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水泳
[日本知的障害者選手権水泳競技大会]同じ障がいのスイマーたちに刺激を与える。リオパラリンピック銅メダル津川拓也の世界新
6月11日に横浜国際プールで行われた「第20回日本知的障害者選手権水泳競技大会」。
知的障がい者スイマーらの長水路日本一を決める同大会は、年に一度開催される。この大会での自己ベストを目指して練習している選手も多く、例年好記録が続出する。今年も、中島啓智が50mバタフライで26秒97、北野安美紗が平泳ぎ100mで1分27秒22の日本新をマークするなど、8つの日本新記録、22の大会新記録が誕生した。
さらに今年は9月にメキシコシティで開催される「2017ワールドパラ水泳世界選手権」、11月にメキシコのモレリアで開催される「2017INAS世界水泳選手権」を控えており、トップ選手や若手の勢いが感じられる大会となった。
リオパラ後のスランプから脱出した津川
そんななかで最も話題を集めたのは、リオパラリンピック男子100m背泳ぎの銅メダリスト津川拓也だ。この日は、400m個人メドレーと200m背泳ぎの2種目にエントリーし、400m個人メドレーで「狙っていた」という5分00秒35の世界新記録を樹立。終盤まで、同じくリオ日本代表の林田泰河と競り合っていたが、後半に伸びる持ち前の泳ぎで強さを見せ、好タイムを叩き出した。フィニッシュ後はその林田と握手をかわし、互いの健闘を称え合った。
世界新記録樹立にあたり、急きょ行われたセレモニーで表彰台に立った。その時の心境を「(観客の拍手などに)ありがとうという気持ちを感じた」と振り返り、達成感をにじませた。津川の父でコーチでもある正広さんによると、メダルを獲得したリオパラリンピック後はモチベーションが下がり、出場した大会でも「2位」が続いた。だが、3月のパラ水泳春季記録会でワールドパラ水泳の派遣標準記録を突破したことを機に復調。「最後はノーブレスで行く」(正広さん)作戦も功を奏し、9月のワールドパラ水泳に向けて弾みをつけるレースになった。
リオ後に強化したポイントを「スタート、ターン、タッチの練習を頑張りました」と胸を張って話した津川。
その後、自らが世界記録を保持する200m背泳ぎは疲れもあって平凡なタイムで終わったが、今大会の新記録の樹立で続けてきた練習の成果を実感し、自信もついたのだろう。記者への応対後は、すっきりとした表情を見せた。
ワールドパラ水泳に弾み
スポーツが好きな両親のもとに生まれた津川は、生まれつき知的障がいがあった。津川の好きなことを探していたという両親は、気持ちよさそうにお風呂に浸かっていた息子を近所のプールで遊ばせるようになり、その後、姉弟とともにスイミングスクールに通わせた。
社会人スイマーである正広さんの指導もあり、コツコツと力をつけていった津川は、やがて世界大会に出場するスイマーに成長。20歳で出場したロンドンパラリンピックで100m背泳ぎ6位入賞。そして2016年のリオパラリンピックでは、ついに同種目で銅メダルを獲得したのだ。
リオでは課題だった前半で幸先いいスタートを切り、3着に食い込んだ。それは正広さんをはじめとするコーチの指示をしっかりと遂行したからに他ならない。この日も、正広さんの指示通りの泳ぎで、フィニッシュする直前に息継ぎをしてしまう修正点をクリア。自己ベストを更新した結果がそのまま世界記録となった。
ちなみに、津川が世界記録を持つ200m背泳ぎと400m個人メドレーの2種目は、近年のパラリンピックでは実施されていない。
ワールドパラ水泳では、100m背泳ぎでメダルを狙う。
「目標は、100m背泳ぎで1分03秒10、200m個人メドレーで2分18秒03。金メダルを目指して頑張ります」と、津川は意気込みを語った。
知的障がい者スイマーのヒーローに
20回を迎えた今大会のエントリー選手数は945人で、10年前の約2倍に。知的障がい者水泳における熱気の高まりを感じるが、その功労者のひとりがパラリンピックメダリストの津川だろう。
2012年にはロンドンパラリンピック100m平泳ぎで金メダルを獲得した田中康大が活躍し、同じ境遇のスイマーらを鼓舞したが、津川も日本オリンピック委員会(JOC)が行っている「アスナビ」を通して就職した知的障がい者アスリート第一号になるなど、道を切り拓いた。
優しく語りかけるように丁寧に言葉を紡ぐことから、パラスイマーの“癒し系”ともいわれる津川は、リオデジャネイロオリンピック中に多く流れたテレビCMにも出演。「頑張ることが好きです」「(10年前の自分へ)楽しいよ、仲間が待ってるよ」とアピールした。
世界で活躍するヒーローの誕生が、競技のすそ野を広げ、2020年の東京パラリンピックを見据える仲間たちに刺激を与える。
東京パラリンピックでは、新たなヒーローの誕生とともに、まだまだ進化し続ける津川の2大会連続メダルを期待せずにはいられない。
text by Asuka Senaga
photo by Shugo Takemi