【東京2020】エンブレム&ピクトグラムのデザイン制作秘話を公開!
10月2日、「モリサワデザインフォーラム〜東京2020オリンピック・パラリンピックのエンブレムとピクトグラムのデザイン〜」(主催:株式会社モリサワ)が開催された。「東京2020エンブレム」制作者で美術家の野老朝雄(ところあさお)氏と「東京2020スポーツピクトグラム」制作者でグラフィックデザイナーの廣村正彰(ひろむらまさあき)氏が、デザイン制作秘話をたっぷりと語った。
株式会社モリサワ:
東京2020スポンサーシッププログラム「フォントデザイン&開発サービス」におけるオフィシャルサポーター企業として、東京2020公式フォントを提供。1964年東京オリンピックの際には、NHKの依頼で国産初のテレビテロップ専用写真植字機を開発している。
「エンブレムは、三角定規があれば小学生でも描くことができるんですよ」
フォーラムの前半は、エンブレムのテーマ「個と群と律」と、デザインに採用された組市松紋の仕組みについて野老氏が講演を行った。
エンブレムの組市松紋は、3種類の四角形(小18、中18、大9の合計45個)を組み合わせたものであり、オリンピックのエンブレムは和を意識した円形、パラリンピックのエンブレムは上昇を思わせる上部が空いた形になっている。両者共にパーツ数は全く同じで、組み替えることでそれぞれのエンブレムができるようになっており、共に同じパーツを使用することで平等を表現している、とも語られた。
当初、野老氏はデザインデータ上ではなく、実際に木材で45個のパーツを作成し、パズルの要領でエンブレムを完成させたと言う。
そして、この3つの異なる四角形が、国や文化、思想などの違い、つまり多様性を示し、「角を持つ図形もルール(律)をもって集まれば『和/輪』を成せるのではないか」という着想から今回の組市松紋が生まれたと解説した。
「定規やコンパスを使って実際に手を汚しながら図形と付き合ってみると改めて気づくことが多いんですよね。僕自身、この会場にいる誰よりも数学ができないと言っていいくらい数理的なことが苦手なんですが、矩形とひし形の関係が理解できれば、小学生でも組市松紋を作ることができるんですよ」(野老氏)
紋様の組み替えは、53万通り以上! まさに多様性の表現に適したデザイン
また、オリンピックエンブレムは一見すると左右対称に見えるが、よく見ると120度毎に反復したような形状になっていることがわかる。数学者の方たちが検証したところ、オリンピックエンブレムは539,968通り、パラリンピックエンブレムに至っては、なんと3357,280通りにも組み換えられるということが明らかになり、野老氏自身も大変驚いたそう。ちなみに、パーツを60まで増やして余白(欠けた部分)のない組市松紋を作ると、その組み替えは237億通り以上できることも判明しており、野老氏は、「237億と言えば、世界の総人口をはるかに上回る数。アルゴリズムを用いた研究を行っている建築家の松川昌平さんは、指紋や個人データのようなものとして世界中のすべての人に組市松紋を割り当てられると言っていましたが、237億個もあれば多様性を十分に表現できますね」と組市松紋が持つ可能性についても語った。
エンブレムの藍色は、かつて武将たちが愛した勝色(かちいろ)
エンブレムに採用された「藍色」は、日本の伝統色でもある。今回この色が選ばれた背景には、かつて武将たちに愛された「かちいろ(勝色/褐色)」であり、古くから日本人に愛されてきた色であること、どんな環境下で見ても映える色・強い色であることなど、複数の理由があることなどを紹介。また、この藍色のCMYK(印刷インキ色の配分)は、C=100、K=50、M=86 と決められており、 エンブレムの構成パーツのスケール感と同じ比率(四角形3種は小1:大2:中:√3という比率で構成されている)になっているのも特徴。ここでも「律=ルール」がしっかりと存在している。 今回の講演で、野老氏が東京2020オリンピックエンブレムに込めた「多様性と調和」、「伝統と革新」などの深い想いを知ることができた。
「ピクトグラムの完成まで2年間。気づいたら、20回以上もデザインを更新してました」
フォーラムの後半は、今年の3月12日にスポーツピクトグラムが発表になって以来、制作についてしっかりと話す機会がなかったと言う廣村氏が、「デザインからデザインまで」をテーマにスポーツピクトグラムの制作秘話を初公開した。
オリンピック・パラリンピック合わせて73種類のピクトグラムを制作するに当たり、廣村氏らは最初にこれまでに使用された過去のピクトグラムを検証。開催国それぞれの特徴やイメージが盛り込まれていることを踏まえ、文化的、歴史的、さらにはテクノロジー的側面から東京2020大会がどうあるべきかを議論を重ねたと語る。
世界で初めて公式にピクトグラムが採用された、1964年の東京オリンピックをリスペクト
「当初はひらがなや鳥獣戯画をモチーフにする案も出ましたが、全種目に割り振ることができずに却下。最終的には、スポーツピクトグラムが世界的な大会の公式なものとして初めて採用された1964年東京オリンピックのピクトグラムをリスペクトしたプランで進めることにしました」(廣村氏)
それからは1964年のデザインをベースに、2020年らしくわかりやすいデザインとはなにか?を追求。その一つがアスリートたちのボディラインだ。
1964年に表現できなかったアスリートたちの研ぎ澄まされた姿を盛り込むために、最初はピクトグラムに登場するキャラクターを筋肉質なシルエットにするアイデアが浮かんだ。しかし、試作を重ねるにつれ、逆にボディラインをシンプルにしたほうがその競技特有の動きが浮かび上がると分かり、「らしさ」を失わないよう配慮しながらどこまで削ぎ落とすかを慎重に判断していったと言う。
統一したルールは、頭部は全て円形、胴体部分のシルエットをあえて排除することだ。ただし、野球帽や胴着などの象徴的なギア(道具)は残すなど細部は配慮しながらも、腕と脚で競技の特性を明確に表現することにこだわった。
気が遠くなるほど何度も試作を繰り返し、各競技の特徴を表現
「各競技、大量の写真や映像を確認して作ったのですが、それでも競技に携わっている人にしかわからないポイントがやはりたくさんあるんですよね。各競技団体にチェックしてもらうと修正すべき点が次々と出てくる。例えば、馬術では、馬の顔と足は地面に対して垂直になっていないと美しくない、セーリングでは、片手でロープと舵を一緒に持つなんてありえない、パラ柔道は、初めはパラリンピックの柔道特有のルールである試合開始時の組み手の状態を描いたのですが、競技団体からパラ柔道こそダイナミックに技を決めることが多いので、組み手以外にして欲しいなどなど、色々とダメ出しやリクエストをいただきましたね(笑)」(廣村氏)
そんな試行錯誤を2年間繰り返した末に完成したのが、東京2020オリンピック・パラリンピックのスポーツピクトグラム。すべてが円形の中に収まるように計算されているため、様々な使い方に対応することが可能だ。
また、廣村氏は制作過程でパラリンピックの面白さについても色々と発見があった、と語った。
「障がいに関係なくアスリートは皆、肉体を鍛え抜くことは同じだと思いますが、パラリンピックにはそこに、車いすや義足といったギアがプラスされる面白さがある。試合前ギリギリまでチューニングを重ねたギアと肉体の合体はまるでモータースポーツのF1のようで、オリンピックとはまた違った新しい楽しみ方があると思いましたね」(廣村氏)
2020年に向け、デザイン界のアスリートとして走り続けてきた両氏の想いの詰まったエンブレムとスポーツピクトグラムには「繋ぐ」という共通点がある。人、場所、国、時代、あらゆるものを繋ぐ東京2020オリンピック・パラリンピックまであと9ヶ月。改めて注目してもらいたい。
コンセプトムービーをチェック!
東京 2020 エンブレム
https://www.youtube.com/watch?v=OEFfrdnvWZs
東京 2020 オリンピックスポーツピクトグラム
https://www.youtube.com/watch?v=BOjb9HYUhRc&feature=youtu.be
東京 2020 パラリンピックスポーツピクトグラム コンセプトムービー
https://www.youtube.com/watch?v=Dtl0me5c7pI&feature=youtu.be
(外部サイト:東京2020組織委員会YouTube)
text by Uiko Kurihara(Parasapo Lab)
photo by Tomohiko Tagawa