ブラサカ&パワーリフティングでパリを目指す! 異種目アスリート夫婦のほのぼの対談
ブラインドフットボール日本代表として長く活躍している田中章仁選手、パラ界注目の超新星・パワーリフティングの田中秩加香選手は、結婚12年目。ともにパリ2024パラリンピック出場を目指すアスリート夫婦ですが、競技中の顔とは異なり、普段のふたりの雰囲気はほのぼのそのもの。そんなふたりに、なれそめから日常生活、そしてパリへの思いを語り合っていただきました。
田中章仁(たなか・あきひと)
1978年静岡県生まれ。視覚障がい。ダイエット目的で始めたブラインドフットボール(ブラインドサッカー)で一気に頭角を現し、2009年から日本代表に。体を張って相手選手を止めるプレーにストイックさが体現されている。海外遠征後のご褒美飯は、お寿司だが、お気に入りの店がつぶれてしまい、新たな行きつけを探索中。NTTクラルティ勤務、たまハッサーズ所属。
田中秩加香(たなか・ちかこ)
1983年東京生まれ。 肢体と視覚の重複障がい。下肢障がいのある選手が出場するパワーリフティングで世界に挑戦中。やわらかな物腰で、まわりをほんわかとした雰囲気で包み込むが、時折アスリートが持つ芯の強さを感じさせる。年末年始の里帰りでは、夫の実家で静岡おでんを食べるのが楽しみ。お寿司も大好きで、アキさんいわく「しょっちゅう食べている」。
目覚めちゃったか
――田中章仁選手はブラインドフットボール日本代表の中でもベテランですが、田中秩加香選手は競技歴わずか1年少しで、パラリンピック出場を狙う位置につけた注目株です。秩加香さんがパラリンピック競技をやる、と聞いたときはどう思いましたか?
田中章仁(以下、アキ): 秩加香は僕と出会う前から、本格的にパラ陸上に取り組んでいたアスリートなんですよ。車いす陸上は引退したのですが、今度はパワーリフティングをやると聞いたときは、「また目覚めちゃったか」と思いました。
田中秩加香(以下、ちかこ): なまった体を動かしたいなと、トレーニングとして気軽な気持ちで始めただけで、最初は競技として取り組むつもりはなかったんですけどね。
でも、トレーナーさんにすすめられて、2022年4月に行われた第5回チャレンジカップ京都に出場したことがきっかけで、韓国(アジア・オセアニア地域選手権大会)に行くことになっちゃって。それ以前から、アキさんには競技としてやることになるかも、と少しずつ話してはいたのですが、韓国行きが決まったことで、きちんと競技としてやってみたい、と伝えました。
アキ: パワーリフティングは国内外のレベルの差が大きいと聞いていましたし、海外遠征が続くとなると金銭的な負担もそれなりになるので、正直厳しいなとは思ったんです。でも、そもそもどのレベルまで到達するかはやってみないとわからないですよね。なので、とりあえずがんばってみたら、と送り出すことにしました。
出会いはリハビリ&自立施設
――年上でしっかり者のアキさんとふんわりとした雰囲気の秩加香さんは、本当にお似合いのご夫婦ですね。ふたりのなれそめ、聞いちゃってもいいですか?
アキ: いいよね?
ちかこ: うんうん。
アキ: 出会いは、2004年です。僕の視力が落ちて、自立に向けたリハビリと訓練をするために所沢にあるセンターに入所し、寮生活をしていたところへ、彼女が入ってきたんです。彼女はずっと肢体不自由の特別支援学校に行っていたのですが、視覚障がい者が使う便利グッズなどを知りたいとのことでした。同時に何人か入ってきたので、とりあえず挨拶したのは覚えてるんですけど、第一印象は全然記憶にないんですよね(笑)。
ちかこ: そのころの寮には20、30代の男女がたくさんいたのですが、声だけではだれがだれだかわからないので、私も最初は印象がなかったです。けど、話すうちに、私が好きなアーティストを好きって言ってる人がいて、その人の名前が田中章仁さんっていうんだと、徐々に存在を知っていきました。
アキ: そのうち、男女7~8人で出かけるようになったんだよね。
ちかこ: みんなで寮から結構な距離のところにあるお菓子屋さん行ったこと、覚えてる? アキさんは、車いすで視覚障がいの私に物怖じせず接してくれて、寮からお菓子屋さんまで一緒に移動してくれたの。うれしかったな。
アキ: そうだったね。あのとき、なぜか僕が車いすを押したんだよね。ははは。そのころ、自分もちょうど白杖を持って一人でいろいろなとこに行けるようになって、出かけるのが楽しい時期で。「コンビニ行くけど、一緒に行く?」って誘ったら、ついてきてくれたよね。そうそう、よくみんなで居酒屋にも行ったよね。秩加香は20歳になったばかりだったんだけど、お互いお酒が好きで。
――どんなところに魅かれたんですか?
アキ: 好きな音楽や面白いと思うことが一緒で、価値観にずれがないところかな。あと、秩加香っていたずら好きなんですよ。お菓子を買いに行ったときも、他の人のカゴに自分が買いたいお菓子をしのばせて驚かせたり(笑)。なかなか面白いことをするなって思って、少しずつ気になっていった。変にかっこつけずにいられるのがよかったのかもしれない。
ちかこ: 私は……恥ずかしいのでオフレコで。でも、つき合い始めたのは、私が入所して3ヵ月ぐらいだから、わりと早かったかも(笑)。余計なことを考えずに話ができるところは、あの頃からずっと変わっていません。
アスリート夫妻の冷蔵庫って?
――7年の月日を経て、2011年にゴールインしたふたり。結婚生活はいかがですか?
ちかこ: 彼の器の大きさに頼らせてもらっているところはあります。家事も、もうずっと前から彼がすごくがんばってくれています。
アキ: 彼女は失敗した料理は僕に出したくないみたいで試作したりしていたので、そんなにがんばらなくていいよ、と言いました。
ちかこ: ふたりともアスリートなので、食べるものを選ぶときは、栄養バランスや摂取量を気にしています。
アキ: サラダチキンは取り合いです(笑)。ゆで卵はスーパーで卵パックを買ってきて自宅で作り、冷蔵庫のたまご置き場に並べて置いています。で、取り合いをする(笑)。
ちかこ: 私が競技を始めてからはとくにチキンを食べる量が増えたので、炊飯器で大量に作り置きができないかなって考えてるんですけど。
アキ: 洗濯は(目が見えなくて下肢障がいだと)干すのが大変なので、秩加香が洗濯機を回して、僕が干しています。
ちかこ: 乾燥機つきの最新洗濯機に買い替えようとも考えたんですけどね。
アキ: 代表のユニフォームとか乾燥機を使いたくない素材もあるじゃないですか。だから僕が干します!
――ケンカはするんですか?
アキ: たまにですが、しますよ。
ちかこ: 基本的にこちらが甘えてますから、我慢させてるのかなと思います。
アキ: 僕が我慢しきれなくなって、何かわーっと言ってから寝て。次の日、なにごともなかったように過ごす、というのがお決まりのパターンです。
――秩加香さんは、視覚と肢体の重複障がいがあります。とくに視覚は、周りが少し動いたなとわかる程度にしか見えないという状態。左右まっすぐ持ち上げなければならないパワーリフティングは相当難しいはずですが、日本女子として初めて80㎏以上を挙げるなど大きな可能性を秘めています。パリパラリンピックにも期待がかかっていますね。ふたりでパリに行きたいね、とか話すんですか?
アキ: その前に、僕たちの今年の一番の目標だったアジアパラ競技大会(10月/中国・杭州)に行ければよかったんですけど、残念ながらそろってお留守番になっちゃって。でも、せっかくなので、パリにはふたりで行けたらいいなと思っていますし、それが大きなモチベーションの一つになっています。
ちかこ: 私も行けるならふたりで行きたいです。
アキ: もちろん、お互いに簡単な道ではないし、個人的には年齢的な危機感もあるのですが。代表に選ばれるようにがんばるだけです。
ちかこ: (世界の選手がどれだけの重さを挙げるかにも左右されるので)自分のことだけではないので、どうなるかわからないけど、それぞれができることをやっていくしかないのかなと思います。
――パリでの夫婦競演を楽しみにしています!
text by TEAM A
photo by Michi Murakami