日本人が知らない「日本野球」の価値。争う民族を平和に導く野球道とは

一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構による人材育成を目的とした「アフリカ55甲子園プロジェクト」では、アフリカ中の国で甲子園大会を開くことを目標に、子どもたちが日々野球に取り組んでいる。そしてその取り組みは野球という枠を越えて世界の平和にも貢献しているという。その日本野球の持つ意外な力について、前編に続き一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構(J-ABS)の代表理事・友成晋也氏にお話を伺う。
野球には民主主義を広める力がある

友成氏がアフリカで子どもたちに野球を教える中で、とても印象に残ったエピソードがあるという。ガーナで行われた野球大会でのこと。楽しそうにしていたある少年に「野球の何が好き?」と訊ねたところ「バッターボックスに立つこと」という答えが返ってきたそうだ。
「バッターボックスに立つとみんなに注目され、味方が応援してくれるからヒーローになれる。そして何より、みんなにチャンスが平等に回ってくるから、野球は民主的。そんなところが大好きだというんです」(友成氏、以下同)
この言葉を聞いたとき、友成氏は野球には民主主義を広める力もあると気付いたそうだ。そして、この民主主義を広める力は同時に平和を広める力にも繋がる。
「私がJICAを早期退職してJ-ABSを立ち上げようと思ったきっかけは、南スーダンでの出来事です。南スーダンは紛争地でしたが、安全な場所を見つけては子どもたちに野球を教えていました。ある時、子どもたちの行動変容に気付いた先生が、野球の見学に来たんです。そこで私が、野球とは規律・尊重・正義を伝えるスポーツだという話をしたところ、だんだん見学にくる先生が増えていきました。やがて子どもたちの成績も上がるようになって、先生や保護者たちが『野球を通して子どもたちはこんなに変わっている。野球の規律・尊重・正義の3つの価値こそ、紛争に明け暮れた南スーダンにとって必要なものに違いない。野球がナショナルスポーツになり、若い人たちがこの価値を学べば、未来の南スーダンを平和にするに違いない』と言うようになったんです」
その結果、争い合っていた民族のトップが話し合い、野球連盟を作るまでに至った。つまり、南スーダンの野球連盟は平和のために作られた連盟でもあるのだ。
「まだまだ緊張した状況が続く国ですが、野球連盟ができて、彼らは一生懸命に野球を指導しています。規律・尊重・正義による人づくりが平和な国を作る。つまり野球には平和を作る力があることに気付かされました」
なぜスローボールではなくキャッチボールなのか?

アフリカでマイナースポーツである野球を指導するには、予想外の苦労やエピソードもあったという。たとえば野球のボールを日本人に投げれば、大抵の場合は手でキャッチする。しかしサッカーがメジャーなアフリカでは投げたボールを手ではなく胸に当ててトラッピングするのだという。野球のボールは手で触ってもいい。そんな基本的なことから教えなければならなかったのだが、そこで友成氏は多くのことに気付かされた。
「たとえば、野球のキャッチボールってなぜキャッチボールって言うと思いますか? ボールを投げることが主体ですからスローボールじゃないですか? でもなぜキャッチボールと言うのか。そんな日本では考えもしなかったことを考えるきっかけがありました」
1990年代、まだインターネットもない時代、野球を見たことがないアフリカの子どもたちに野球を教えていた時のことだ。野球の基本的な説明をして「まずはキャッチボールをやってみよう」と友成さんが言ったところ、子どもたちはグラウンドにバラバラに広がって、好き勝手にボールを投げ合い始めたそうだ。そこで友成さんは再び子どもたちを集めて、人にボールがぶつからないよう、2列に並んでパートナー同士で投げ合うことなど、キャッチボールについての基本的なやり方を教えた。そして、投げるタイミングについてこんな話をしたそうだ。
「キャッチボールとはコミュニケーションなんだ。みんなお互いの顔を見ながらやるだろう? 相手がボールが速すぎて怖がっているとか、距離が足りなくてキャッチしづらいと思っていることは、顔を見れば分かるよね? だから、お互い向き合って顔を見ながら2人の適切な距離、ボールのスピードを見つけるんだよ」
そして投げる側は準備が整った時点で「OK come on(さあ、はじめよう)」と声をかける。次にキャッチする相手が「OK come on(さあ、来い)」と言ったら初めてボールを投げていいということ。相手が「OK」と言うまでは絶対に投げてはいけないということを伝えた。

「実はキャッチボールは投げる側からではなく、キャッチする側から始まるんです。スローボールと言ってしまうと投げる側が主体の話になってしまいます。でもキャッチボールはキャッチする人がいるから成立するという説明をしたんです」
これはまさに、規律・尊重・正義の「尊重」を象徴する考え方といえるだろう。そして、声かけが重要なのはキャッチボールを始める時だけではない。ボールを投げ合う時も「ナイスキャッチ」「ナイスボール」と声を掛け合うことが大切なのだそうだ。
「よくスポーツでは気合いを入れるために大きな声を出せなどと言いますが、本来は相手に声を届けるためだと思うんです。一球一球、ナイスボール、ナイスキャッチと褒めあうとセルフエスティメート(自尊心)が生まれる。声かけがみんなをハッピーにするのでだんだん子どもたちはニコニコし出すんです」
友成氏は、日本では当たり前に使っていた言葉を改めて見つめ直すことで、野球には自尊心を育む力や、相手の顔を見るといったコミュニケーションの基本など、人間社会において非常に大切なことを学べるということに、改めて気付かされたという。
アフリカからも高い評価を得た、日本の野球道

2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本は劇的な優勝を果たした。あの優勝にも日本野球の力が影響していると友成さんは考えている。
「大谷翔平選手など、たくさんの素晴らしい選手がいましたが、野球における最高峰はやはりアメリカのMLBです。WBCに出場した各国のチームには現役のMLBの選手がたくさんいて、メキシコなどは全員がMLBの現役選手でした。ところが日本は大谷選手をはじめたったの4人(当時)。それでも世界一になれたのはなぜか? それはアメリカと日本の野球に決定的な違いがあるからだと思うんです。何かと言うと、日本の野球選手たちはみんな甲子園を目指していたということ。高校の部活動で野球をやりながら甲子園を目指したということは、同時に野球以外の大切なもの、規律・尊重・正義を学んでいるんですよ。そこから生まれるチームワークこそが日本野球の象徴と言えるんじゃないでしょうか」
WBCの試合で、日本の選手は全員がバッターボックスで相手に立ち向かっている仲間を応援していた。仲間がいいプレーをすれば、みんなで声をかけあって喜び合う一体感もあった。そうしたチームワークによって、みんなが心を一つにすることで、チームの力も一つとなり優勝することができたと、友成氏は分析している。
だからこそ、アフリカの子どもたちにも、あの一体感、チームワークの素晴らしさを知ってほしいと、友成氏はアフリカで規律・尊重・正義をスローガンにした日本野球を教えているのだ。
J-ABSではスポーツマンシップを育む教育メソッドとして55の項目からなる「Baseballership Education」というメソッドを開発した。アフリカの社会課題を「野球」で解決するというチャレンジは、野球発祥の地のアメリカ野球ではなく、多くのメジャーリーガーを生み出している野球強豪国ドミニカ共和国でもなく、日本の野球道だからこそ、現地の人々に受け入れられ、高い評価を得ているのではないだろうか。この取材を通して、日本野球の価値に改めて気付かされた気がした。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:J-ABS