子どもがスポーツをやめてしまう本当の理由。親が知っておきたい、子どもを成長に導くスポーツとの向き合い方
スポーツをすることは体の健康を保つのはもちろんのこと、人の人間的な成長にも重要な役割を果たすという点で、特に子どもには奨励される。しかし、残念ながら何かのきっかけで挫折したり、嫌になってしまったりして、途中でやめてしまうケースが多いのは事実だ。それはいったいなぜなのか? 自身も長年サッカー選手として活躍し、指導経験もある岐阜協立大学教授の高橋正紀氏は、大事なのは“スポーツパーソンのこころ”だと語る。その骨格をなす考え方について伺った。
スポーツは夢中になれること、好きなことに取り組む“非日常”の行為
高橋氏の提唱する“スポーツパーソンのこころ”とは、たとえ自分が何か失敗しても恥じない。他人もミスも責めない。スポーツを心から楽しみ、存分に自分の力を発揮できる“こころ”を作る方法だ。それにはまず前提として、スポーツは私たちが普段生活している“日常”の時空間の中にある“非日常”であることを理解しなければならないという。
「私たちが生きている世の中全部が“日常”です。大人なら家族、家事、仕事。子どもは友達、学校、勉強。大人は生きていくために家事や仕事をしなければなりません。一方子どもたちは、友達と遊んだり勉強したりして、コミュニケーション能力や学力などいろいろな能力を身につけて、社会に出て大人の“日常”に入る準備をするわけです。この“日常”の中に“非日常”がある。つまり“日常”あっての“非日常”です。私たちがスポーツを楽しんでいるのはその“非日常”の中であることを理解してない人が多い。スポーツを“日常”だと勘違いしてしまうから“勝ち”にこだわり、過度にアスリートを責める指導者がいたり、子どものミスをしつこく咎める親がいたりするんです」
高橋氏は、格闘技を例に挙げる。“非日常”の試合の中では殴る・蹴るをしても非難されない。しかし、“非日常”の外で殴る・蹴るをしたら暴力であり傷害の罪に問われる。“日常”は生きるためにmust(マスト)の事柄で、当たり前のことを当たり前にし、結果を出さなければならない。しかし、“非日常”は夢中になれること、好きなことに取り組む時空間であり、結果が出ないと悔しいのは事実だが、困りはしない。大好きだから全力で取り組むことができ、“全力で取り組んだ経験”こそが人生のエネルギーになるのだ。
この“スポーツパーソンのこころ”について考え、理論としてまとめるきっかけになったのは、高橋氏の留学先のドイツでの経験だったのだという。
「地域の社会人リーグに所属してプレーしていたあるサッカーの試合で、私のチームは1-0で勝利したんですが、試合後に相手チームのセンターフォワードの大柄な選手が私の方に駆け寄ってきたんです。何をされるのかとドキドキしていたら、彼は“今日の君のディフェンスは素晴らしかった、ありがとう”と言って握手を求めてきました。自分を負かした相手に“ありがとう”と言える。これこそ“グッドルーザー(良き敗者)”ですよね。スポーツは“日常”の中の“非日常”であることをみんなが理解し、心から楽しめるからこそ“グッドルーザー”になれる。一方、日本のスポーツ界では、なかなか“グッドルーザー”がいません。それはスポーツが“非日常”であることを大人たちが理解し、子どもたちにそう教えていないから。スポーツがあまりにも“日常”に入りすぎているから、勝利至上主義になり、負けると悔しくて人の失敗を責め、負けたことへの言い訳を考えるようになるのです」
“非日常”で一流のアスリートである以前に、“日常”で一流の人間であれ
たとえば、勉強はあまり好きではないけれども、サッカーの部活となると嬉々として生き返ったように励む子どもがいるとする。身体能力も高く、試合でも点数を入れて活躍していたとしても、授業をサボるようなことがあってはならないと高橋氏は言う。
「スポーツを楽しむ“非日常”は、夢中になれること、好きなことに取り組めるありがたい場所です。でも、勉強は“日常”なので、それを疎かにしてはなりません。大人がスポーツを“非日常”と受け止め、そう教えていれば、サッカーばかりやって勉強をしない子どもは出てこないはずなんです。“日常”あっての“非日常”ですから。以前私が大学のサッカーチームを指導していたとき、キャプテンが英語の授業をサボったと聞きました。その日は試合があったんですが、“授業サボったらしいね。君は今日の試合は出さないよ”と言いました。たとえどんなにサッカーが上手でも、それだけではダメだからです。“日常”はしなければならないこと、結果を出さなければならない場所なのですから」
そのキャプテンは泣きそうになっていたそうだが、後に高橋氏の講演を自分の子どもと共に聞きに来て、「あのとき、目が覚めました」と言っていたという。この“日常”と“非日常”の違いを俯瞰して見て、子どもが“日常”を疎かにしないように、そして“非日常”では結果を出すことのみにこだわり、勝利至上主義に陥って楽しさを失わないように導くのが大人の役目なのだ。それを間違うと、冒頭で述べたとおりにスポーツは楽しいものではなくなり、嫌いになってしまう子どもを生み出す。スポーツパーソンのこころとは、“非日常”で一流のアスリートである以前に、“日常”で一流の人間であれということ。そのための心の持ち方なのだ。高橋氏は、“グッドルーザー”になるためのワクチンのようなものを見つけようと考えた。しかし、それは容易ではなかった。
「私は、ドイツで“グッドルーザー”を目の当たりにし、日本に帰ってきて、こういう姿を目指すべきだと周囲に言ったんですが、理解してもらえませんでした。当然でしょう。そういった文化は日本のスポーツ界に全く存在しなかったわけですし、この考え方を受け入れると、自分の過去を否定することにもなってしまうから。これまで信じてやってきた土台が揺らいでしまうので、認めたくないのだと思います。指導者たちは自分の考えで指導し、子どもたちは自分で判断することなしに従います。その通りにすればそこそこ上手くいくので、疑問に思わない。最近、ある分野で頑張ってきたアスリートと話をしましたが、彼も譲りませんでした。彼は指導者に“もう無理です”と言っても、“もう1回行け”と言われて行った結果、大きな怪我を何度もしています。しかし彼は、“髙橋先生の言っているのは子どもたちへのアドバイスとしては良いかもしれないけれど……”と言って、受け入れてくれませんでした」
自分の限界をちょっと超える、101%を目指すことで人は成長を手にする
なかなか理解してもらえない“スポーツパーソンのこころ”。どうしたら、みんなの腑に落ちる説明ができるだろうかと考えていた高橋氏は、ある日禅寺の住職の言葉を目にする。
「“人にとって最も大切なものはなんであるか”という問いに、そのお坊さんは“それは自分です”と答えたんです。え? と思いました。ドイツの社会心理学者、そして哲学者でもあるエーリッヒ・フロムの著書『愛するということ』に書いてあった“自分を愛することができない人は、他人を愛することができない”という言葉を、高校時代に読んだのですが、当時は意味が分からなかったんです。でも、そのお坊さんの言っていることで、ストンと腑に落ちました。“スポーツパーソンのこころ”とは、まずもって自分を大切にすることから始まるんです」
自分を大切にするからこそ、自分が楽しいと思うことに夢中で取り組むことができるし、自分と同じように他人がどうであるかを想像し、もし苦しんでいるならその苦しみを理解するように努め、分かち合うことができる。そして、自分を負かした相手を心から祝福する“グッドルーザー”にもなり得る。自分を大切にすることについて、高橋氏は3つのポイントを挙げている。
- 1.難しいことでも、夢中で全力で続けようとする心
- 2.自分の限界をちょっと超える101%を目指す
- 3.やり抜く力をつける
この2の“101%”は、元メジャーリーガーのイチロー氏の引退会見の言葉からヒントを得たそうだ。
「イチロー氏は会見で、“僕は人より頑張ることなんてとてもできない。あくまでも秤は自分の中にあって、その秤を見ながら、自分の限界をちょっとずつ超えていく。そうするといつの日か、こんな自分になっているんだということがわかる”と言っていました。あのイチロー氏が、そんな“少しずつの積み重ねでしか、自分を超えていくことはできない”って言ったんですよ。全力は100%なので、彼の言った“ちょっと超える”というのを私は101%と表現しました。120%ではやり過ぎ、怪我をしたりスポーツが嫌になったりしてしまいますから、101%を目指すのがちょうど良いんです」
自分を大切にすること、101%を目指すこと、大好きなことに夢中になること。どれも一見簡単なように見えるが、実は私たちはともすれば自分をないがしろにして、人の言うことを唯々諾々と受け入れ、身の丈に合わない目標を設定して潰れてしまったりしがちだ。高橋氏の提唱する“スポーツパーソンのこころ”は、スポーツだけに限らない。私たちがよく生きるための心にも通じるのではないだろうか。
高橋氏に話を聞くに当たって、あるところで講義した動画を見せていただいた。それは前半は子どもたち向けを親御さんと共に聞いて、後半は子どもは退場して残った親御さん向けといった構成だったが、子どもたちの熱心に聞く様子が印象的だった。また、ある小学校で話をしたら、ブラスバンド部に所属している女の子が“投げ出したり諦めたりすることのほうが、一生懸命やって負けるより、ずっとずっとカッコ悪く恥ずかしいことがよくわかりました”という感想を寄せたそうだ。きちんと説明すれば、子どもたちは理解するし、腑に落ちる。そして未来を変えることができるのだと確信させられた。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock
画像・写真提供:高橋正紀