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[渋谷シティゲーム~世界最速への挑戦~]これが世界の走りだ! 若者の街、渋谷で義足アスリートが圧巻のパフォーマンス
「はやっ!」「まじ?」「かっこいい~」
秋晴れだった11月5日、都内の公道上に即席の「競技場」が出現。世界トップクラスの義足スプリンターが60m走の世界記録6.39秒に挑むイベントが開催された。普段は車が忙しなく行き交う渋谷のファイヤー通りに、褐色のトラック3レーンが敷かれ、鍛え抜かれたアスリートが疾走する非日常の光景に、約500人が足を止めた。
世界トップレベルの選手によるインパクトのある走り
冒頭は、スピード感と迫力にあふれた世界の走りを目の当たりにした観客たちから漏れ聞こえたつぶやきだ。
イベントは、「渋谷シティゲーム~世界最速への挑戦~」という特別レースで、11月3日~5日に開催された「渋谷芸術祭」の一環としてソニー社の協賛で行われた。イベントの発案者で、板バネと呼ばれる競技用義足を開発制作するサイボーグ社の遠藤謙社長は、「僕らが接している(パラスポーツの)世界はすごい。でも、競技会場に観戦に来る人はまだ少ない。世の中をもっと驚かせたい。人が集まる場所でパフォーマンスを見せればインパクトがあると思った」と意図を説明した。
この日のクライマックスである特別レースでは、T44クラス(片下腿切断など)の3選手で、100m(10秒61)、200m(21秒27)、そして60m(6秒99)の世界記録保持者、リチャード・ブラウン(アメリカ)、今夏の世界パラ陸上選手権大会200m金メダルのジャリッド・ウォレス(アメリカ)、リオパラリンピック100m銅メダルのフェリックス・シュトレング(ドイツ)の3人が競った。
レースはブラウンがスタートからリードし、7秒14でトップ。2位には7秒23のウォレス、7秒36でシュトレングが続いた。この日、目指していた世界記録には届かなかったが、3人の速く力強い走りに会場は歓声と拍手に沸いた。遠藤氏の思惑通り、インパクトは十分だった。
レース後、ブラウンは観客とハイタッチしたり、写真撮影にも応じたりするなどノリノリで、「ファンタスティック!僕らの競技がこんなに声援を受ける機会はあまりない。日本のパラスポーツへのサポートを強く感じた。街中のアクセシビリティも高く、車いす用スロープや視覚障がい者用の点字ブロックも多い。3年後の東京(パラリンピック)はきっと最高の大会になるだろう」と興奮気味に話し、さらに、「僕らはパラリンピックの一例でしかない。義足だけでなく、車いすや視覚障がいなど、いろいろな選手がいる。ぜひチケットを買って大会も見に来てほしい」と呼びかけた。
ウォレスは、「レースはスタートでミスしまって残念。でも、会場の雰囲気は最高だった。にぎやかなストリートで走れたのは貴重な経験。通りがかりの人にも見てもらえる環境で、パラスポーツの大きなPRになった。来年もやってほしい」と声を弾ませた。シュトレングも、「障がいがあろうとなかろうと、アスリートとしてパフォーマンスを披露できるのは素晴らしいこと。2020年も頑張りたい」と笑顔を見せた。
特別レースの前に行われたエキシビションランでは日本代表クラスの義足のスプリンター3選手が60m走に挑戦。T44クラスで100m日本記録11秒77を持つ佐藤圭太が7秒73でトップフィニッシュ。「道路の真ん中で、大勢の前で走れて楽しかった。義足選手の速さを少しでも感じてもらえたら嬉しい」とコメント。
8秒10で2着だった池田樹生は、「観客とすごく近くて、テンションがめちゃくちゃ上がった。でも、タイムはいまいちで悔しい」と記録にこだわる姿勢も見せた。また、8秒22をマークした春田純は、「こういう機会はなかなかない。障がい者スポーツを見て楽しんでもらえるよう、これからも走り続けたい」と意気込んだ。
ゲストで十種競技の元日本チャンピオンでもあるタレントの武井壮は、選手が躍動する生の姿は見る人に衝撃と感動を与えると言い、「こうしたイベントをもっと世界中で開き、ウサイン・ボルトを見るように、パラアスリートも見に来てくれるようになるといい。2020年以後も、健常者も障がい者もすべての競技会場が満席になる、そんなスポーツ文化をつくれたら、日本の選手が世界に追いつく日もくると思う。スポーツをエンターテイメントとしてとらえ、選手を育てていく環境をつくれたら」と期待を込めた。
パラスポーツは触れる機会が少なく、大会観戦のハードルもまだ高い。今回のイベントは渋谷という繁華街で行ったことで、あまり縁のない人にもリーチできる貴重な機会になった。開催には経費や交通規制などハードルは少なくないが、継続や広がりを期待したい。
義足で走る難しさと可能性
レース後に行われた義足体験会では、体験した小学生から「重い」「バランスがとりにくい」と言った感想が聞かれた。体験を見守ったウォレスは、「義足で走る感覚を健常者に伝えるのは難しい。実際に体験して感じてくれることで、僕たちへの理解につながる」と歓迎した。
遠藤氏は、競技用義足は日々、進化しているものの、「高機能の義足を付けたからと言って、誰もが速く走れるわけじゃない。使いこなすための選手の努力が必要」と話し、サイボーグ社ランニングオフィサーの為末大氏も、「板バネがアキレス腱の代わりをするが、うまく扱うのは難しい」と強調した。
遠藤氏はまた、「人間は足裏全体で地面に接地できるが、板バネは構造上1点でしかバランスがとれず、そのスイートスポットで踏まないと、地面からの反発ももらえない。アスリートはそのスイートスポットで一歩一歩ちゃんと踏めている。その技術がすごい」と話した。
近年、ドイツの義足アスリート、マルクス・レームが走り幅跳びで健常者の記録に近づいているが、自身の可能性について問われたウォレスは、「難しい質問だ。短距離では特に左右の動きの対称性が重要。左右で異なる『脚』をバランスよく使いこなし、板バネが健常者の脚を正確に再現できれば、可能性はある。ただ、ウサイン・ボルトの100m、9秒58はスゴい記録。僕が越えることは想像しにくいが、少しでも差を小さくできるようアスリートとして努力したい」と力を込めた。
text by Kyoko Hoshino
photo by X-1