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アイスホッケー
ポスト2020、日本の障がい者スポーツの在り方とは? カナダからの提言
東京2020パラリンピックに向けて「オリンピック・パラリンピック一体化」が加速している。トップ選手が練習拠点とするナショナルトレーニングセンターはオリパラ共同で利用されるようになり、最近では開会式などで着用する公式服装が初のオリパラ同一デザインになることも発表された。
一方、2010年にバンクーバー冬季オリンピック・パラリンピックが開催されたカナダでは、ひとりのパラリンピック金メダリストが「オリパラ一体」の中心にいる。オリンピック・パラリンピック双方のカナダチームの競技力向上のために尽力しているトッド・ニコルソン。アイススレッジホッケー(現パラアイスホッケー)選手として5度パラリンピックに出場した経歴の持ち主だ。
カナダ・オタワ出身。アイススレッジホッケー(現パラアイスホッケー)選手として5度パラリンピックに出場。1994年リレハンメル大会で銅メダル、1998年長野大会で銀メダル、2006年トリノ大会で金メダルを獲得、2010年バンクーバー大会後に現役引退。2010年から2017年まで国際パラリンピック委員会(IPC)アスリート評議会会長および理事を務めた。2018年よりカナダチームのオリンピック・パラリンピックに向ける競技力強化を支援する団体「オウン・ザ・ポディウム」会長。
オリンピックでもパラリンピックでも結果を出せば同等に評価されるというカナダ。日本より少し先を進むカナダでパラスポ―ツ振興の舵を取るニコルソン氏に聞いた。
自国開催の効果とは?
――いよいよこの夏、東京にパラリンピックがやってきます。日本の現状をどう感じていますか?
まず日本のテクノロジーはすごいよね。昨年10月に来日し、高層タワーから埋立地の夜景を展望する機会があったのだけど、限られた土地や海を変貌させる技術にはいつも感心させられる。カナダには到底できない気がするよ。
――カナダと日本ではどんなところが違うと感じますか?
有識者の会議などに行くと日本では出席者が男性ばかりだよね。以前と比べると変わってきたとは思うけど、カナダや他の国はもっと女性の活躍の場があるように思うよ。それは、日本と比べて育児や病気による欠勤に寛容で休みを取りやすいことと関係していると思うんだ。
――確かに日本と比べて北米では休暇をしっかり取得するイメージです。
カナダのスタイルが日本に適しているかどうかは別問題。だけど、カナダ人はオンとオフをしっかり切り替えるし、休暇はちゃんと休む。そして余暇にはスポーツを楽しむ人も多いよ。もちろん障がいの有無に関わらずね。
――日本では東京パラリンピックを目前にしながら「心のバリアフリー」がなかなか浸透しないと嘆く声も聞こえます。ニコルソンさんが言うように日ごろから様々な人が活躍する姿を見ていれば、障がいのある人に出会った場面で戸惑うことなく接することができるかもしれません。
カナダとは当然ながら文化や習慣の違いもあるし、日本人の障がいに対する見方が変わるまでに時間はかかると思うけど、僕も選手としてパラリンピックに出場した1998年の長野大会の頃と比べると着実に変化していると感じるよ。
自国開催のパラリンピックの影響? もちろんあると思うよ。カナダも2010年のバンクーバーパラリンピックを機に教育やメディアによってパラスポーツの認知度がアップして、社会が変わるひとつのきっかけになったよね。
――その変化にパラリンピアンが貢献したことは想像に難くありません。
社会を変えるとき、推進力になってくれる人も必要だよね。だから、カナダのパラアスリートで世界的なスターが生まれたらいいなと思っているんだ。
たとえば車いす陸上のシャンタル・ペテクリアというパラリンピックで通算14個の金メダルを獲っている選手がいるんだけど、カナダ国内でもアイスホッケーのレジェンドであるウェイン・グレツキーほどは知られてはいない。それから、カナダには義足のランナーとして著名なテリー・フォックス、車いすで世界を旅したリック・ハンセンという英雄がいるけど、決して競技スポーツの分野で有名になったというわけではないから、スポーツで偉業を達成するヒーローがいたらすごくいいと考えているんだ。
――平昌2018冬季パラリンピックでカナダチームは金8個を含む28個のメダルを獲得する活躍でした。スターが生まれる日も近いのでは?
平昌大会でカナダ代表選手団長を務めたんだけど当初、国民のだれもが知るヒーローを最低2人は誕生させたいという大きな目標を立てていたんだ。残念ながらそれは達成できなかったけれど……。確かにカナダチームには、自国開催のオリンピック代表に名を連ねたこともあるクロスカントリースキーのブライアン・マッキーバーなど頑張っているベテランもいる。でも、まだ僕の期待値には達していないんだよね。
“オリパラ一体”が強化のカギ
――どんな強化が重要だと考えていますか?
僕が考える一流は、メンタルの強い選手のこと。もちろん競技パフォーマンスも重要だけど、その要素は2割程度で残りの8割は、競技場以外の場で培うことができるものばかり。例えば体作り、ケガや病気の予防、戦略の研究、メンタルやストレス耐性の強化など。
つまり、障がいのある人もない人も8割は一緒に行うことができるんだ。メンタルトレーニングなんかは同じ場所で同じ人が担当すればいいよね。オリとパラを分けなくてはいけない場面は2割程度。できるだけリソースを共有することでオリとの差は生まれにくくなるはずだよ。
――“オリパラ一体”がカナダチーム強化のカギなのですね。
カナダにはCSI(カナディアン・スポーツセンター・インスティチュート)というトップ選手のための施設があるんだけど、ハイパフォーマンスディレクターという組織をまとめている役目の人が一般のバスケットボールと車いすバスケットボールで同じだったり、科学トレーニングをする際のスタッフも同じだったりする。全部同じではないけど、リソースを分け合いながら運用しているんだ。
――その他に、どんなトップアスリートへの支援がありますか?
これはぜひ日本でももっと推し進めてほしいと思うんだけど、以前からカナダには競技団体を通さず、選手が直接受け取ることのできるトップアスリートのための支援金もあるんだ。政府や企業の理解もあって、オリンピックとパラリンピックでメダルを獲れそうな選手や競技に金銭的な支援をしてもらっているよ。
それに現役の選手が学業と両立できるように、学費を免除してもらう制度や資金面のサポートもある。選手が高いレベルで競技に集中するためには、競技活動への援助だけでは足りないと思うんだ。
――資金面以外にも多岐にわたるサポートをしています。
選手が引退した後にどんなキャリアを積んでいくか、将来を見据えた設計を立てることも必要になる。僕も実際にオリとパラ合わせて7人のアスリートのメンターをやっていて、その選手たちにスポーツの引退後を見据えたアドバイスをしているんだ。こうした活動は、有力な選手がスポーツから離れないようにするためにも有効だと考えている。
他に、選手の家族、コーチに対して情報を提供することも忘れてはいけないよ。ときには資金面で困難を極めたときにどこに行けば助成金を受けられるか案内もする。すべてに十分な回答ができるわけではないから、情報のつなぎ役になるんだよ。やはり自分が選手を経験し、周りの人に恵まれたとの実感があるから、情報の収集には情熱を注ぐことができるし、自分が情報のハブになることで強化や育成に役立ちたいと願っているんだ。
――後進である選手への情報提供と同時に、今回のインタビューのようにカナダの好事例を他の国に広める活動もしています。
それには実は理由があって、トップ選手たちと同じ条件で戦える選手を増やしたいからなんだ。用具もリソースも皆がベストな状態で競い合い、勝負に勝つ。そこで勝利したも者が“真のチャンピオン”だって思わない?
成果を上げればベストだと思いがちだけど、金メダルを獲った選手が自分の用具をトップシークレットというように隠していたら、「誰も使ったことないテクノロジーを使っていたから勝っただけでしょ?」と言われてしまう。
用具だけではなく、リソース全体を見ても選手間の差が生じているのが現状だよね。幸い僕はスレッジというそりの操作を教えてもらえたし、体の使い方、それにメンタル面でもどうすればいい状態で試合に臨めるかを周りの人たちに教えてもらえた。だからその時代のベストプレーヤーと言われる選手になれた。だけど、20分前に車いすをぽんと渡されただけの人はそうはいかないよね。だから実は僕も“プレーできる環境にあった人の中でのベストプレーヤー”に過ぎないんだ。
すべてをさらけ出して戦うのが本当の勝負だし、環境や経済的な問題で参加できない人にも支援が行き届くようになれば、多くの実力者が揃って今よりもハイレベルな面白い勝負が見られるはず。だから、それが実現するように力を尽くしたいと思っているよ。
カナダの事例から学ぶ
――選手の発掘についてはいかがですか?
日本はオリとパラが別々の組織というところが多いよね。カナダはアイスホッケーをプレーしたいと思ったら健常者も障がい者も同じホッケーカナダという団体を尋ねればいい。だから、交通事故などで後遺症が残り、これまでと同じように立ってプレーするホッケーができないと分かったときに、どこを訪ねたらいいか一目瞭然。それは日本と大きく違う点だよね。
もうひとつ日本で難しいと思うのは施設の問題。障がいのある人は同じ地域ではなく、いろんな場所に住んでいるはずなのに、日本では障がいのある選手がスポーツをやりたいと思ったら、「障がい者スポーツセンターはどこにありますか?」と問い合わせをし、自宅から距離のある施設を案内されるんだってね。もっと地域の近いセンターに行ければいいのにと思うよ。だって遠くの施設にたどり着くまでにはいろんなバリアがあるからね。
――日本はまだまだ世界のパラスポーツ先進国に学ぶべき点が多いようです。
今カナダで僕たちが構想しているのは、スポーツだけでなく、音楽や芸術、生活に必要な例えば料理のスキルなんかもひとまとめにした「アビリティセンター」なんだ。パラリンピックの開・閉会式から着想したんだけど、障がいのあるなしいろんな人が分け隔てなく、これまで別々で行っていたアクティビティを一緒に楽しむ……世界はそこに向かってほしいと考えているよ。
text by Asuka Senaga
photo by X-1