静岡県藤枝市、Jリーグサッカー観戦×旅で町おこし。アプリで観光情報も得られる仕組みづくり

静岡県藤枝市、Jリーグサッカー観戦×旅で町おこし。アプリで観光情報も得られる仕組みづくり
2025.04.14.MON 公開

コロナ禍以降、日本では観光による町おこしが推進されている。一方で、限られた財源の中で、地域の魅力を伝え、多くの観光客を誘致する方法については、多くの自治体が頭を悩ませていると聞く。そんな中、サッカーで有名な静岡県藤枝市が、2024年に「スポーツ観戦×旅」をサポートするアプリ「ユニタビ」を導入した実証実験を行った。確かな手応えを感じ、2025年からは本格導入して、さらに藤枝市の観光業界を盛り上げていくという。その取り組みについて取材した。

サッカーの歴史は100年以上の藤枝市

産学官が連携したオール藤枝体制による「Next100スポーツツーリズム共創会議」のキックオフカンファレンスに登壇した一般社団法人藤枝市観光協会、江﨑晴城会長

静岡県藤枝市が「サッカーのまち」と呼ばれるようになった歴史は古く、市内にあるサッカー強豪校・藤枝東高校が1924年に開校し、サッカーを「校技」と定めたことに遡る。それから100年後の2024年に、藤枝市は「蹴球都市Next100スポーツツーリズム」を掲げ、サッカーをはじめとしたスポーツを核に、さらなる賑わいと地域経済の活性化を次の100年に繋ぐプロジェクトとして始動した。その一環として行われたのが、スマートフォン向けアプリ「ユニタビ」を活用した実証実験「藤色プロジェクトDX」。「さあ、ユニフォームを着て、旅に出かけよう」がキーワードの「ユニタビ」は、スポーツ観戦のためにスタジアムを訪れた人々が、その地域にある選手御用達のお店や、地元民だけが知っているディープなお店などを楽しんだり、お得なクーポンを利用したりできる情報やサービスを提供している。

ユニタビの実際の画面、JリーグのQR観戦チケットを読み込むと、際開催スタジアム周辺の情報を提供

たとえば実際に行われた「藤色プロジェクトDX」では、試合を観戦する人たちが「ユニタビ」を事前にダウンロードし、観戦する試合を登録しておく。するとその試合の前後に使える飲食店などの限定クーポンを取得したり、行きたいお店の営業時間や混雑具合を簡単に検索したりすることができた。その他、公共交通、車、自転車、徒歩といった移動手段の情報や、周辺の観光ガイド記事を閲覧できるなど、サッカー観戦と合わせて藤枝市観光を満喫できるサービスが盛りだくさんだった。

このアプリを企画・運営している株式会社ナビタイムジャパンのスポーツビジネス事業部事業部長・山﨑英輝氏は「ユニタビ」を使ったプロジェクトの魅力を次のように語る。

「たとえば、サッカークラブのオウンドメディアではチームの情報はわかりますが、試合をする地域の情報までは届きません。また、クラブのオウンドメディアを見るのも、熱心なサポーターが中心だと思います。そうではなく、もっとライトなサッカーファンが、ホームでもアウェイでも使えるというこのアプリの魅力が、今回のプロジェクトにマッチしたのではないでしょうか」(山﨑氏)

結果として実証実験を行った4試合中、「ユニタビ」利用者数は1964人。利用率は観戦客数約2万5000人に対して8%だった。また、「ユニタビ」利用者の1人あたりの消費額は2870円で、利用しなかった人の2080円を790円上回る結果となったそうだ。こうした利用客の反応と合わせ、この実験に参画した事業者からも前向きな声が聞かれたことから、藤枝市は2025年から「ユニタビ」の本格導入を決めたという。

紙媒体にはないDXの魅力

試合当日、市内の飲食店で盛り上がるサポーターの皆さん

この実証実験の結果について、藤枝市スポーツ文化観光部観光交流政策課課長の大久保幸廣氏は、次のように話してくれた。

「今回の取り組みには大きく2つの柱がありました。1つは当然ですが、利用者の皆さんにしっかりと情報を届けるということ。もう1つは、いかに事業者の皆さんと情報を共有して取り組みをうまく横展開していけるかということ。来る人の利便性だけが上がっても続かないので、事業者の皆さんが課題を共有して、一緒になって取り組みを進めていくということが大切だと思っていましたので、DXを活用したことでそれをうまく実現できたと思います」(大久保氏)

自治体が事業者と協力して観光のモデルコースを作り、コース内にある店舗で使えるクーポンを発行したりしたケースはどこにでもある。今までのそうしたケースとDXを活用した取り組みはどこが違うのだろうか。

ユニタビでは店舗ごとにさまざまなクーポンを提供できる

「たとえば紙媒体の観光案内ですと、1度作ったらなかなか改訂もできず使い続けなくてはいけません。また、これまでは『そういえば、ユニフォームを着た人が、あの店にいたよね』といった漠然とした認識だけで、実際にその媒体を見たお客様が、どれくらい掲載されているお店に行ってくれたのかや、クーポンがどのくらい使われたのかといったことも把握できていませんでした。しかし『ユニタビ』は、LINEと連動しているため、たとえばお店の方が『今日の試合は藤枝MYFCが勝ったから、おめでとうのビールを1杯無料にしたい』と思ったら、すぐにアプリ上にクーポンを反映することができます。また、どういうサービス効果があるのかを数字で見ることができて事業者の方も使い勝手がよかったようですし、行政側としても次に生かせるといったメリットがありました」(大久保氏)

官民が同じ方向を向けたワケ

一般社団法人藤枝市観光協会設立の総会

実は藤枝市は2024年の4月から、これまで任意団体として活動してきた「藤枝市観光協会」を一般社団法人化し、新たなスタートを切ったばかりだった。これにより、観光によって自分たちの手で稼ぐ、といった意識が強くなったと言うのは、一般社団法人藤枝市観光協会事務局長の蒔田氏。

「今回の取り組みで提供しているクーポンに対して、市や観光協会は一切金銭補助をしていません。あくまでも参画してくださった事業者さんが、自分たちで考え提供するサービスです。とはいえ、観光協会には仲間である皆さんが、それぞれにちゃんとプラスになってほしいという理念があって、そうなるために、皆さんと協力して今後もさまざまな施策を打っていく予定です」(蒔田氏)

一般社団法人化したことで、官から民に近くなり、今まで行政の目が行き届かなかったところにまで入っていけるようになったという。しかし、こうした取り組みには、当事者である地元の事業者の熱量が不可欠であり「ユニタビ」を使った試みはその熱量を上げることにも繋がったそうだ。

「さきほどクーポンに行政は金銭補助をしていないと言いましたが、もし行政が財源を用意してしまうと、財源が尽きたらその取り組みも終わってしまうからです。でも財源を行政に頼らなかったことで、事業者の皆さんはデータを見て営業時間を変えてみようとか、ビール1杯をサービスするよりも食事代10%オフの方が利益が出るなど、皆さんが自分たちで考え、自分たちで挑戦してくださっている。会話からも、自分事として捉え、私どもと事業者の方々が同じ方向を向いて、みんなで一緒にやっていこうとしてくれているのが伝わってきます。そういう気運が生まれたのは、非常にいいことだと感じています」(蒔田氏)

成功の秘訣はDX+一人ひとりの想い

サッカーのまちらしい展示がされた、JR藤枝駅改札前

ナビタイムジャパンではこれまでも「ユニタビ」を使ったプロジェクトを全国で展開しているが、藤枝市での成功の秘訣はどこにあったのか。山﨑氏は次のように分析する。

「まず、皆さんに自分事化していただくには、自らトライ&エラーを経験することが大切だと思うんです。既存の紙のチラシや媒体ですと、年に1回、多くても4回程度の更新になってしまうので、トライもエラーもできる回数が少ない。でもDXを活用して、いつでも情報を更新できるようになると、思いついたことにすぐトライできますし、エラーがあってもそれにすぐ対応できます。そうしたトライ&エラーの繰り返しが、やり甲斐にも繋がり自分事として考えやすくなるのではないでしょうか。そうしたDXのメリットが生かされた背景には、やはり“サッカーのまち”に対する藤枝市の皆さんの思い、熱量といったものがあると感じました。それが上手くデジタルと組み合わさったことが結果として良かったのではないでしょうか」(山﨑氏)

サッカー観戦で訪れた人たちを歓迎する「のぼり」も飲食店が自主的に作って店頭に置いている

このプロジェクトを進めるにあたり、最初は参画事業者を募るため、大久保氏たちは事業者を一軒一軒回って説明したという。今ではこのプロジェクトに関する会議に多くの事業者が参加して議論を交わしているそうだ。昨年、ある飲食店がサッカーの試合の日に宣伝用「のぼり」を作って店頭に置いていたところ集客数が増えた。すると、それを横展開しようという話になり、今では複数の店舗が試合の日にのぼりを掲げているという。

「藤枝市は、NEXT100を掲げていますが、少子高齢化や過疎化などが進む日本で、まずはNEXT10という未来を本当に描けるのかという危機感を、事業者の皆さんは持っていらっしゃいます。ですから自分の会社さえよければいい、というのではなく、自分たちの街をどうしていけばいいかということを、皆さんが真剣に考えていて、皆で手を繋いで進んでいこうという気持ちが強くなってきている気がします。そうした思いをDXがうまく束ねてくれたんじゃないでしょうか」(蒔田氏)


藤枝市の今回の取り組みは地元のJ2チームの試合の観戦を中心としたものだったが、山﨑氏はプロスポーツ以外にも可能性を感じているという。「部活動であっても遠征や大会などで人が動きます。そこには宿泊先やお弁当屋さん、スポーツクリニックなど多くの人が関わりますから、それを中心にみんなで盛り上げようという気運が高まれば、もっと地域が元気になる。スポーツにはそうした力や可能性があると思います」(山﨑氏)。スポーツとDXの力で、これまで関わりのなかった人たちが横の繋がりを持てるとしたら、まだまだスポーツとDXを活用した町づくりには可能性がありそうだ。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:静岡県藤枝市

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