三重県の歴史ある温泉旅館が「eスポーツ専用棟」を設置! 異色のコラボがもたらす地域おこしの可能性

三重県の歴史ある温泉旅館が「eスポーツ専用棟」を設置! 異色のコラボがもたらす地域おこしの可能性
2025.04.09.WED 公開

平安時代の歌人・清少納言が称えたという三重県津市にある温泉地の旅館が、eスポーツプレー用の宿泊部屋などを設置し、話題を呼んでいる。以前から問題になっていた過疎化に加え、新型コロナウイルスの感染拡大により旅館は窮地に。そうした中、継続のために運営企業が決断した。
導入後、ゲームと温泉という意外な組み合わせと本格的な機材に惹かれた若年層が訪れるようになり、高齢化や過疎化の解決に向けた糸口が見えだしている。一体どんな施設なのか、その魅力と可能性について同旅館の支配人、杉戸宏羊さんに伺った。

「あー、目が疲れた」プレー後20歩でそこには湯治場の温泉

eスポーツ専用の宿泊部屋。窓からは木々の緑が見える

2023年に館内の一部を改装し、eスポーツ専用部屋やトレーニングスペースなどを設置した榊原温泉「神湯館」。専用の宿泊部屋には宿泊人数分のゲーミングPCとゲーミングチェアが設置され、24時間心行くまでプレイができる。
山間部にある神湯館。PCから窓の外に目をやれば、そこに広がるのは山の木々の緑。春には桜、秋には紅葉と季節ごとにその色を変える。眼下を流れる榊原川のせせらぎも心地よく、一瞬で非日常の癒しを堪能できる。また、eスポーツ専用の宿泊部屋は1階の大浴場に一番近いところにあるため、最短徒歩20歩で温泉に浸かることができるのも魅力だ。

この温泉とeスポーツという異色の組み合わせが誕生するきっかけは、榊原温泉が直面していた人口減少問題だったという。

過疎化する温泉地。若者を呼び込む起爆剤にeスポーツ

旅館の一角からeスポーツ向けのイベント会場へとのびる階段。雰囲気がガラッと変わる

神湯館のある榊原温泉の歴史は古く、平安時代の歌人清少納言も枕草子の中で温泉を称えているという。

杉戸支配人によると、湯治場として栄えていた榊原温泉は、三重県の伊勢神宮の参拝者も利用していた。しかし、今は榊原地区の過疎化が進んでいて、温泉宿も減少している。

「神湯館は1936年にでき、かつては金閣寺のような形の建物もあり、華やかだったようです。2022年までは県の保養施設として利用されていましたが、都内の民間企業で買い取り、現在は支配人である私が中心となって運営事業を行っています。新型コロナウイルスで旅行業全般がダメージを受けていましたし、榊原温泉を立て直すためにも若年層が来たくなるような新規事業に取り組もうということになりました」(杉戸支配人)

そこで目を付けたのが、eスポーツだった。

館内の改装だけでなく、eスポーツ利用者向けの宿泊プランも追加。若年層が心行くまで温泉とeスポーツを楽しめる宿にするための工夫をしている。

「温泉宿に来る一般のお客様は、夕朝食を取られて温泉を楽しまれます。ただ、若年層でeスポーツをされる方々は、遅くまでぶっ通しでプレーしたいという需要があります。なので、素泊まりプランはもちろんですが、eスポーツ専用のお部屋はチェックアウトを2時間後ろ倒しの正午にしています」

コンビニなどが周囲にない環境も考慮し、元々バーだったスペースには24時間冷凍食品などが買える自販機コーナーも設置した。

こうした取り組みが功を奏し、60代だった利用客の平均年齢は大幅に若くなったという。

オフラインの交流の場に。利用者からの反響

若年層の利用客には、土日祝日や夏休みなどの長期休暇の利用が多く、中には1週間単位で宿泊をする人もいるという。

「個人で来る方もいますが、ゲームを通じて知り合った3〜5人のコミュニティで来る方々も多いです。これまでにオンラインで知り合って仲良くなった5人が初めて当館で顔合わせをするということもありました。普段はモニター越しでオンラインの繋がりになってしまいますが、リアルな空間で部屋に集まり、食事を一緒に楽しむことに新鮮さがあって楽しかったと話されてました。また、オンラインの繋がりだとそれぞれが住む都道府県がバラバラで、東北と九州の人が顔を合わせることもあり、そういう面ではちょうど真ん中くらいにある三重県はいいのかもしれないですね(笑)」(杉戸支配人)

県外から移住してくる従業員も

eスポーツ×温泉旅館という新事業の影響は、従業員にも波及したようだ。

「私自身、温泉とこの施設の持つ可能性に魅力を感じて愛知県から移住してきました。また、神湯館にeスポーツを導入する際、成城大学のeスポーツサークルの現役プレイヤー達に設備に必要な機材などの監修をしてもらいました。彼らとは今でも繋がりがあり、このサークル出身者の中には、卒業後に神湯館に就職し、榊原地区に住んでいる従業員もいます」

「eスポーツ施設を地元にも還元したい」地域の活性化もスタート

照明が本格的なイベント会場

しかし、歴史ある温泉街の急激な変化には地元の戸惑いもあるはずだと杉戸支配人は話す。

「歴史ある土地で新しい文化であるeスポーツを導入することは、歴史を汚しているととらえる方もいると感じています。こうした取り組みを進めている僕らにも不安があるのは事実で、どのように地元の方々を巻き込んでいくか、日々試行錯誤をしています」(杉戸支配人)

そこで、館内にあるイベント会場を地元住民向けに活用しようという取り組みが始まった。

「最大100人を収容できるイベント会場は、eスポーツの大会などが行われる想定で改装された部屋なので、本格的な音響設備や照明が整っています。機材を使える『フロント接客兼照明担当』というようなスタッフもいますので、イベント主催者が手ぶらで来ても、いつでも気軽にイベントをできる強みがあります」

こうした旅館の特徴を生かし、地元の住民向けにカラオケ大会を開催。他にも未経験者でもできるような簡単なゲーム(オセロや将棋、簡単なアクションゲームなど)を楽しんでもらう体験会も実施した。

「eスポーツを本格的にやっているような利用者層はほとんどが県外から来ています。結果的に当初の目的通り若年層に来てもらうことはできていますが、高齢化が進んでいる地元の人にも利用してもらえるような施設にならないといけないと考えています。カラオケ大会や体験会を通じて神湯館の施設を身近に感じていただくなど、積極的に地域を巻き込んでいきたいですね」


日本全国で進む人口減少。過疎化が進行すると、これまで愛されてきた地方の名所も徐々にその活気を失っていってしまう可能性がある。日本全国どこにでも起こり得る課題に直面した神湯館は、苦境の中存亡を賭けて新しい事業に舵を切った。地域の活性化のため、eスポーツから縁遠い地元住民を巻き込むことに取り組む姿からは、県外から来た杉戸支配人らが榊原地区に息づく歴史を尊重しながら活性化に向けた事業を進めたいという強い意志を感じた。杉戸さんらの取り組みが実を結び、榊原温泉が活気づくことを願いたい。

text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
photo by 神湯館

三重県の歴史ある温泉旅館が「eスポーツ専用棟」を設置! 異色のコラボがもたらす地域おこしの可能性

『三重県の歴史ある温泉旅館が「eスポーツ専用棟」を設置! 異色のコラボがもたらす地域おこしの可能性』