競技人口が増加中の“世界最小の格闘技”アームレスリング。地域や世代を超えたつながりを生むその魅力とは?
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腕相撲と言えば、誰もがやったことのある競技ではないだろうか。むしろ、「競技」と聞いて、あれが競技?と思う人さえいるかもしれない。しかし、腕相撲は「アームレスリング」という名のれっきとした競技であり、来たる2026年には世界大会が日本で開催されるという。そんなアームレスリングで地域振興や、多様な人々の集まるコミュニティ作りに取り組む秋田県アームレスリング連盟“ガッチリ隊”を取材した。
勝敗を決めるのは力ではなく、技や駆け引き!?
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アームレスリングで勝利を収めるには、まずは腕の力が重要だと皆考えるだろう。しかし、実はそれだけではないのが魅力なのだ。
「たとえば体の小さい選手が、体重差のある大きな選手を倒し、年齢も関係なく女性でも楽しめるところが、アームレスリングの醍醐味のひとつですね。というのも、もちろん正式な大会では細かいルールがあって、体重別に対戦相手が決められることもあるのですが、一般的には厳密なことは言わず、強さ別とか無差別で戦ったりもします。すると力だけではなく、技を持っている人、駆け引きができる人、スタートに強い人などが勝ち進んでいくんです。小さい選手が大きい選手を一瞬で倒したりすると、とても盛り上がりますよ」
そう語るのは、秋田県アームレスリング連盟“ガッチリ隊”会長の高橋真氏だ。“ガッチリ隊”には現在、下は20代後半、最年長は69歳という男女40名余りが集って技を磨いている。実は秋田県は、アームレスリングの全国大会の入賞者を多く輩出している強豪県なのだそう。高橋氏も、そうと知って挑戦したひとりだった。
「私は高校時代に野球をやっていたんですが2年生、3年生とどちらも県大会の準決勝で負けて甲子園には行けませんでした。その後もずっとスキーなどスポーツはやっていて、どうせなら全国大会のある競技に出たいという思いが募ってきたんです。秋田にアームレスリングの日本チャンピオンがいて、その選手が来る大会があると聞き、高校の野球部時代、仲間同士でやった腕相撲では負け知らずだったので、軽い気持ちで出場してみました。そうしたら、もうあっさりと倒されて、“なんだ、この世界は?”と思ったのがのめり込むきっかけでしたね」(高橋氏、以下同)
“ガッチリ隊”最高齢は69歳。力だけの勝負ではないから勝てる
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“ガッチリ隊”という名称は、アームレスリングの技の名前に由来する。技は大きく分けて2種類。
(1)吊り手 肘を支点にしてテコの原理で相手の指先を吊り上げて倒す
(2)噛み手 相手の手首を巻き込んで、自分の方に引きつけながらねじり倒す
この2番目の“噛み手”のことを日本では“ガッチリ”と言う。強豪県・秋田に“ガッチリ”が強い人が多いというのがもっぱらの評価だそう。
「秋田は米が美味しいからですかね(笑)、理由はわからないんですが、地力のある人が多く、私が始めた20年ほど前でもアームレスリングでトップレベルの人が何人かいました。ただ、当初まだアームレスリングの歴史は浅く、すでにガッチリ隊はあったんですが隊員は4、5人ぐらい。せっかく強い選手もいるんだから、きちんと組織化して全国的な団体にも加盟して、知名度を上げていこうと、私が会長になって活動を続けてきました」
ひとくちに秋田と言っても広いので、普段は4つの支部に分かれて各々活動をしているが、1~2ヶ月に1回は合同練習会、年に2回はリーグ戦を開催。そのほか、年1回夏に県大会がある。通常は強さに応じてクラス分けをし、それに応じて練習を行っているが、リーグ戦で良い成績を収めれば上のクラスへの昇格も叶う。
「最近はSNSやYouTubeを見たと言って、新たに参加される方も増えています。アームレスリングは、はじめに言ったように力だけで勝負するものではありません。だから、何歳になってもできる生涯スポーツです。むしろ、高齢になって筋肉の衰えを感じ始めたなどという方には、特にお勧めしたい競技と言えます。実際に、現状“ガッチリ隊”の最高齢、69歳の武石和彦さんがアームレスリングを始めたのは、なんと3年前。すっかりはまって、今では生きがいになっていると言っていますから」
生涯スポーツのアームレスリングはいつからでも始められる
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秋田県はスポーツ立県を標榜し、県をあげてスポーツによって地域を活性化することに取り組んでいる。そんな秋田県のスポーツ団体として“ガッチリ隊”は障がいのある人の施設や企業のイベントなどに出向き、アームレスリングをみんなにやってもらうという活動も行っている。
「アームレスリングは、たとえば、足に障がいがあってもできますし、片手が使えなければ、もう片方の手を使ってできるので、障がいがある方でも取り組めます。また、専用の台があれば、道具やウェアも不要で誰でもすぐにできるという意味では気軽なのですが、つい夢中になって危険な体勢をとってしまうこともあるので、そこは注意が必要です。我々が審判として出向いて、怪我のないように、安全に楽しんでいただくことを心がけています。そこで面白いと思ったら、誰でも仲間に入っていただけると嬉しいですね」
アームレスリングは、まだマイナーな競技ではあるが、全国的な大会で良い成績を収めている選手が何人もいる。それが、県民に勇気を与えるのではないかと高橋氏は考えている。
「まだ決定ではないんですが、2026年に日本で開催される世界大会では、70歳以上のカテゴリがあり、その頃には先程お話しした武石さんが70歳になっているので、是非出場してもらいたいなと思っています」
話を全国に広げると、86歳で大会に出ている選手もいるそうだ。そういう選手なら、経験のない20代の若者と戦ってもおそらく勝てると高橋氏は言う。
「アームレスリングは、なんといっても実践練習が一番なんです。筋トレだけ3ヶ月やった人と、週1回実践練習を続けた人では、絶対に後者の人の方が強い。人によって癖もありますし、指の長さ、腕の長さも違うので、いろいろな人と戦うことが大事なんです。だから、86歳でも20代を倒すことができます。だったらやってみうようかなと思ったら是非、生涯スポーツとして取り組んでいただきたいですね」
年齢・性別はもちろんこと、職業もさまざまな人々が、まさに“腕”を競うアームレスリング。力業では勝ちを得られない奥深さがあるからこそ、はまってしまう人が多いのだろう。世界大会が日本で開催される2年後に向けて、生涯スポーツとしての認知がより進んでいくことを期待したい。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:秋田関係人口会議Webサイト・あきコネ