているといい、競技性も高くなっているが、自国開催のパラリンピックをモチベーションとして競技に取り組む。
2018年の世界選手権を見据えて
合宿には高校生の吉越奏詞、元ジョッキーの高嶋活士ら強化指定選手も参加し、それぞれの課題に向き合い、練習に励んでいた。
強化のために参加していた常石勝義は、宮路と同様に高次脳機能障がいのため、経路を覚えるのが難しい。刷新された経路を使った練習に「なかなか覚えらえずに苦労している」と話していた。
東京を見据える選手たちのターゲットは、2018年の世界選手権だ。日本の競技力アップには、かねてより課題である馬の確保と「選手と馬のマッチングが重要」とリオパラリンピックで日本代表の監督を務めた三木則夫氏は語る。馬とのコンビネーションを追求する選手たちの挑戦に注目したい。
text by Asuka Senaga
photo by X-1