インクルーシブな視点で新しい価値やアイデアを生み出す<前編>
新商品や新規事業の開発に取り組む企業をはじめ、社会課題の解決策を考えるシーンで、近年よく開催されているワークショップ。参加者がさまざまな作業を通して、目指すべきビジョンやアイデアを発想していくための手法だ。果たしてワークショップさえ行えば、ヒット商品やサービスが生まれ、事業を成功へと導くことができるのか? 多くの企業とのプロジェクトを手がけるワークショップデザイナーのタキザワケイタ氏に、成果の出るワークショップを運営する秘訣を伺ってみた。
化学メーカーの研究所の建て替えをワークショップで推進
ワークショップは、いま流行りと言ってもいいのかもしれない。技術はあるけれども、それを活かすサービスや製品の開発が進まない。企業の価値を高めたいけれどその方法がわからない。そんな時に頼るのがワークショップだ。
「たしかに新しい価値をどうやって生み出すか、企業のブランドをどうやって確立していくかといった局面で、ワークショップのニーズが高まっているのは事実です。でも、ワークショップは手段でしかない。やれば成功するというものではなくて、手段をうまく活用しながらプロジェクトをリードしていくことが大事なんです」
こう語るタキザワさんは、多くの企業からの依頼が引きも切らないワークショップデザイナー。2017年には化学メーカーの研究所の建て替えと組織変革を目的としたプロジェクトをワークショップで推進し、建設された研究所は「JIA日本建築大賞」を受賞し大きな話題になった。だが、研究所の建設とワークショップは、なんだかイメージが繋がりにくい感じがする。
「化学メーカーは得意先に有名メーカーを複数持つ、有数の企業です。当初先方からのオーダーは、世界中から人が集まってきて、社員がイキイキと働き、イノベーションが創発される場所と文化を作りたい、という壮大なものでした。超ムチャブリです(笑)。建築家の設計プロセスと並走しながら、ワークショップを推進エンジンにして、プロジェクトを進めていきました」
このワークショップの参加者は、30~40代の社員40名に建築家、教育学者、ワークスタイル研究者、グラフィックレコーダーなど様々なメンバー。プロジェクトの詳細なプロセスやテーマは事前に決めすぎないようにし、実践と振り返り、改善を繰り返していったのだという。
「第1回目は、『現在の研究所の好き・嫌いを観察する』という宿題を出していて、それを発表してもらうところから始めました。嫌いなところでも言って良いんだよという場を作ったわけです。2回目は『研究所で働いている理想の姿』を演じてもらうことで、マインドセットしていきました」
月1回、半日を費やすワークショップ。素人なのに演劇までさせられるとは、結構ハードルが高いと感じられる。実際、参加者の中には「忙しいのにこんなことをやらされて…」という不満もあったそうだ。それを感じたタキザワさんは、毎回のワークショップの意図と目的をきちんと説明するようにした。すると、だんだん参加者の関わり方も積極的に変わっていったという。
「たとえば、世界の色々な働き方の事例を紹介して、その中から気になったキーワードを四角いキューブにメモしてもらいます。キューブは転がすとストーリーになっていくので、それを自分で物語り、メンバーの物語も聞くことによってイメージがどんどん広がっていくんです。最終的にはこんな働き方がしたい、こんな空間が欲しいというアイデアのプロトタイプを作成し、本社のエントランスに設置しました。一年間テスト運用しながら改善していき、新しい研究所に移築しました」
ワークショップで大事なのは「手法」ではなく「プロセスデザイン」
化学メーカーの研究所の立て替えのためのワークショップは、最初からどのようなプロセスで進めていくかが明確に決まっていたわけではない。毎回のワークショップ後にアンケートをとり、その結果をもとに次回のテーマを設定してワークショップをデザインする。つまり、振り返りと改善が繰り返しで行われたので、タキザワさんもかなり大変な思いをしたが勉強にもなったという。その企業の文化や風土に合うようにプロセスやワークショップをチューニングしていくことで、最初は積極的ではなかった社員もだんだん自発的に発言するようになり、最終的には経営陣も巻き込んだプロジェクトになっていったのだそうだ。
冒頭に「ワークショップはやればいいというものではない」という言葉があったが、では、成功するワークショップとはいったいどのようなものなのだろう? タキザワさんは、企業で開催されるワークショップで押さえるべきポイントは3つあるという。
①「マインドセット」ビジョンを描く
サラリーマンはどうしても会社から与えられたミッションを忠実にこなそうとするが、それよりも「自分がこの会社、プロジェクトで何を成し遂げたいのか」「どんな社会を実現したいのか?」ビジョンを描くことから始めることで、自分事としてマインドセットされます。
②「チームビルディング」仲間を見つける
組織の中で新しいことにチャレンジしようとしても様々な理由をつけて潰されることがある。ワークショップ部署を横断して参加して貰うことで、普段は接点のない他部署のメンバーとの繋がりができ、問題を突破する手がかりになります。
③「アウトプット」成果をカタチにする
ワークショップは、参加した人にしか残らないという欠点があります。そこで、ワークショップの熱気が伝わるムービーや、議論の内容を振り返ることができるグラフィックレコーデイング、ストーリーボードを冊子にするなどカタチに残す。カタチになることで、社内説得の武器になります。
化学メーカーの事例が成功を収めたのは、上記の3つのポイントが押さえられていたからだろう。プロの演出家が演技指導をして理想の姿を演じたり、グラフィックレコーダーが議論やアイデアを視覚化してくれたりするうちに、参加者は少しずつマインドセットされ、自分事としてプロジェクトに本気で取り組むようになったそうだ。
「目的や課題に対して的確に“手段”を用いて、1つのチームとして成長しながらゴールに向かって走り続ける。3つのポイントを抑えたプロセスのデザインが、ワークショップには大事なんです」
タキザワさんのお話を聞くまで「ワークショップに取り組めば、みんなで解決策を見つけられる」そんなイメージを抱いていた。 しかし、マインドセット、チームビルディング、アウトプットといったプロセスをデザインすることで、ワークショップによって結びつけられた人の可能性が、想像を超えた成果につながるようだ。<後編>では、新しい価値やアイデアが生まれやすい“インクルーシブな視点”について、タキザワさんにお話を伺う。
この記事の<後編>はこちら↓
新しい価値やアイデアを生み出す“インクルーシブ”な視点とは?<後編>
https://www.parasapo.tokyo/topics/25188
PROFILE タキザワ ケイタ
インクルーシブデザイナー・プロジェクトファシリテーター 新規事業・商品開発・ブランディング・人材育成・組織開発など企業が抱える課題や、社会課題の解決に向け活動している。 筑波大学 非常勤講師/青山学院大学 ワークショップデザイナー育成プログラム 講師/LEGO® SERIOUSPLAY® 認定ファシリテーター/PLAYERS 主宰/&HANDプロジェクト リーダー
https://keitatakizawa.themedia.jp/
Text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
Photo by Keiji Takahashi