トライアスロン土田和歌子、3競技目で出会った新しい自分

トライアスロン土田和歌子、3競技目で出会った新しい自分
2018.12.29.SAT 公開

2018年1月、パラスポーツ界に衝撃が走った。1998年長野パラリンピックのアイススレッジスピードレース金メダリストであり、2012年ロンドンパラリンピックでは日本代表選手団の主将も務めた土田和歌子が、陸上競技・車いすマラソンからトライアスロンへの転向を表明したのだ。「新しい挑戦は楽しい」と話す土田に、トライアスリートとして過ごした初めてのシーズンを振り返ってもらった。


未知の世界との遭遇

リオ2016パラリンピックの車いすマラソンでは1位と1秒差の「4位」に終わった。それでも、未知の競技であるトライアスロンに転向する決意をした。この時点で、土田のクラスが東京2020パラリンピックの種目に採用されるかどうかは分からなかった。だが、リオ後、クロストレーニングとしてトライアスロンに取り組むうちに、限界に挑戦できるトライアスロンというスポーツにのめり込んでいった。

車いすマラソンからトライアスロンへの転向した土田和歌子

土田和歌子(以下、土田) 車いすマラソンで「やり残したことがない」と言えば嘘になります。でも、トライアスロンで自分の可能性にチャレンジしてみたいなと思うようになったんです。もちろん競技者として東京パラリンピックのメダル獲得を最大の目標に据えていますし、次が東京だと思うとわくわくしますが、そこは一年一年の積み重ねでたどり着くものだと思っています。

日本を代表するパラリンピアンのひとりであり、夏冬合わせて6回のパラリンピックに出場している土田だが、意外なことに、パラリンピックに出場することへの執着は一切ない。パラリンピックやメダルはあくまでもパフォーマンスを追求していく先にあるもの。それは、これまでと変わらない考えだ。

土田 私がやってきた車いすマラソンは、42.195㎞を走る競技。その距離を走り切る耐久性や繰り返し行われる駆動をより強いものにし、スピードにつなげていくところが重要でした。トライアスロンは、スイム、バイク、ランの3つのパートをつなぎ合わせるうえで、まずはそれぞれ異なる体の使い方をしっかり習得しなければならないけれど、スイムとバイクはほぼゼロからのスタートだったので……大変ではありますが、新しい世界を知ることは楽しいですね。

笑顔でインタビューに応える土田

スイムの恐怖を乗り越えて

その中でもっとも苦手なスイムに重点を置いてシーズンを過ごし、その結果、年4回あるワールドトライアスロンシリーズの集大成といえるグランドファイナル(オーストラリア・ゴールドコースト)で2位(PTWC/車いすを使用するクラス)の成績。土田にとって大きな成果だった。

土田 もともと海水浴やプールは好きでしたが、競技として取り組んだことはないし、もちろんスキルもありません。スイムの頻度を上げて練習してきたものの、プールと海はやっぱり違います。海の環境、気象状況というのが左右する中で練習する厳しさも感じたし、最初はすごく恐怖でした。レースでも、泳いでいてコースを見失ってしまったり、ほかの選手の脚がたくさん見えるバトルの怖さを経験したり……スイムの難しさに直面した一年間でしたから、グランドファイナルで初めて怖さを払拭し、コースや環境の違いもあるとはいえ、スイムを以前より3分以上縮められたのはうれしかったですね。ようやく泳ぎ切る力が養えてきたかなと思います。

トライアスロンのナショナルチームは、ひとつのチームで動くことが多い。同じ車いすの選手もいるが、切断やブラインドなど、ほかの障がいの選手とともに遠征に行ったり、練習をしたりすることもある。それも競技転向をして変化したことのひとつだ。

土田 もちろん練習内容が異なることもあるけれど、情報を共有できてすごく有意義だと思うし、新しい発見があるんです。たとえば、陸上競技では自分は車いすのなかでも障がいが軽いということで重度選手のサポートをするのが常だったんです。でも、いまはチームのなかで私がいちばん重度なんですよ。トライアスロンは、競技用具も3パート分あって荷物の運搬に苦労したり、海で泳ぐレースでは体温調整の難しさに直面したりと、この競技を始めてから、自分の障がいと向き合う時間が増えましたね。

2018年のITU世界パラトライアスロンシリーズ横浜大会で優勝を飾った ©X-1

そして、東京2020パラリンピックへ

その土田に東京パラリンピック実施種目決定の知らせが届いたのは2018年8月のこと。自国開催のパラリンピックという大きな目標ができ、心境の変化はあったのだろうか。

土田 東京パラリンピックで私の属するPTWC女子の実施が正式に決まり、目の前に大きな目標ができました。道が開けたのは、やはり大きなモチベーションになりますし、目標から逆算して計画を立てやすくなります。出場できるかどうかは2019年の世界ランキングにかかってきますし、しっかり実績も残していかなければならない。2020年を大きな目標に取り組んでいきますが、あまり時間はありませんね。

競技転向2年目の2019年は、まだ乗りこなせていない2種目目のハンドバイクを強化しながら、継続してスイムも強化し、グランドファイナル(スイス・ローザンヌ)を目指す。

やっぱり、今まで苦手だったところから普通くらいになって、普通くらいから得意になるっていうのがベストだと思うんですよね。なので、2019年は階段を上るように、2018年のスイムと同じ過程を踏んで、バイクのレベルアップをしていきたいです。

常に高みを目指す土田の言葉にはよどみがない

そんな土田が約20年前に、陸上競技を始めたときから、支えにしているという、こんな言葉を教えてくれた。

土田 「逆境に耐えて咲く花こそ美しい」。この言葉は、泥水の濃度が高ければ高いほど大輪を咲かせる、蓮の花を連想させる花言葉でもあります。“泥水”はたとえるなら“困難”。自分も苦しいとき、何度もこの言葉で励まされてきました。

トライアスロンに転向し、練習する種目が1種目から3種目に増え、専門のコーチや(パートの移り変わりを補助する役割の)ハンドラーとの練習を取り入れるなど、めまぐるしい日々ですが、新しい刺激を力に変えて、日々の練習をしっかりやっていきたいと思います。


輝かしい実績の裏で「たくさん失敗してきた」という。トライアスリートとしての道を進み始めた土田は、新天地でどんな花を咲かせるか。限界に挑戦する土田の3競技目のパラリンピックへの挑戦が、いよいよ始まる。

text by Asuka Senaga
photo by Hiroaki Yoda

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