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車いすテニス
車いすテニスのレジェンド・国枝慎吾、進化の先にある東京2020パラリンピックの金メダル
「期待やプレッシャーは感じないですね。前ほど金メダルを期待されているとは思わないです」とリラックスした様子で話す国枝慎吾。20歳で初めて出場したアテネ、絶対王者として挑んだ北京、ひじの手術を乗り越えて臨んだロンドン、そして、ケガに泣いたリオ……5度目のパラリンピックを東京で迎えるパラスポーツ界のトップスター国枝は今、何を思うのか。
“過去最多勝利”で締めくくった2019年
パラリンピック前年の2019年は、車いすテニスツアーの四大大会であるグランドスラムのタイトルを手にすることなくシーズンを終えた。端からみれば不満の残る1年だったようにも思われるが、世界ランキング2位の国枝の“勝利数”は過去最多だった。
国枝慎吾(以下、国枝) グランドスラムでは満足いく結果が残せませんでしたが、1年を振り返ると9回優勝できましたし、53勝して勝利数は過去最多だったんです。そういう意味では、まあよかったのかなと思いますね。
国枝の過去の成績を振り返ってみると、2007年、23歳のときに52勝をマークしている。2007年といえば、グランドスラム3大会すべてのタイトルを手にし、国別対抗戦でも優勝するなど、絶対王者・国枝の地位を確立しようとしていた時期だ。それから12年後、35歳になった国枝がその当時の記録を塗り替えた。
国枝 グランドスラムで勝てなかったのは、力み過ぎたかなと思います。やはり他の選手もグランドスラムにかける思いは強くて、プレーのレベルが高くなることが関係していたかもしれません。でも、グランドスラム以外の大会で9回優勝という成績が残せたということは勝つチャンスはもちろんあったはずなので、そこで勝てなかったのは心の問題だとか、そういうところがプレーとかみ合わなかったかなと思います。
たしかに、グランドスラムではタイトルを手にできなかったが、グランドスラムのひとつ下のグレードの大会であるスーパーシリーズでは6大会中4大会で優勝を果たしている。だが国枝は、最多勝利数よりも“8つの敗戦”をより重要視していた。
負けは自分自身を変えるチャンス
国枝 2019年は8回負けたんですが、負けたタイミングで自分自身も変えるチャンスが来ました。例えば、(11月に行われた世界マスターズで)アルフィ・ヒューイット(イギリス/同4位)に敗れたときも翌日から新しいことに取り組み始めました。それがすごくいい感じになってきているので、2020年シーズンは相当期待できると思っています。
勝つこと以上に、負けた試合を振り返ることで成長しようとする姿勢こそ、国枝がトップであり続ける所以だろう。
国枝 勝ったら“一喜”しますし、負けたらめちゃくちゃ“一憂”しますよ。昔よりも激しく一喜一憂しているかもしれないですね。でも、翌日になると、「新しいスタートだ」と思えるんです。「次、何する?」と、すごく頭を働かせられるので、負けたときにはやっぱりアイデアが出てきますね。
岩見亮コーチとも、負けた瞬間とか、翌日とか、そのときをすごく大事にしています。どちらかがアイデア持ってきて話し合って、まずやってみる。それがYESなのかNOなのかというところを、お互いに話し合いながら突き詰めていくというスタイルでやっています。もしそれが間違った判断でも、お互いどちらかが間違ったねと言えるので、また元に戻せばいいという感じでやっています。
国枝は新しい技術の追求をいつもとても楽しそうに語る。以前も、バックハンドの改造に取り組んでいるときに、マンションのエレベーターで打ち方のコツが舞い降りてきたことがあった。
国枝 今でも、ふっと降りてくるんですよね。こう打つといいんじゃないかなって。そういうのが、やはりテニスをやっていてたまらないところですね。今まで打っていたフォアハンドが新鮮でしょうがないんです。その瞬間、楽しくてしょうがないです。
2001年17歳でITF車いすテニスツアーにデビュー。その後、2019年までの18年間に、年間グランドスラム達成、107連勝、パラリンピックのシングルス2連覇など、輝かしい業績を残した。それを経験しながらもなお、成長を目指す。それこそが国枝の才能かもしれない。
国枝 成長する瞬間を、あといくつ、あと何回、キャリアの中で経験できるかというのが大事だと思います。その瞬間にぐっとレベルが上がっていくので、どんなスポーツでもその数がその選手の成熟度になっていくんじゃないでしょうか。それをいかに見逃さないかっていうところが、やはり醍醐味ですね。
経験を積んできた分、昔よりもいろいろアイデアは出てきます。その頻度は増えてきているし、今年は多かったと思います。だから、まだまだだし、もうちょっと成長できると思っています。
東京パラリンピックはプレッシャーよりも楽しみが大きい
パラリンピックでは、過去5大会でシングルス金メダル2つ、ダブルス金メダル1つ、銅メダル2つという偉業を残してきた国枝。2020年の自国開催のパラリンピックに、どれほど強い思い入れがあるのかと思っていたが、本人はいたって落ち着いた様子だった。
国枝 2020年はパラリンピックが中心であることは間違いないと思うんですよ。でも、今はやはり全豪オープンを目指しています。パラリンピックまでの過程に、全豪、全仏、ウインブルドンがあって、その先にパラリンピックがあるというスタンスなので、7月のウインブルドンが終わったら、気持ちもパラリンピックに向かっていくと思います。パラリンピックまでにどんなテニスができるか、ですね。
東京パラリンピックが終わったあとに国枝が期待していることは、車いすテニスの発展だ。
国枝 とにかくひとりでも多く、車いすテニスのファンを増やせたらというのは、非常に気合いが入っているところです。僕だけじゃなくて、いい選手はたくさんいますから、他国の選手のファンもできるといいなと思っています。
車いすテニスと一般のプロのテニスが同時開催していく大会が増えていくのが夢ですね。テニスは一般のプロと車いすテニスとの垣根が低い競技だとは思いますが、それがもっとなくなっていくように、常に考えています。いつか「やっぱり車いすテニスもセンターコートに入れないとダメだね」って言われるくらい、たくさんのお客さんに見にきてもらえるようになったらうれしいです。
東京パラリンピックのあとも現役は続けるつもりでもいる。「まだまだテニスライフは続くよ、どこまでも」と話した国枝、目指すところはまだまだ先にあるようだ。そして、気になるのは金メダルに対する思い入れだ。
国枝 うーん。みんなそんなに金メダルも期待してないんじゃないですかね。周りの期待とかプレッシャーは感じないですね。もちろん自分がいちばん金メダルを獲りたいと思っているとは思いますが、それよりも、東京のパラリンピックで、ホームで、どんなパラリンピックになるのかっていう楽しみのほうが強いですね。有明コロシアムでプレーするってテニス選手として格別ですからね。直前になったらガチガチになるかもしれないですけど(笑)どんな感じになるのか、本当に楽しみです。
わくわくしたような表情でそう話す国枝の目には、東京パラリンピックでどんな景色が映るのだろうか。
*ランキングは2019年12月16日付け
text by Tomoko Sakai
photo by X-1