冬季パラリンピック4大会連続メダリスト 森井大輝の飽くなき挑戦~チャレンジは終わらない~

冬季パラリンピック4大会連続メダリスト 森井大輝の飽くなき挑戦~チャレンジは終わらない~
2019.01.11.FRI 公開

アルペンスキーヤー・森井大輝のオフシーズンは、ルーティーンワークだけで終わらない。
チャレンジを続ける男、それが森井というアスリート。
2018年、平昌冬季パラリンピックで銀メダルを獲得した数ヵ月後には、そのフィールドを変え、パワーリフターとして大会に臨んだ。

≪前編はこちらから≫

スキーへの意外な効果 

パワーリフティングに本格的に取り組んだ2018年のオフシーズン。
この挑戦は、アルペンスキーにも良い変化をもたらすと森井は期待する。
「スキーでは体重が重い方がスピードが出るんです。体幹トレーニングのやり方を変え体も大きくしているので、体自体がだいぶ違うものになり、パワーもはるかに大きくなっています。パワーリフティングは、一瞬にその全てを出さなければいけないっていうところで、競技に対しての心構えだったり、気持ちの作り方だったり、スキーに通じるものがあると思っています。一回一回、試技への集中力がすごく増しているような感覚があるので、アルペンスキー競技でも、一本一本の集中力を高めて、スタートバーを切ることができるのではないかと思います」

そして、気持ちの面においても、競技歴20年という“ベテラン”の心に新たな風を吹かせた。
「パワーリフティングは道具を使わない、体ひとつの競技。道具というものがすごく重要なアルペンスキーとは正反対です。そういう違いというのはとても新鮮です。これまでひとつの競技しかやってこなかったなかで、違う競技に飛び込んで、そこでいろんな方に出会って、いろんな刺激をもらうというのはすごく楽しいです。それに、パワーリフティングの選手としてアルペンスキーを見たときに、(心技体において)ああ、僕たちこの部分ではすごく頑張っていたんだなと思うところもあれば、逆にまだまだ改善しなければいけないところも見えたりするので、アルペンスキーを一歩引いたところで見ることができるのは、新鮮で面白いなと感じています」

競技としてパワーリフティングへの挑戦を始めた森井

“チャレンジ”で掴んだ銀メダル

「今年はまたチャレンジの年だと思っています」
森井は言葉に力を込める。
頂点まで登りつめ自分流のメソッドを確立した人間にとって、新たなチャレンジをすることは、ときに恐怖でもある。
しかし、森井はチャレンジすることに対して、一切躊躇しない、
「ひとつの技術に特化せず、すべてを崩してゼロからまたスタートできるのが僕の強み」だと話す。
チャレンジした先に、平昌パラリンピックでの銀メダルがあった。

長い競技歴を持つ森井をもってしても、感覚的には直角に近いような斜面を超高速で滑り降りるアルペンスキーは恐怖心との戦いだという。
その恐怖心を克服するヒントを、モータースポーツから得た。
サーキットのコースで、テストドライバーが運転するレーシングカーの助手席に乗り、260km/hのスピードを体感した。
「オーバル」というすり鉢状のコースをぐるぐる回ると、ぐーっと真上から押しつぶされるようなG(重力)が発生する。そのGは、チェアスキーにも発生するGだという。
アルペンスキーの高速系種目、スーパー大回転や滑降で、そのGがぐっと発生すると(うっ、恐い)と感じるそうだ。
それと同じ感覚がレーシングカーでも起こり、(このコース嫌だな…)と思っていた。
すると、テストドライバーがこう言った。「いや、そうじゃないんだよ。このGは、タイヤのグリップが発生して安定している時にしか発生しない。だから、このGが出ているときはアクセルを踏んでいけるんだよ」
(恐いと感じていたこのGが発生する時は、安全なんだ…)
その瞬間、これまでマイナスだと思っていたものがプラスに働いた。

実際、平昌パラリンピックのコースでも、そのGが発生するポイントがあった。
多くの選手がそのGから逃れるために、エッジをパッと外して減速したが、森井はそこでスキーを踏み続けてスピードを落とさなかった。
それが、滑降種目での銀メダルにつながった。
「環境を変えていろんなことにチャレンジしたことによって、獲得することができたメダルでした。僕が目指していたのは、本当はもうひとつ上のメダルなんですけど、でも、本当に良かったなと思います。もっともっと自分自身、まだ速くなれるという思いがあるので、また次も目指したいと思っています」

平昌パラリンピック男子滑降(座位)で銀メダルを獲得
© Getty Images Sport

走り続けるアスリート

自分に何ができるのか、自分には何が向いているのか、とことん追求する森井のチャレンジ精神は留まることを知らない。
昨年のオフシーズンには、GT選手権やスーパーGTといったモータースポーツのレースに足を運んだ。
さらには、アジア競技大会でデモンストレーション競技として行われた、eスポーツの決勝を目の前で観戦した。実際に体験もするなかで「車いすユーザーでも十分にチャレンジできる」と可能性を感じた。
そしてもちろん、パワーリフティングという大きなチャレンジも忘れてはならない。
森井は、2018年12月頭にコロンビアで開催された「ボゴタ2018アメリカ選手権」に出場した。
一回目の試技で125kgの挙上に成功。続いて、133kgに挑戦するも、二回目、三回目と失敗。125kgという記録で大会を終えた。
少しずつではあるが、着実に前進をしている。

現在は、アルペンスキーヤーの顔に戻り、TEAM JAPANに合流して、ヨーロッパで行われるワールドカップを転戦する生活を送っている。
パワーリフティングに時間を費やし、例年よりスキーの滑り込みが少ない分「レースもチャレンジの場に替えて、いろんなことをテストしながら、新しい滑り方を確立していきたい」と話す。
世界選手権を含む今シーズンの戦いは、3月まで続く。
「『ワールドカップの総合何位に入ろう』というような成績や数字を追いかけるというよりは、その先につながるような技術やテクニックを身につけて自分のものにする」
それが、今シーズンの目標だ。

歩みを止めることなく、新たな可能性にずんずんと立ち向かう、貪欲なアスリート。 北京に向け、東京に向けて、森井大輝のチャレンジは続く。

text & photo by Rihe Chang

冬季パラリンピック4大会連続メダリスト 森井大輝の飽くなき挑戦~チャレンジは終わらない~

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