「パラスポーツメッセンジャー」が社会を変える! スピーチトレーニング&講演が大反響
――「車いすになってから人生が面白くなった」「パラリンピックと出会い、人生を輝かせることができた」
壮絶な経験をしながらも強い輝きを放ち、競技者としての環境も切り開いてきたパラアスリートが持つ言葉は、いつだって聞く人の心を突き動かす。
東京2020パラリンピックを控え、パラアスリートの講演ニーズが高まる一方で、話し手のスキルが追いつかない現状をなんとかしようと、日本財団パラリンピックサポートセンター(パラサポ)が動いたのは、2017年7月のこと。現役アスリートはもちろんのこと、元選手や指導者を対象に、パラスポーツに特化したスピーチトレーニングプログラムを開発し、同10月に本格的にスタートさせた。
さらには、このプログラムを修了した受講者を「パラスポーツメッセンジャー(※)」と認定し、パラスポーツを通してインクルーシブな社会を実現するための“伝道師”として全国各地に派遣。5月に講演を受けつける事務局をオープンしてからというもの、企業や学校、自治体から予想を超える反響があり、約7ヵ月ですでに9500人が聴講する成果を上げている。
現役から指導者まで25人が修了! パラスポーツメッセンジャー認定者
【パラリンピアン・パラアスリート】根木慎志(車いすバスケットボール)、神保康広(車いすバスケットボール)、三宅克己(車いすバスケットボール)、永尾嘉章(陸上競技)、杉内周作(水泳)、田口亜希(射撃)、太田渉子(テコンドー)、秦由加子(トライアスロン)、齋田悟司(車いすテニス)、マクドナルド山本恵理(パワーリフティング)、野口佳子(自転車)、西崎哲男(パワーリフティング)、北田千尋(車いすバスケットボール)、円尾敦子(トライアスロン)、多川知希(陸上競技)、中澤隆(トライアスロン)、清水千浪(車いすバスケットボール)
【指導者】山崎沢香(車いすバスケットボール)、信田憲司(パラアイスホッケー)、山岡彩加(パラローイング)
※2018年12月現在
※公開している認定者のみ
現在、受講中! リオパラリンピック7位入賞のアーチャー上山の決意
大阪を拠点とする現役アーチェリー選手の上山友裕は、パラスポーツの認知度UPの必要性をこう熱弁する。
「東京パラリンピックの競技会場がガラガラだったら嫌ですから。自分たちの競技を広めるために、選手たちも動かなくてはいけない。そのためのひとつが、きちんと聞き手に伝わる講演活動。僕は自分の試合のときにアーチェリー会場を満員にすると公言していますが、パラリンピックを盛り上げるために、そういう意識の選手が増えないといけないと思うんです」
自身を振り返ると、2016年にリオパラリンピックに初出場したあと、インタビューや講演の依頼がぐんと増えた。持ち前の明るさから小中学生の心をつかむのは難しくなかったようだが、対象が大人になると勝手が違う。企業に出向いた際には、壇上から居眠りをする人を見てショックを受けた。聞き手に分かりやすくメッセージを伝えるスキルの習得が必要だった。
その上山のほか現在、51名が受講する本プログラムは、パラアスリートに特化した内容で構成されていることが特徴であり、パラアスリートとしての経験に基づくテーマだけでなく、世間のニーズやインクルーシブな社会の実現に向けたパラサポのメッセージにも対応した講演実施を想定して作成。構成の検討、資料作成、プレゼンテーションの基礎を学ぶ実際のトレーニングは、受講者のスキルや要望に合わせて約90分のセッションが6~8回実施され、プレゼンや人材育成に経験豊富なコンサルティング専門企業のプロから学ぶというものだ。
この日もトレーニングをこなした上山は「自分が当たり前だと思っていたことも、複数の講師と話をしていると、この話題は自分の武器になるんだなという発見がある」と話し、「プログラムを受け終わってから講演をするのが、今から楽しみでなりません」と充実感をにじませた。
車いすバスケットボールの清水千浪がパラスポーツメッセンジャーになった理由
3年前に始めた車いすバスケットボールで頭角を現し、インドネシア2018アジアパラ競技大会の女子日本代表になるなど活動の幅を広げている清水千浪は、滋賀県を拠点とする現役選手。
普段は関西のクラブチームに所属しているが、東京パラリンピック開催が近づくにつれて地元の学校などから体験会や講演会の依頼が数多く舞い込むようになった。だが、病気で車いす生活になるまで人前で講演をするような経験はほとんどなく不安に思ったため、自己発信力(話す力)の向上を目的に本プログラムを受講したいと手を挙げた。
東京とスカイプをつないで行うことが多かったトレーニングは「周囲に薦めたいと思うほど、楽しい時間だった」と清水は言う。
「プログラムを終えてから、すごく堂々と話せるようになり、子どもたちに夢を持ってもらいたいという講演の目的も明確になりました。とくにプログラムに取り組む中で学んだ多様性というテーマについては、『障がい者は茶髪の人や眼鏡の人と同じであって、個性を持っているだけ』という、今まで自分になかった考え方ができるようになり、非常に勉強にもなりました」
いまは現役邁進中の清水だが、いつか競技を退く日が来ても社会貢献活動としての講演活動を続けるつもりだ。
パラスポーツメッセンジャーの養成と実践の促進が秘める大きな可能性
プログラムの開発には企業もプロボノとしてかかわった。プログラム開発者のひとりで、実際に3人のパラリンピアンのトレーニングを担当した海老原城一氏も、熱い思いを持つひとりだ。
もともと女性の活躍促進のための機会創出などインクルージョンというテーマに興味はあったものの、パラスポーツ競技団体の運営に関する調査にかかわったことがきっかけで、パラスポーツや障がいのある人たちと出会い、議論を重ねた結果、インクルーシブな社会を目指すうえでも、パラアスリートが持つ優れた発信力を活用しない手はないと考えるようになり、プログラムに携わった。
「パラサポの皆さんと話をしていて驚いたのは、世界と比べて日本は障がい者がいないと思われるほど、外で見かけないというエピソードでした。よくよく考えてみると、自分の周りにも車いすユーザーはいましたが、手を貸さなきゃいけないと気遣う対象であったりして、みんなが率先してあいさつをし合うような関係性を築けていたわけではなかった。それを変えなくてはいけないと気づかされましたし、インクルーシブな社会の実現を目指すうえで、発信力のあるパラアスリートが、『障がいのある人たちは決して特別な存在ではない』というメッセージを伝えることが効果的だと思うんです」
伝え手であるパラアスリートや指導者に期待されるメッセージは、一人ひとり異なるし、答えはない、と海老原氏は力を込めて話した。
プログラムの目的のひとつである、「講演などを通じて、他者の意識や行動に影響を与えられるようになること」の実現に手ごたえを感じているのは、パラサポ推進戦略部 プロジェクトリーダー金井大地。
「トライアスロン競技でリオパラリンピックに出場した円尾敦子選手のトレーニングを担当しましたが、修了講演の聴衆は東京オリンピック・パラリンピックに深くかかわる企業の方。『リオの競技場はかっこよく装飾されていたけれど、弱視の自分にとっては見えづらかった』という円尾選手のリアルな体験談に対して、すぐに反応があり、実際に東京大会を準備する担当者が意見を聞くことになったと聞いています。パラスポーツメッセンジャーの講演が、東京大会を準備する人たちのアクションに直結したという事例は、担当者冥利に尽きる嬉しい報告でしたね」
パラスポーツメッセンジャーが、日本の社会を変える、欠かせない存在になるかもしれない。パラサポは2020年に向けて100名のプログラム修了生を育成することを目指し、さらに発信力のある応用A級、S級のパラスポーツメッセンジャーも養成していく。
<Report>受講生・修了者向け特別セミナー
パラアスリート・スポーツ指導者を対象としたスピーチトレーニング「パラスポーツメッセンジャー」育成プログラムが、本格始動から1周年の節目を迎え、12月21日に受講生・修了者向け特別セミナーと懇親会を日本財団パラアリーナで開催した。
特別セミナーには、フリーアナウンサーの平井理央さんを迎え、「話し方で伝わり方が変わる」をテーマに、実際に平井さんも行っているという、肩や唇の力を抜くストレッチや声の響きや舌の回りを確認するための練習法を伝授。同プログラムを通じてスピーチ内容を磨いている選手たちに、「上達のためには場数を踏み、その人に合った話し方を見つけて」とメッセージを送っていた。
※2020年6月追記:プログラムの名称が「パラスポーツメッセンジャー」から「あすチャレ!メッセンジャー」に変更されました。
text by Asuka Senaga
photo by Masashi Yamada