引退後の道しるべになる!? 義足のレジェンドがパラ陸上の強化委員長に!

引退後の道しるべになる!? 義足のレジェンドがパラ陸上の強化委員長に!
2025.04.04.FRI 公開

パラリンピックで活躍したパラアスリートがコーチや監督として活躍する例が少しずつ増えている。それぞれの競技団体がロサンゼルスに向けて体制を整えるなか、夏季パラリンピックの花形競技である陸上競技は、新たな強化委員長に“義足のレジェンド”を迎えた。

“パラリンピアン強化委員長”の誕生

「陸上競技はパリパラリンピックで9個のメダルを獲得しましたが、金メダルはゼロ。次のパラリンピックでメダル量産化できるよう、いろいろな施策のアイデアを形にしていきたい。ロサンゼルスは、金メダルを含む13個以上のメダル獲得が目標です」

鈴木氏とともに知的障がいクラスのハイパフォーマンスディレクター・奥松美恵子氏が中期計画と強化方針を発表した

3月27日に行われた日本パラ陸上競技連盟の記者会見に、4月1日から強化委員長として本格的に船出した鈴木徹氏が登壇。2028年にロサンゼルスで開催されるパラリンピックに向けた意気込みを語った。

選手からもメディアからも「徹さん」と呼ばれる。2000年のシドニーパラリンピックから走り高跳びなどでパラリンピックに6大会出場した“義足アスリートのパイオニア”だ。パリ2024パラリンピックには選手として出場を逃したものの、コーチとして選手団に入り、跳躍種目の選手たちをサポートした。

義足のジャンパーとして6度パラリンピックに出場。2008年の北京大会では日本代表選手団の旗手を務めた鈴木

鈴木氏は強化委員長という道を進んだ理由をこう明かす。
「本当は(強化委員長には)ロサンゼルスが終わってから立候補しようと思っていました。スタッフとしてパリに行き、やりたいことがたくさん出てきたので(予定を早めて)立候補させてもらった。パラ選手でもできることを示したいし、覚悟はあります。(ロサンゼルスまでの)3年間勤め上げたいです」

日本パラ陸上競技連盟によると、選手出身の強化委員長は初めて。

新体制では、パリ大会男子5000m(T11) 銀メダルの唐澤剣也らをゴールドメダルターゲット選手と位置づけたほか、強化スタッフにパラリンピアンの樋口政幸氏、オリンピアンの高平慎士氏が編成された。

メダル増産に向けて、ターゲットとなる選手のトータルサポートに加え、即戦力となる選手の発掘と育成、ファンダメンタルの構築(基礎的な体力や動きの強化、選手の社会性を高めるための取り組み)を推し進めていくという。

なお、鈴木氏は、ロサンゼルス大会前までに実現させたい自身のアイデアとして「選手だけではなくコーチなども称える年間アワードの設立」「視覚障がいのあるランナーと走るガイドランナーの増員計画」「競技力向上などを目的とした国際グランプリ大会の開催」「アスリートの練習サポートや子育てをしながら競技を続ける選手の支援」などを挙げた。

記者会見には日本パラ陸上競技連盟杉本敦男専務理事(右)も出席した

「アイデアを形にすることにやりがいを感じている。たくさん挙げさせてもらったが、全部ではなくても3年かけてできるだけ実現したいし、(外資系メーカーの社長として活躍した専務理事の)杉本さんにも聞いて優先順位をつけながら達成していきたいと考えているので、ご期待いただければと思います」

名選手から名コーチへの道

“パラリンピアン強化委員長”の手腕は、どのように発揮され、ロサンゼルス大会やそれ以降へと結実するのか。その行末にも注目したいが、パラアスリートのデュアルキャリアという視点で見ても興味深い。

2023年と2024年の世界選手権に選手兼コーチとして参加。指導者に専念したいと考えるようになったという

鈴木が強化委員長というキャリアを考え始めたきっかけは、身体部門のハイパフォーマンディレクター平松竜司氏からの「やってみないか」の一声だった。

コロナ禍の2021年5月。国立競技場で行われた東京2020パラリンピックのテストイベントに参加した鈴木氏は初対面だったという平松氏をいぶかしがりながらも、対話をスタートさせた。その後、東京パラリンピックを経て、パリパラリンピックに向かう道のりの中で選手兼パートマネージャーを引き受け、経験を積んた。

パラアスリートのキャリア形成について考えてきたという平松ハイパフォーマンディレクター

平松氏は言う。
「パラの陸上競技に関わるようになって感じたのは、スポーツにおける『する、みる、ささえる』のうち、ささえるという領域に入っている当事者がいないということ。強化委員長という花形である役目を、当事者である選手が担ってもいいのではないか。そう考えたときに、走り高跳びで2mという大台を跳んだ実績も持ち合わせている鈴木選手に声をかけてみようと思った。当時41歳で次のキャリアを考えている頃なのではないかとも考えました」

トップパラアスリートが第一線を退いた後のロールモデルを作りたい――平松氏の思いを受けて鈴木氏の新しいキャリアがスタートした。ロサンゼルスまであと約3年。多くの可能性が詰まった取り組みのなかで選手たちを輝かせることができるか。次のパラリンピックに向けた陸上競技チームの挑戦が本格的に始まった。

選手・関係者の応募により決定したスローガンを掲げる鈴木委員長、杉本専務理事、増田明美会長、奥松氏

鈴木 徹(すずき・とおる)
1980年、山梨県生まれ。SMBC日興証券所属。中学・高校時代はハンドボール部に所属し、全国大会で活躍。18歳のときに交通事故で右足を切断した後、走り高跳びを始め、20歳でシドニーパラリンピックに出場。6度連続パラリンピックに出場し、最高順位は4位。自己ベストは2m02。山梨市観光大使。「信玄餅、シャインマスカット、富士五湖で見る逆さ富士がおすすめです」

text by Asuka Senaga
photo by Hiroaki Yoda

引退後の道しるべになる!? 義足のレジェンドがパラ陸上の強化委員長に!

『引退後の道しるべになる!? 義足のレジェンドがパラ陸上の強化委員長に!』