16年ぶりのパラリンピックへ。パラ馬術・鎮守美奈の不屈の精神力

16年ぶりのパラリンピックへ。パラ馬術・鎮守美奈の不屈の精神力
2019.09.09.MON 公開

2004年。馬術がパラリンピックで正式競技になり3度目の大会がアテネで行われた。パラ馬術では、それまで大会主催者が提供する馬が割り当てられ、その馬で競技に参加する貸与馬制だった。しかし、アテネからは自分で馬を用意して参加する「自馬戦」となり、環境が急速に変化した。そんな厳しい環境にも負けず、鎮守美奈は日本人唯一のライダーとして出場権を獲得し、初めてのパラリンピックに挑んだ。

初めてのパラリンピックで遭遇した“魔物”

最重度の障がいクラスで戦う鎮守は初めての大舞台で、実に苦い経験を味わった。パートナーはオランダ産のセン馬(*)、ニッポン。初日のチャンピオンシップテスト(規定演技)は62.421%(16人馬中14位)。そして音楽に合わせて演技する自由演技は62.625%(15人馬中12位)。結果は決して悪いものではないが、演技を終えるまでに相当な苦労があった。

鎮守美奈(以下、鎮守) 競技2日前の練習中、馬が音楽に反応して2回続けて落馬しました。大会当日の個人規定演技前、待機馬場での練習中に、馬の状態を読めない程の緊張していた私に、コーチから「鞭を入れなさい!」という声。先日の落馬の記憶がよみがえり、鞭を入れることすらためらい、そして会場から聞こえてくる観客たちの大声援に圧倒され、平常心を失い、恐怖心と闘いながら本馬場に入りました。その記憶しか残っていません。

*セン馬:去勢された牡馬

日本代表としてアテネパラリンピックに出場した

馬という生き物は音に敏感なため、何がきっかけで驚いて走り出したり飛び跳ねたりするかわからない。鎮守のように障がいが重い選手の競技は、速歩(はやあし)や駈歩(かけあし)など早いペースで馬を動かすのではなく、すべて常歩(なみあし)という、いわゆる「歩く」ペースのみで行われる。そのことからもわかるように、とっさの馬の動きに対応し、バランスを保とうとするのは非常に難しく、落馬することもある。

鎮守の気持ちを大きく揺り動かしたこのときの経験は彼女のトラウマとなり、アテネ後はしばらく国際大会への出場を休止。乗り越えるまで相当な時間を要した。

再び世界を目指すのか。迷いの日々は続いたが、あきらめることはなく、復帰の日を迎える。2007年のハートピュリーFEI世界バラドレッサージュ選手権。サフロンという名の馬と組んで出場したこの大会では、本来の実力を発揮できず、翌年に開催される北京パラリンピック出場権獲得もならなかった。

鎮守 種目の中で一番好きなのは、自由演技なのですが、海外ではなかなか(上位選手しか自由演技に進出できないため)残れなくて残念です。日本では大会に出場する選手数が少ないこともあって演技できるのですが……。

一方、このころから馬術界にも変化の流れが訪れた。パラ馬術はいままで健常者の各種目が開催される世界選手権とは別のスケジュールと会場で実施されていたが、2010年の世界選手権(ケンタッキー)からは同時開催に。障がいのあるライダーたちが健常者と同様に、同じ会場で競技に参加する画期的な大会となった。そんな大会に鎮守は挑戦すると決め、再び国際大会に進出していく。

そして2009年に出場資格をクリアすると、主催国USPEA(アメリカパラ馬術協会)の力を借り、数多くの競技選手を育ててきた名手からグランゼンドという牝馬を借りることが決まった。結果、世界選手権ではチームテスト7位(64.000%)、規定演技12位(62.800%)、自由演技9位(66.800%)という好成績を収めた。

これを機に鎮守は再びパラリンピック出場を見据えて練習に取り組むようになる。2012年のロンドンパラリンピックは惜しくも出場ならなかったが、2014年の世界選手権(ノルマンディー)では唯一の日本代表として出場をかなえた。だが、2016年のリオパラリンピックは、資金を工面することができず挑戦を断然した。それでも、彼女が馬に乗り続けているのは、なぜだろうか――。

鎮守 競技に挑戦し続ける理由は、一言では言えませんが、私自身が悔いのない人生を歩みたいからです。もちろん、馬が好きだということもあります。馬は、私にとって競技をするにあたっての大切なパートナーです。動物なので、意思や感情があり、お互いに感情があるので、日々違うことが楽しいんです。

人馬でパラリンピック出場条件を満たしているジアーナと

こうした最中の2013年、2020年に東京でパラリンピックが開催されることが決定。国内のパラ馬術を取り巻く環境も徐々に好転し、パラリンピック出場を目指すライダーたちも増えてきた。さらに、国内でも国際競技(CPEDI)が開催されるようになり、鎮守も2018年に御殿場馬術スポーツセンターで開催されたCPEDI1* Gotembaに出場するなど実戦経験を積んでいった。

鎮守 2020年は自国開催ですし、どうしても出場したいと思っています。世界のレベルは急速に上がっていて、パラ馬術選手が乗る馬の質も上がってきていますが、ライバルは自分自身だと思っているので、毎回の練習で自分に掲げたテーマにチャレンジしていくだけです。また、いい演技をするために、特殊馬具の調整も欠かせません。最近は新たに使用することになった拍車ベルト(*)をループ手綱(**)と一緒に持って乗る練習をしています。

*拍車ベルト:一般的に拍車とは馬の推進を促すためにライダーが足につける補助道具。これを止めるために使用する革製のベルトを鞍の前につけて補助道具として使用している。

**ループ手綱:一般の手綱と違い、ループがついているものを使用。騎乗時馬に合図をするためにライダーは手綱の持ち位置を変えて長さを変更する必要が出てくる。ループがついた手綱を使用することで手綱が伸び切って落としてしまうことなどを防ぎ、素早くスムーズに手の位置を変えることができる。

強力なサポーターたちと目指す東京パラリンピック

明石乗馬協会で練習に励む

常に高みを見据えて歩んできた鎮守には、強力なサポーターが存在する。長年、鎮守とともに世界に挑み続けてきた明石乗馬協会の三木薫コーチ。ここ10年間、移動や生活面でのサポートを担当してくれているボランティアの大竹美穂さんと井元孝子さん。そして馬の世話や調教などをサポートしてくれるグルームたちなど、彼らをはじめとする数多くのサポーターたちなくして競技生活は語れない。

鎮守 私が長い間、競技を続けられてきたのは、所属クラブである明石乗馬協会のサポート体制が整っていたからです。海外に行くときは薫先生、もしくはボランティアの方に同行していただけるので、とても心強いんです。また今は、多くの方々に支えられているという実感もあります。とくに会社の方々には、いろんな配慮をしてもらっているほか、会社を挙げて応援してもらっていると感じることが多く、モチベーションにつながっています。

会社とは、2018年10月に入社したコカ·コーラ ボトラーズジャパンのことだ。これまでフルタイムで仕事をしていた鎮守は、日本オリンピック委員会(JOC)のアスリート就職支援プログラム「アスナビ」を通して転職。これにより練習時間が増えるなど、東京パラリンピック出場を目指す上で、より競技に集中できる環境を手に入れた。

鎮守 練習の数が増えることにより、実力に変化があったかどうかはわかりませんが、気持ちにゆとりができました。出勤は週2回なので、練習以外に身体のケアもできますし、家での馬関連の事務作業もできるようになりました。

競技結果にも変化の兆候が見られるようになった。2018年に御殿場で実施された国際大会は、パラリンピック出場資格を満たすために出場しなければならない規模の大会にアップグレードされたのだが、ここで鎮守はセン馬のラシーンと組み、チームテスト1位、個人規定2位の成績を収めた。また、2019年3月に同じく御殿場で開催された大会では、ジアーナ(牝馬)と組んでチームテスト(64.286%)、個人規定(65.595%)、自由演技(68.444%)の好成績を収め、パラリンピック出場の一つの条件である62%獲得という最低基準を満たした。

鎮守 競技会のときだけ、明石乗馬協会からお借りしているジアーナは、牝馬なのにおっとりしています。しなやかな歩きをします。「ライダーからの要望を聞いてあげよう。助けてあげよう」と思ってくれているのが分かります。

アクシデントを乗り越え、東京パラリンピックへ一直線

しかし、すべてが順風満帆というわけではなかった。鎮守は2018年8月にオランダに渡り、パラリンピックで勝てる理想のパートナーを探す旅に出た。そして、この馬だ!と思って10月に購入したのがマダム・ジョリーという牝馬。よし、これから一緒に頑張ろうと意気込んでいた矢先、2019年3月に首の病気が判明し、共に競技出場することは一度もないままに療養に入る事態となってしまった。

鎮守 「なんでやねーん」という気持ちでいっぱいです(苦笑)。こんなアクシデントがあるなんて、もうメンタル面ではよっぽどのことがなければ動じないなと感じています。

不運があっても、東京パラリンピックは待ってくれない。親交のあった厩舎の力を借り、次の候補馬を探した。そして2019年6月に出会ったのがダモルカという11歳の牝馬。

鎮守 おとなしくてカリカリしない、すごくいいコ。それに、食いしん坊で。脚への反応もよく、11才と比較的若いからかパワーのある歩きです。甘え上手なコなので厩舎の方々に可愛がられているようです。

現在はオランダのスタッフが国際競技に向けて競技経験を積むなど、ダモルカのトレーニングにあたっている。また、これから練習しなければならないのは鎮守の扶助(馬に対する合図)がダモルカに伝わるようにしていくこと。鎮守の独自なバランスや扶助に慣れて良い運動ができるように練習が必要となり、東京パラリンピックに向ける挑戦は続く。

ベテランの鎮守美奈は二度目のパラリンピック出場を目指す

鎮守 今は、トラブルを多々経験した反動か、たんたんと過ごしていて、気持ちもかなり落ち着いています。幸運にも(新しいパートナーの)ダモルカちゃんにすぐに出会うことができました。このふわっと舞い込んできたチャンスに引き寄せられるようにパラリンピック出場に向けて、彼女と競技会に出て(東京パラリンピック出場最低資格の)62%を獲れるようがんばります。ぜひ東京パラリンピックに出場して、チームに貢献できる選手、人間でありたいですし、これまでご尽力頂いた多くの方々に感謝を持って演技をしたいです。そして、たくさんの人にパラ馬術の魅力を知ってもらいたいです。

好きなお酒と好きな食べ物をいただくことが元気の源という鎮守。果たして、一番好きだというシャンパンで祝杯を挙げることができるか。東京パラリンピックを目指す不屈の物語は、これからがクライマックスだ。

interview by Ayako Tanaka
photo by Yusuke Nakanishi

撮影協力:明石乗馬協会

16年ぶりのパラリンピックへ。パラ馬術・鎮守美奈の不屈の精神力

『16年ぶりのパラリンピックへ。パラ馬術・鎮守美奈の不屈の精神力』