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スノーボード
全国障がい者スノーボード選手権、激戦の下腿障害の部は市川貴仁に栄冠!
国内唯一のパラスノーボードの大会「第5回全国障がい者スノーボード選手権大会&サポーターズカップ」は2月17日から18日、長野県の白馬乗鞍温泉スキー場で開催された。実施されたのは、バンクやジャンプなどがあるコースで競うスノーボードクロス。選手に同行するサポーターも「健常者一般」の部で出場し、約30人がそれぞれのクラスで優勝を争った。
熱戦の「下腿障害」は市川貴仁が制す
スノーボードが新競技として採用された平昌パラリンピックが昨年閉幕し、2022年の北京パラリンピックへ向かうメンバーも出場した第5回大会は、男女「下腿障害」、男子「上肢障害」、男子「大腿障害」、男女「健常者一般」の部が行われた。ときに激しくぶつかり合うこの種目。まずは、出場人数の多かった男子「下腿障害」に注目した。
初日の「下腿障害」予選は、10人が単独走を2回行い、1回目に38秒03で滑降したナショナルチームのメンバー田渕伸司が1位、3度目の優勝を狙う市川貴仁が38秒50、昨年8月にナショナルチーム入りした岡本圭司が38秒97で後に続いた。この結果に「悔しい。明日は絶対勝つから」と周囲に巻き返しを誓っていたのは市川だ。
2人同時に出走し速かったほうが駒を進めるノックアウト方式の決勝トーナメントは、予選1位から3位の選手と、2017年度ナショナルメンバーの鈴木隆太が順当に準決勝へ進出した。
第2シードの市川は、準決勝でまず岡本を退ける。勝敗の分け目になったのは第4バンク。スタートで出遅れ、岡本に先行を許したものの、「抜けるタイミングを冷静に考えていた」という市川は、後ろからプレッシャーをかけ続け、勝負所を迎えると一気に加速し、インを突いて抜き去った。
抜かれた場面を振り返り、「市川くんに『あそこ、(コース)を空けちゃダメですよ』と試合後に言われました」と苦笑いしたのは岡本だ。そして、決勝戦の後、市川は同じ言葉を田渕にも伝えることになる。
準決勝同様、スタートで出遅れた市川だが、田渕の後ろにぴたりとつき、ボードをぶつけ合いながらけん制。そして、第4バンクを過ぎてから板を加速させ、左側のオープンスペースから抜き去ると、3連覇へと駆け抜けた。
逆転を許した田渕は、「市川には『岡本さんとまったく一緒のところを空けたよね』と言われました」と苦笑し、「彼は狭いコースで後ろから抜くのがうまい。やられました」と悔しがった。
一方、「確実に連覇することが目標だった」とまるで高校球児のような清々しい笑顔を浮かべた市川は、「今回、あらかじめ構成していた通りのレースができた」と振り返る。
「田渕さんも岡本さんも、だいぶ右から第4バンクの入り口に入り、左側が空くのを把握していたんです。スタートで遅れたけど、今までと違い、落ち着いて抜くべき場所で抜けました」
2013年に交通事故に遭い、左足を切断してからスノーボードを始めた市川は、今回の結果に成長の手ごたえを得ていた。
「下腿障害」は3強時代へ
平昌パラリンピックを終えてから、「下腿障害」の部では国内の戦力図に変化が起きている。バンクドスラロームで金メダルを獲得した成田緑夢がスノーボードから引退し、今回の上位3人が中心メンバーへと変わった。
スノーボードクロスの世界ランキングは、2月現在、市川が6位、田渕が7位、岡本が17位。練習環境に恵まれているのは市川で、新潟県のスキー場で働きながら、日本で初めて健常のスノーボードクロスに参戦した福島大造氏の指導を仰いでいる。
二星謙一スノーボード委員長は「福島さんのもと、単なる強さだけでなく、アスリートの心構えも学べている」と目を細める。市川が見ているのは、もちろん2022年の北京パラリンピックだ。
「あと3年しかないので、1年1年しっかり目標を持って過ごしたい」と市川は、意気込んだ。
そして、おもしろいのが「パラスノーボード界の新星」である岡本の存在だろう。かつて日本の第一人者のプロスノーボーダーとして活躍した37歳は、スロープスタイルでいかに“魅せるか”を考える競技人生を送ってきた。しかし、2015年2月、撮影中の事故で脊髄を損傷し、いま右足はほぼ動かない。
そんな岡本は昨年、この大会に初出場し、競技の世界に戻ってきた理由を「仕事でスノーボードに関わっているので、滑れない自分との間に葛藤があったから」と明かす。さらに「スロープスタイルがオリンピック種目入りしたのはソチオリンピックから。もう少し早く採用されていたら僕にもオリンピック出場の可能性があったかもしれないけど……」と大舞台へ上がれなかった残滓もある。
だから、北京パラリンピックを目指す覚悟を決めた。長丁場を戦う決意は、来月の世界選手権出場を見送ったことにも表れている。現状、「うまくいっても入賞レベル」で、それならじっくり態勢を整えるために時間を使いたかったという。実は今回、レース用の板ではなく、パウダー用の板で出場。
「(レース用の板は)まだ持ってないんです(苦笑)。これから1年かけて練習と、ギアのセッティングやワックスを学んでいきたいと思います」
岡本が戦う態勢をしっかり整えたときの飛躍を予感させる結果もすでにある。市川の競技用に板を借りて臨んだ2月上旬、カナダでのワールドカップで7位に食い込み、ポテンシャルの高さをうかがわせた。8位に留まった田渕は、「カナダでは『勝てない』と思わされるほど、圭司は速かった」と振り返り、二星委員長は「クロスの経験を重ねれば、もっと成績は上がるはず」と期待を寄せている。
「上肢障害」は大岩根正隆が2連覇
なお、平昌パラリンピック日本代表の小栗大地のケガにより「大腿障害」の部は、陸上競技でも活躍する小須田潤太ひとりの出場となった。
「上肢障害」の部は、大岩根正隆が2回目の出場で今年も頂点に立っている。大きな笑顔が魅力の大岩根は「今日の滑りは合格点ですが、課題はスタート。片腕なので体を引くことが難しく、両手で引ける下肢障害の選手よりタイムが遅い。でも、下肢のトップのタイムに近づけたので、スタートを変えていけば世界に通じると思う」と前を向いていた。
女子の「下腿障害」の部を制した小林はま江は、「多くの人にとってスノーボードクロスは怖いという印象があるでしょうが、楽しいのでもっとハンデがある人も参加してほしい」とアピールしていた。
3月下旬にフィンランドで行われる世界選手権には、市川、田渕、小栗、小須田、大岩根の5人が出場を予定している。
2022年の北京パラリンピックに向けてトップ選手たちがどんな変貌を遂げるか、注目し続けたい。
下腿障害エキスパート:1位 市川貴仁 2位 田渕伸司 3位 岡本圭司
大腿障害エキスパート:1位 小須田潤太
上肢障害エキスパート:1位 大岩根正隆
下腿障害一般男子:1位 小川聖一 2位 小礒孝章 3位 岩瀬亮祐
下腿障害一般女子:1位 小林はま江 2位 山口明美
上肢障害一般:1位 加藤健治 2位 百瀬勝喜
健常者一般男子:1位 阪勇斗 2位 加藤大樹 3位 小林拓未
健常者一般女子:1位 森恵美 2位 岡本純子 3位 大岩根涼子
text by Yoshimi Suzuki
photo by Haruo Wanibe