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逆風からの復活V 柔道・瀬戸勇次郎が切り開くパリへの扉
「継続は力なり」。スタンド席には日本語の応援幕が掲げられている。パリオリンピック日本代表選考会を兼ねたグランドスラムの翌日から、同じ東京体育館で「IBSA 柔道グランプリ大会 東京2023」が開催された。
ホームでランキングポイントを加算
43ヵ国、188選手が参加した今大会は、パリ2024パラリンピック出場権獲得につながる大事な大会だ。自国開催とあって前日会見も行われた。
「東京パラリンピックが終わって以降、難しい状況が続いているが、グランプリ大会の自国開催はすごく有利なこと。どの試合も全て勝つつもりで頑張ります」
こう語っていた東京2020パラリンピックの66㎏以下級銅メダリストは、東京パラリンピック後に再編された新たなクラスと階級でパリ2024パラリンピックの金メダルを目指している。
瀬戸が戦う男子73㎏以下級(J2/弱視)でパリに出場できるのは、世界ランキングの上位7人。現在10位の瀬戸は、メダルどころか出場すら難しい状況だった。そんななか、瀬戸は結果を残し、世界ランキングのポイントを加算。パリのメダル候補に名乗りを上げたのだ。
“待つ柔道”から“攻める柔道”へ
ライバルを挙げればきりがない。瀬戸が戦う男子73㎏以下級(J2/弱視)は強豪ぞろいだ。
今大会の初戦は、東京2020パラリンピック73㎏以下級の金メダリスト、フェルズ・サイドフ(ウズベキスタン)が相手だった。「自分の力を出し切れば勝てるだろうと思っていた」。ホームの利を活かし、万全のコンディションで試合を迎えた瀬戸は、技ありで先行されるも、転戦の疲れが感じられる相手を崩して背負い投げを決めた。
初戦の山場を越えた瀬戸は勢いに乗る。ここ最近は、大会前にドローを見るや気持ちが沈み、一回戦で敗れることもあった。だが、今回は違っていた。
つづくカザフスタン選手との対戦は背負い投げで一本勝ち。迎えた準決勝は、ライバルでもあるギオルギ・カルダニ(ジョージア)と対峙した。「引き手が殺され、苦手なタイプの選手」で、世界選手権(8月/イギリス・バーミンガム)の敗者復活戦では敗れている。8月の対戦では警戒していた相手の肩車に対応するあまり防戦一方だった。しかし、今回はいかに潜り込んで仕掛けられるかを考えて戦い、最後は背負い投げで勝利した。
パワーで対抗できる――その自信が試合の組み立てに影響したのだろう。
一回戦負けでメダルなしに終わった世界選手権から3ヵ月。ナショナルトレーニングセンターと新たに入会したジムでトレーニングに励み、背中など上半身を中心に筋力アップに成功。東京パラリンピックでは81kg以下級、73㎏以下級だった選手らに負けないパワーを手に入れた。
「嫌がっていたプロテインを飲んでいるのを見て、食事への意識も変わったと感じた」(強化委員長の佐藤伸一郎氏)
「体が大きくなり、服が入らなくなったと話してくれた」(日本代表の遠藤義安監督)
そう周囲も話すほどの変化だった。
「もともと瀬戸の技術は高く、ストイック。(上位選手に)フィジカルでイーブンになれば勝てると考えていた」とは佐藤氏。世界選手権の後、今回同様に重要な大会だったグランプリ(バクー大会)の出場を見送り、フィジカル強化に専念させた。
決勝戦では10月のアジアパラ(中国・杭州)で敗れたカザフスタン選手に開始約40秒で大内刈りを仕掛けて技あり。狙いがうまくハマって「自分でもちょっとびっくりするくらいの感覚でした」と瀬戸。最後は相手のダイビングによる反則で優勝を決めた。
ここからがスタート
表彰式では、約1年半ぶりに君が代を流し、「だいぶ久しぶりだったので、言葉にならない感じでした。やっぱりあれが一番いいですね」としみじみ語った瀬戸。
残るグランプリは3大会。パリの出場権は、2024年6月の世界ランキングで決まる。
「(この2年間)悪い風続きだったので、ここをきっかけにひっくり返していきたいと思います」
ようやく立ったパリへのスタートライン。この先、どんな向かい風が吹こうとも、まっすぐ、そして力強くパリへの道を突き進むだけだ。
text by Asuka Senaga
photo by X-1