アフリカでなぜ甲子園大会? 日本野球に取り組む子どもたちに起きた驚きの変化とは

アフリカでなぜ甲子園大会? 日本野球に取り組む子どもたちに起きた驚きの変化とは
2025.03.18.TUE 公開

甲子園球場といえば日本の高校野球の聖地。1915年の第1回大会から100年以上も続く全国高等学校野球選手権大会出場を目指し、多くの球児たちが切磋琢磨してきた。そんな甲子園大会をアフリカで開催しようというプロジェクトがある。なぜアフリカで甲子園大会なのか? このプロジェクトに取り組む一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構(J-ABS)の代表理事・友成晋也氏にお話を伺った。

アフリカの教育問題を日本の野球で解決

アフリカ野球・ソフトボール連盟(WBSC-Africa)との「ベースボーラーシップ®教育パートナーシップ協定」の署名式に出席したJ-ABSの代表理事・友成晋也氏(写真右)

J-ABSの代表理事・友成晋也氏は、前職のJICA(国際協力機構)勤務時代、仕事の傍らとしてアフリカで野球の指導を行ってきた。その時の経験を生かし2003年にJ-ABSの前身となるNPO法人アフリカ野球友の会を設立。当初アフリカではマイナースポーツだった野球も、30年以上にわたる努力が実り、現在は徐々に浸透しているそうだ。しかし友成氏の目的は野球の普及ではないという。

「J-ABSでは『アフリカ55甲子園プロジェクト』というものを行っています。55という数字はアフリカにある55の国や地域のことで、アフリカ中で野球を通じた人材育成をやっていこうというプロジェクトです。私は長年にわたってアフリカで野球の指導をしてきましたが、結果的に野球が普及したということであって、目的は人材育成なんです」(友成氏、以下同)

近年のアフリカは急激な経済成長を遂げている国がある一方、未だに貧困や紛争、保健医療や教育の不足といった多くの社会課題を抱えている。友成氏はその中の「教育」の問題を、野球を使って解決しようとしているのだ。アフリカの55の国と地域のうち、現在野球連盟があるのは20カ国ほど。J-ABSはその内の8カ国の野球連盟と「野球を使った人材育成」を目的とした協定を結んでいる。協定を結んだ国では、「Discipline(規律)」「Respect(尊重)」「Justice(正義)」といったスポーツマンシップの精神をスローガンに各国で指導者を集めてセミナーを実施。野球の指導方法を伝え、それを各現場で実戦してもらうなどの取り組みを行っているのだ。このプロジェクトの一環が、日本の甲子園大会のような大会をアフリカでも実施しようというもの。2014年には記念すべき第1回タンザニア甲子園大会が開催され、現在までに12回実施されている。そして2023年にはケニアで、2024年にはガーナで「甲子園大会」がスタートした。この大会をアフリカ中で行おうという壮大な目標に向かっているところだ。

なぜアフリカで甲子園大会なのか?

2024年に行われたガーナ甲子園大会の表彰式

なぜ、野球が人材育成に繋がるのか? なぜ甲子園大会なのか? 疑問はたくさんあるが、そこには日本の野球の歴史と高校野球の特殊性があると友成氏は言う。

「欧米などではサッカーでもバスケットボールでも、子どもがスポーツを本格的にやろうと思ったら、基本的にはお金を払ってスポーツクラブでやるものです。一方、日本では部活動という形で学校の先生が指導をしてきました。先生たちはスポーツのプロではないですから、スポーツの技術を極めることだけが目的ではなく、時間を守ることや、自分たちが使う場所はきれいにする、試合する相手に礼をするといった、人間として大切なことも教えるという特徴があります」

こうした特殊な日本のスポーツ事情の中でも、野球はさらにその歴史に特徴がある。まず1872年にアメリカから野球がもたらされると、慶應大学をはじめとする3つの大学(早慶明)がリーグをつくり、学生たちが切磋琢磨して野球に打ち込んだ。さらにチームを強化するため、大学生たちは高校に行って野球を教え、上手くなった選手を大学に迎えていた。その姿を見た当時の政府の人間が富国強兵のために野球を活用したのだそうだ。

「規律やチームワークを自然に学べることから、野球は政府推薦のスポーツとなり、日本中に普及していくわけです」

友成氏は、グラウンドや道具を大事にする、時間を守る、礼儀を重んじるといった、スポーツ以外の学びも得られる日本の野球を「野球道」と位置づけ、それが人材育成に役立つと考えたのだ。

「これは私の仮説ですが、日本のスポーツ部活から学べる規律やモラル、人を尊重する心といったものは、実は日本を秩序ある社会にしている大きな要因の一つだという気がするんですよね」

そんな日本の野球道をアフリカの発展に役立てたい。しかしアフリカでは野球はマイナースポーツだ。野球をやったことがないどころか、最初は見たこともなければ、ルールも知らないといった人も多かったという。

「日本で野球が広まり発展してきたのは、甲子園大会があったからだと思うんです。現在日本のプロ野球で活躍する選手たちは、全員が甲子園を目指し、それが彼らのモチベーションになったはず。そこでアフリカでも同じように各国で甲子園大会をやって、それぞれがその国のナンバー1を目指そうという目標を作ったんです」

野球でアフリカの子どもたちの成績がアップ

礼に始まり礼に終わるを実践する、アフリカの子どもたち

友成氏の熱意が実を結び、アフリカで甲子園大会が実施されるようになり、野球は着実に普及している。そして同時に人材育成という目的も着々と成果をあげているという。一番分かりやすいのは子どもたちの学力の向上だ。

「アフリカでは野球をはじめた子どもたちの成績が上がったと、学校の先生や保護者たちから感謝されています。日本では部活動に打ち込むと学校の成績が下がると言われますが、それはやり過ぎだからです。日本で野球部に入ると平日どころか土日もほぼ毎日練習。これでは勉強をする時間がありませんが、アフリカでは部活はせいぜい週に2回程度です」

しかし、この週2回の野球の時間が子どもたちの勉強に対する姿勢に大いに役立っているのだという。

「野球はチームスポーツですが打席に立つときは自分しかいない。だから真剣に集中して立ち向かう。それは勉強も同じで自分がやるしかない。そうやって野球で培われた、何事にも自ら一生懸命取り組むといった真摯な気持ちが、学習態度にも表れてくるし、集中力にもつながる。スポーツは非認知能力を高めると言われますが、こういう副次的な効果が重なって成績が上がっていると思います」

タンザニアには「ダルエスサラーム大学」という、アフリカの東大とも言える大学があるそうだが、近年、同大学に野球をやっている子どもたちが多数合格しているという。

「ダルエスサラーム大学では野球経験者が増えたので、野球部を作ろうという話になっています。それまで計画性がなかった子どもたちが、野球をするようになってから『この時間は勉強にあてよう』などと計画を立てるようになったり、チームワークの大切さや人間関係の構築の仕方を学んだりしています。野球がアフリカの子どもたちの人間形成に多大な影響を与えているのは間違いないと思います」

前編では、日本野球だからこそ実現したアフリカでの人材育成プロジェクトの話や、日本野球がなぜアフリカの子どもたちの成績を上げたのかといったお話を伺った。後編では、野球による世界平和の実現や、日本人が当たり前のように使っている野球用語の意外な意味などについて、面白くてためになるお話を、引き続き友成氏にしていただく。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:J-ABS

後編は21日公開予定!

アフリカでなぜ甲子園大会? 日本野球に取り組む子どもたちに起きた驚きの変化とは

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