ダム湖でサーフィン? 広島県安芸太田町のユニークな町おこしに注目

スポーツ庁が「スポーツによる地方創生、まちづくり」を推奨し、日本全国にスポーツを中心とした町おこしの気運が着実に広がりつつある。広島県安芸太田町も、そうした取り組みに乗り出した自治体のひとつ。町民人口5500人ほどの山間の町でスタートした、ダム湖を活用したスポーツによる地方創生の詳細と、そこに至るまでの心温まる物語を取材した。
ウェイクサーフィンのプロが絶賛したダム湖の魅力

広島市から車で1時間ほどの山間地域に位置する安芸太田町は、人口5500人ほどの自然豊かな町。そして町のシンボルとも言える温井ダムは、アーチ式ダムの中では、あの黒部ダムに次ぐ日本で二番目の高さ(156m)を誇る。そんなダムによって形成されたダム湖・龍姫湖ではサップやカヤック、ウェイクサーフィンなどのウォーターアクティビティを楽しむことができ、町おこしに一役買っているという。中でもウェイクサーフィンにとって龍姫湖は最高のゲレンデと絶賛するのは、プロウェイクサーファーPUB Miyamoto(選手登録名)こと宮本幸博さんだ。
ウェイクサーフィンとは、水面を走るボートの後ろにできる「曳き波」に乗るアメリカ生まれのウォータースポーツ。通常のサーフィンが海の波を利用するのに対し、ウェイクサーフィンはボートで人工的に波を起こすため、波待ちをする必要がない。本場のアメリカではむしろ、風などの影響を受けにくい湖で競技するのが一般的だそうだ。宮本さんは龍姫湖を世界のウェイクサーファーの聖地にすべく体験教室を行ったり、PR活動をしたりしている。
広島出身のプロ選手を地域活性化に繋げたい

宮本さんは若い頃からサーフィンやスノーボードなど、いわゆる“横乗り系”と言われるスポーツが得意だったが、家業を継ぐためプロになることを断念。しかし40歳を過ぎ、ウェイクサーフィンに出会った宮本さんは、今度こそプロを目指したいと同級生の福田真弓さんに相談したそうだ。そして福田さんがマネジメントをして2018年に海外の大会に挑戦しはじめたところ、次々と好成績をあげ初年度に年間ワールドランキングトップ10に入る快挙を成し遂げた。そんな宮本さんを支えてきた福田さんの本業は、実は地域ブランド化・地域活性化などの事業を行っている株式会社IRMANOの代表取締役。
「広島にせっかくウェイクサーフィンのパイオニア的選手が誕生したのだから、これを地域活性化にも繋げたい、どこかいい場所はないかと考えていたんです」(福田さん)
そして、偶然仕事で龍姫湖を紹介された福田さんは、一目で自分が探していたのはここだと直感したという。
「私たちが求めていたサイズ感で、周囲を山に囲まれているので風の影響が少なく、ダム湖なので淡水、水量も十分ありボートのポテンシャルをしっかり生かすことができいい波が立つ。まさに最高のゲレンデでした」(福田さん)
「エンジン式ボート乗り入れ禁止」のダム湖で、どう実現させたのか?

ウェイクサーフィンをするのにぴったりの場所が地元広島に見つかった。しかし、龍姫湖は国土交通省が所管するダム湖。以前から、安芸太田町と温井ダム管理所で締結された協定に基づき、修学旅行生の受入れやイベント等でカヤックやサップなどのウォーターアクティビティは行っていたものの、ウェイクサーフィンに不可欠のエンジンのついたボートを入れることは基本的に禁止されている。しかも、体験教室など商業的なことを行う際には、国土交通省の許可がいる。
「ご相談した町議会議員さんなど、いろんな方のお力を借りて、まずは1回テストをしてみましょうということになりました。ボートを湖に入れた際には、町民の方々にも見ていただきましたが、想像以上に好感触だったんです」(福田さん)
実は福田さんが用意したウェイクサーフィン用のボートは船内機で冷却装置も間接タイプのため、湖水にエンジンが触れることがない。さらにボートのラグジュアリーさも魅力となって、地元住民の方々の理解を得ることができた。そこでいよいよボートを常設してウェイクサーフィンを行えるようさまざまな手続きを始めたのだが、コロナ禍などの影響で計画は中断してしまう。
「1歩進んでは2歩下がるといった感じでしたが、それでも諦めずに1つずつ問題をクリアしていったんです。そして2022年に社会実験の一環としての運用がスタート。翌年には1年を通して湖面の水位や周辺の環境を観測するなどして、春夏秋冬でどんな風に運用できるかを調べました」
その間、宮本さんは2022年ワールドランキング1位を獲得、日本人で3人目のプロになった。そしてついに2023年6月、宮本さんはホームゲレンデを龍姫湖に移し、ウェイクサーフィンの指導や体験教室などを開催する専門スクール「PUBz WAKESURF」を立ち上げるところまでこぎ着けた。
ダムを観光資源に

温井ダムの湖面利用は、 2008年に締結された安芸太田町と温井ダム管理所の協定に基づいた利活用に限られていた。しかし、橋本博明町長の「“水”を活かしたまちづくり」という方針もあり、2022年からダムを観光資源として活用するための社会実験をスタートさせた。この実験について、安芸太田町産業観光課の岩見圭子さんにお話を伺った。
「町としても、改めて温井ダムを観光資源として位置づけ、湖面利用の推進を図る一方で、湖面の安全・安心・快適な運用に取り組むために、警察や消防、ダム管理所などの地域関係者による『龍姫湖利用協議会』を設立しました。社会実験対象団体を公募した際には、協議会の委員の皆さまの安全面等の審査により、ウォーターアクティビティの社会実験対象団体を決定しました。2023年はウェイクサーフィン、サップ、カヤック、サウナの4事業者に参画していただきましたが、この4事業者で任意団体Lake Ryuki Water Complexを立ち上げ、2024年の夏は大きなイベントも開催されたんです」(岩見さん)
この任意団体の代表には前出の福田さんが就任した。さらに毎年春に実施しているダムの放流では、多い日には1日に1000人を超える人が見学に訪れるそうだ。
「社会実験の一環として、放流日にはキッチンカー等で飲食の販売を行いましたが、これも大変好評でした」(岩見さん)
こうした盛り上がりと平行して、2024年4月、温井ダムは国土交通省が選定する「インフラツーリズム魅力倍増プロジェクト」のモデル地区に選定された。温井ダムへの注目度が高まっている中、岩見さんは、スポーツを中心として始まった温井ダム周辺エリアの取り組みをさらに拡大して、安芸太田町の魅力を届けていきたいと語ってくれた。
地域を大切にする姿勢が受け入れられ、地元の人も応援

日本には約1500ものダムが存在するが、全てのダム湖で龍姫湖のような取り組みが成功するわけではない。ダムの大きさや立地、周辺の環境などさまざまな要素が影響してくるからだ。しかし龍姫湖のウォーターアクティビティを軸にした地域活性化が軌道に乗り始めたのは、人の力が大きいと福田さんは言う。
「私はPUB(宮本さん)の相談に乗った同級生として表に出ていますが、実は裏方としてもっと多くの同級生が彼を応援して、さまざまな形で協力しています。それに何より、地域の方々が彼を応援していて、これは彼の人柄によるものだと思います」(福田さん)
龍姫湖のプロジェクトが始まった頃から、宮本さんは湖を使わせてもらうからと、ダムの近くの集落の神社に頻繁にお参りをするようになったそうだ。雪が積もった日には神社に続く道の雪かきもした。そうした姿を見ていた地域の人たちが、やがて手作りのぼた餅や惣菜などを持って、宮本さんのもとを訪れるようになった。
「県内のローカル放送に取り上げてもらった時、それを見た地域の方々が『最初は日焼けした変なのが来たと思っていたけど、あんた凄いんだね』と言って、自分たちの住む町が注目されはじめたことを喜んでくれたんです」(福田さん)
そして、2024年の7月に行われたウォーターアクティビティと、レイクサイドのアウトドアスタイルを提案するイベントでは、「宮本さんがやるなら、手伝わなきゃ」と、地元の方々が協力してくれたという。温井ダムのスポーツを軸とした地方創生は、スポーツの力とダムの持つポテンシャルに加え、その魅力を心から理解する人たちの絆があるからこそではないだろうか。
龍姫湖は基本的に一般人の立ち入りが禁止されている。ウォーターアクティビティを楽しみたい場合は、社会実験対象団体が実施するプランに申し込む必要がある。せっかくだから、もっとオープンにして観光客を増やせばいいのに、と考えがちだが、このようにあえて限定することで龍姫湖は利用者にとって「特別な空間」になっていると福田さんは言う。しかも、利用者を把握できるので安全も担保できる。さらに最近問題になっているオーバーツーリズムの対策にもなっているのだ。一時的に人を集めることは簡単かもしれない。しかし、地域創生には安芸太田町のような将来を見据えた視点も必要なのではないだろうか。
Lake Ryuki Water Complex
https://lakeryuki-wc.com/
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:Lake Ryuki Water Complex/ 国土交通省中国地方整備局温井ダム管理所