パラリンピック出場切符をかけた戦い、世界パラ陸上選手権~東京へ羽ばたくジャンパー編~
2019年最大級のパラスポーツ国際大会「ドバイ 2019 世界パラ陸上競技選手権大会」が11月7日~15日までアラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開催された。
“東京パラリンピックの前哨戦”に約120の国と地域から集まった1400人がエントリー。4位以上の国に東京への出場枠が与えられるとあって、日本は世界選手権を最大のターゲット大会と位置付け、出場枠を確保した選手に内定を与えた。ここでは、ジャンパーたちが残した熱闘の記憶を振り返る。
女子走り幅跳び(T64)中西麻耶
「見とけよこの野郎」
「私だって勝ちたい。見とけよこの野郎」
最終跳躍で助走のスタート位置についた中西は強気だった。
世界選手権の目標は少し控えめな4位。だが、最大のライバルは出場していない。自己ベスト5m51を跳べば金メダルを獲れる位置にいた。スタンドには信頼できる荒川大輔コーチの姿もある。これまで多くの挫折を乗り越えてきた努力が報われる時だ。
振り返れば、競技を始めて間もなかった北京パラリンピックで2種目決勝に残る好成績にも「パラリンピックに簡単に出られたと思ってほしくない」と険しい表情でコメントし、重圧に押しつぶされたロンドンパラリンピックでは8位に終わり引退宣言。競技資金が底をつき、世界選手権出場を断念したこともあった。それでも「6mを跳びたい」という思いに掻き立てられ、立ち上がった。
世界選手権の試技は、1本目で今季ベストの5m10を記録し、向かい風の中で安定した記録を出し続けると、4位で迎えた最後の跳躍は5m37で見事な逆転劇。優勝を決めた渾身のガッツポーズは日本時間で深夜ながらもテレビ中継された。
「いつか自分にも日の目が当たると信じていた。ずっと金メダルが欲しくてもがいてきて、やっと獲れた」
今年から「感覚の合う」荒川コーチとコンビを組み始めたほか、義足メーカーと契約を結び、いろいろな硬さや形状の試し履きをした末、義足を変える新たなチャレンジも実を結んだ。6mへの手ごたえもつかんだ世界女王の中西は2020年、4度目の大舞台に挑む。
男子走り幅跳び(T63)山本篤
「8月29日に最高のパフォーマンスを」
リオパラリンピック金のハインリッヒ・ポポフ(ドイツ)が引退し、6m99の世界記録を持つレオン・シェファー(ドイツ)、6m70の記録を持つ山本篤を上回る6m72をマークしているダニエル・ヨルゲンセン(デンマーク)ら若手が記録を伸ばし、かつてないハイレベルな戦いの様相を呈している男子大腿義足クラスの走り幅跳び。
ドバイの地で山本の記録は6m40で自己ベストに及ばなかったものの、前出の2人に次ぐ3位を確保した。4大会連続のパラリンピック出場を決め、「4位以内で内定を得るという最低限の目標は達成できた」。そう納得の表情で語った。
記録が伸びなかった理由は明確だった。「(2018年に左肩を手術し、復帰して以降)スピードが戻らなかった」。夏に痛めた腰痛の影響もあり、後半は消化試合に終わった。「今回は調整を完全に失敗した。ケガとの付き合い方を考えなくてはいけない」
銀メダルだった3年前のリオパラリンピックでは自己ベストに並ぶ記録を跳んでいる。
「(本番の)8月29日に合わせて調整し、最高のパフォーマンスを出せるようにしたい」
熾烈さを極める金メダル争いの中、7mのジャンプを見据えてリスタートする。
女子走り幅跳び(T63)前川楓
「人生で一番楽しい日」
大腿義足の兎澤朋美と前川楓。メダルに届く位置にいるロングジャンパーとして、昨シーズンから高まるばかりの期待と注目を分け合った2人が、揃って東京パラリンピックに内定した。
内定ラインとなる4位に滑り込んだ前川は瞳の奥を輝かせて語る。
「今日は練習で取り組んできたことをしっかり発揮できた。人生で一番楽しい日でした」
決戦の地で自己ベストの4m13を跳んだ。「試合になると別の人格になってしまう。いままでは緊張で力んでいた」。ドバイ入り後、不安な気持ちを池田久美子コーチに伝え、さらには自身と対話することで緊張と向き合い、課題を克服。もちろん向上心も失わず「もっと記録を伸ばしたかった」と付け加える。
前を走る兎澤は競技歴2年半で銅メダルを獲得した。
「(兎澤)朋ちゃんもすごく努力していた。でも負けていられない。追いつき、追い越したい」
東京パラリンピックでは、リオの4位よりも高い位置しか目指さない。
女子走り幅跳び(T63)兎澤朋美「この大会に全力を尽くした」
一方の兎澤は、初の世界選手権でメダリストになったが、「もっと上の記録を狙っていた」と悔しさをにじませた。
テーマは“アグレッシブ”。リオパラリンピック金メダリストで、彼女が絶対的に信頼を寄せる日本の特別コーチ・ポポフ氏に何度も言われてきたことだ。自分では全開のつもりでも、「まだ足りない」。練習への取り組み方、最高速度の限界値から気持ちの作り方に至るまで、ドバイ入り後も「アグレッシブに!」とポポフ氏から言われ続けた。そんなコーチに対し、SNSなどを通して日ごろから質問しては習得するを繰り返してきた兎澤は貪欲な姿勢を崩さず、ポポフ氏とのフィーリングを合わせていった。
――何かを変えなければ記録は伸びない。この日の序盤にまずまずの4m33を記録していた兎澤は試合中、ポポフ氏と同じことを考え、途中の4本目から攻めに転じた。スピードを上げ、助走距離にも変化をつけたが、結局記録は伸びなかった。試合後「なかなか難しかった」と苦笑いしたものの、兎澤の表情は充実感に満ちていた。
「大学に入学してから、この大会のために全力を尽くしてきた」兎澤は、翌日に行われた100mでも16秒39で6位。6月にドイツで出した自身のアジア記録を更新する活躍で大会を締めくくった大学生ジャンパーは、自身が競技を始める原動力となった東京パラリンピックに向かって進化を続ける。
男子走り高跳び(T64)鈴木徹
「僅差の争い、楽しい」
現在、世界でただ一人、義足で2mを跳ぶハイジャンパー。鈴木徹のことだ。2016年5月に2m02を記録しているが、9月のリオパラリンピックでは1m95で4位に終わった。そんな経験もあり、ベテランは目先の結果にとらわれない。また今年は義足を新しく変えたことで生じたケガの影響もあり、今季はじっくりと取り組み、世界選手権を迎えた。
T64-44クラスの走り幅跳びは参加人数の少なさにより世界選手権後に再検討された後実施となる。競技成立には3ヵ国から6人以上の参加が必要で、鈴木はSNSなどで世界の選手へ参加を呼びかけた。
「エントリー数が足りるのか、出発前に少し不安になりました」と鈴木。
蓋を開けてみれば世界選手権には9人が出場し、この12月、東京パラリンピックの正式メダル種目としての実施が発表された。世界選手権で1m92を跳び、混戦のなか銅メダルを獲得した鈴木は、晴れて東京パラリンピック日本代表に内定。
「人数が多ければ数センチの争いになる。競技をしている感じもあり、楽しかった」
パラリンピックへの出場はなんと6大会連続となる。「まだ(東京後も)行けるだけ行きたいので」と内定条件をクリアしても大きな喜びは見せなかったが、「リオの悔しい思いを挽回するにはその場所しかない」と並々ならぬ思いものぞかせる。
「義足でも使いこなせば2mを跳ぶことができる。それを見せていきたい」
2020年は観客の拍手に包まれた新国立競技場で、2mのバーを跳び越えるつもりだ。
◆男子走り高跳び(T44) 成田緑夢
「120%の速度で東京を目指す」
そのT64(片下腿義足)と統合クラスで実施された走り高跳び。1m台前半からスタートする選手も多く、互いに励まし合うような「いい雰囲気」(鈴木徹)で進行した。自己ベストを更新する選手が続出するなか、T44 (下肢機能障がい)の成田緑夢も1m84を跳んだあと、自身の日本記録1m86を2cm上回る1m88に挑戦。結局、記録更新とはならなかったが、「冬は何度も出場している世界選手権だが夏は初めて。日本代表として跳べて誇りに思う」と平昌2018冬季パラリンピック・スノーボードの金メダリストは笑顔を見せた。
型にはまらないのが“緑夢スタイル”だ。これまでスパイクを履くと足首が痛かったという成田は、「履かなかったらどうなるかなと思い……」なんと世界選手権の舞台でスパイクを履かずに跳ぶことを試した。「『捨てるは革命の一歩なり』という言葉が好き。何かいいことがあるかもしれないし、全然だめかもしれないけど、それはやってみなければわからない」。今回は、スピードに乗ったときに少し滑るデメリットもあった。でも気持ちよく跳べた。
順位は6位で東京パラリンピックの内定条件は満たせていない。この1年、走り高跳び漬けの毎日を過ごしてきた成田は「東京パラリンピック出場のためだけにやっているわけではない」と前置きをしつつ、こう言い切る。
「夏もパラリンピックに出るのが目標。それが東京に間に合うかどうかはわからない。でも僕は100%、120%の速度で進んでいるつもり」
◆女子走り幅跳び(T11) 高田千明
「子どもにメダルをかけたかった」
「花を咲かせるのは来年でいい。できるだけ早く東京パラリンピックの出場権を確保し、来年は海外を転戦するのではなく、国内でじっくり(伸びしろのある)空中動作の練習ができたらいい」
こう願っていた高田千明のガイド大森盛一の思いがかなった。記録を更新し続ける高田を「跳躍選手らしくきっちり跳ぶようになった」とかつての名ジャンパーである井村コーチもその成長を評価するが、東京パラリンピックでメダルを目指すとなるとさらなる動作の改善と刷り込み必要だ。
その意味でも重要だった世界選手権は、最初の跳躍で4m65を跳び、自身の持つ4m60の日本記録をいきなり更新。そして最終6本目の跳躍で4m69を跳んでさらに記録を伸ばし、東京パラリンピック内定となる4位に食い込んだ。
それでも本人は悔しそうだ。 「アベレージは出ているが、すごくよかった1本がなかった。息子も応援に来ていたので、メダルをかけてあげられなくて残念。でも、東京パラリンピックの内定が出たので東京に取っておけということかな」
全盲のジャンパー、高田の本当の勝負はこれからだ。
◆男子走り幅跳び(T47)芦田創
「世界の上位の記録を」
世界選手権で目指すは7m30以上。「東京パラリンピックの目標は金メダル」と公言している芦田創が自らに課した目標だった。しかし、結果は6m85で6位。ケガや不調で苦しんだ今季を物語るかのような成績になった。
記録を追い求めすぎたのかもしれない。
「1本目から頑張ってしまい、動きをつかんだのは6本目。陸上では主観で頑張っているときって客観的に見るといい動きをしていないことが多い。6本目に出した6m85は、本来1本目から出さなくてはならない数字だった。それが弱さ。悔しい」
昨年のアジアパラ競技大会で3位だった危機感から、変化を求めて新たなコーチのいるオーストラリアへ。充実感はあったが、その成果を大きな舞台で残せなかった。
「ドバイで内定を出すつもりだった。今後の戦略が変わる。トレーニングもかねて国際大会に出場し、世界の上位の記録を跳びたい」
世界選手権で内定条件を満たすことができなかった選手が今後、東京パラリンピックを目指すには世界でのランキング6位以内の記録を残せるかどうかがひとつの指標になる。
芦田や成田のほか、走り幅跳びの高桑早生(T64)、澤田優蘭(T12)、鈴木雄大(T47)らはまだ東京パラリンピックの内定を手にできていない。ドバイで泣いた人も笑った人も、自国開催の東京パラリンピックでは自分史上最高のジャンプを見せてくれるに違いない。
▼ドバイ 2019 世界パラ陸上競技選手権大会
日本選手の結果はこちら
text by Asuka Senaga
key visual by Takao Ochi