【伝わるプレゼン極意】ユニバーサル視点のプレゼンテーションとは?
プレゼン資料の作り方のコツはたくさんあるが、実際、聞き手にどれほど効果的に伝わっているのだろうか。今回ご紹介する「ユニバーサルプレゼン」は、五感をかなり意識した“感じる”プレゼンテーション方法で、例えば真っ暗闇の状況や音が完全に遮断された状況でも伝わるという。相手に、より伝わり、より感じてもらえるユニバーサル視点のプレゼンテーションとは? 著書の中で、「ユニバーサルプレゼン」を提唱する磯村氏に話を伺った。
今までのプレゼンが、あまり “伝わっていなかった” ことが判明
編集部:まず、今回ご紹介いただくユニバーサルプレゼンとはどんなものでしょうか?
磯村さん(以下、磯村):一般的なプレゼンテーションは資料や口頭といった、視覚と聴覚の情報によって、講演者の伝えたいことを相手に伝えるのが基本となっています。ですが、ユニバーサルプレゼンは目が見えない人、耳が聞こえない人にも伝わる、“感じる”プレゼンテーションです。
プレゼンというと多くの人がスライドを見せながら、それを淡々と説明して終わりになりがちですよね。だからなかなか心に残らない。
僕は伝わるプレゼンに到達するためには、3つの段階があると思っています。1段階目は情報をどう整理するか(スライド・資料の工夫)ということ。そして2段階目は内容をどう組み立てていくか(話す内容)、そして3段階目ではどう伝えるか(表情・ジェスチャー)ということ。
たとえば海外の映画を見ていて役者の動きや字幕(台詞)、そして音楽がぴたっとシンクロすると、同じストーリーでも本で文字を読んだだけでは味わえない感動を体験できますよね。映画などのコンテンツは音声情報や視覚情報など、いろいろなものが連動することでより深く感じるようにプランニングされています。だから感動する。それをプレゼンテーションにおいても展開できれば、心に残る伝わるプレゼン、感動的なプレゼンテーションになるんですよ。
編集部:なるほど。では、その「ユニバーサルプレゼン」が生まれたきっかけを教えていただけますか?
磯村:僕がユニバーサルプレゼンを思いついたのは、幸運にもどんなプレゼンが相手に本当に伝わるのかを、具体的に知る機会があったからです。それは、視覚や聴覚に障がいのある方たちに、プレゼンテーションを行う、というものでした。内容は、福祉先進国であるデンマークの「五感を意識したデザイン」というテーマだったのですが、せっかくなので手話通訳なしでも障がいのある方に分かるプレゼンをしようと。色々と準備をして臨んだのですが、結果は全然伝わらなかった(苦笑)。そこで、なぜ伝わらないのか?直接参加者にヒアリングしていき、伝え方をブラッシュアップしていきました。
編集部:障がいのある方たちのご意見にはどんなものがありましたか?
磯村:たとえば資料を見ながら下を向いてプレゼンしていたら、聴覚に障がいのある方から「もっと顔を上げて欲しい」「口をはっきりと動かして話して欲しい」というご意見をいただきました。というのも、聴覚に障がいのある方たちの中には、唇の動きで話していることを読み取る方もいるからだったんです。また、手話でのコミュニケーションの際にも、同じ手の形でも、顔の表情を変えるだけでその意味が違ってくることがあります。そこで僕は表情も言語の一部だということに気づいたわけです。
編集部:プレゼンには表情のメリハリも必要だと?
磯村:はい。ただこれは一般的にもプレゼンで良いとされていることなんですが、本で読んだ情報だけでは、いまひとつピンときていなくて実践できていませんでした。実際に情報を補完する手段が少ない障がいのある方たちから「今の話はどういうこと?」と聞かれて、情報のクオリティが低いと相手には伝わらないということを思い知らされたんです。
通常のプレゼンの場合、スライドの内容がわかりづらければ、参加者は講演者の言葉で補完します。反対に講演者の話がわかりづらければ、スライドや手元の資料を見たり、場合によっては自分で検索をしたりして情報を補完してプレゼンの内容を理解しようとしますよね。
編集部:それではプレゼンを受ける側が努力をしないと理解できないということになりますね。
磯村:そうなんです。でも視覚や聴覚に障がいのある方は自分で補完をすることが難しい。だから情報の精度を上げる必要があるわけです。
例えば、最近はテレビを見ていると、タレントが言っていることと同じ言葉がテロップで流れますが、時には文字の書体を変えたり、大きさを変えたりしています。耳が聞こえている人にとっては一見不要な情報のようですが、実はそうすることでインパクトが強くなりますし、視聴者の感性に訴えかけることができる。
プレゼンも同じで、重要な事柄は、スライドでも略さずに書き、口頭とスライドの一文を完全に一致させる、というのもやり方のひとつ。そうすると障がいのあるなしにかかわらず、全ての参加者に同じ情報が伝わりますし、一般の方なら視覚と聴覚両方から同じ情報が得られるので、より濃く刷り込まれ、印象付けることができる。場合によっては感動するレベルにまでアプローチできるんです。
伝わる「ユニバーサルプレゼン」に必要な3つのステップとは?
相手に伝わる「ユニバーサルプレゼン」をするには、プレゼン資料に対して表情や話し方といった、視覚や聴覚の情報を連動させることが大事なようだ。では、具体的にどんなことをすればいいのか、磯村さんに例をあげながら解説していただいた。
磯村:先ほどもお話しましたが、伝わるプレゼンに至るには3つの段階があります。プレゼンする内容や状況によって必要なことはその都度異なりますが、普遍的なステップとしては下記の3つ。
1)見やすいスライド・資料の工夫
2)話す内容の組み立て
3)表情・ジェスチャーによる伝え方
1)見やすいスライド・資料の工夫
磯村:まずは基本として、スライドや資料は見やすいデザインを意識します。たとえば使う文字のフォント。基本的に遠くからでもはっきり見えるゴシック系がいいですね。また、パワーポイントを使うと設定された枠の中で自動的に改行がかかってしまうことがあります。その場合は、意味がわかりやすい場所で改行がかかるように調整すると、見ている人の理解度が上がります。
強調したい単語のフォントを変えたり、文字を大きくしたりするなど、メリハリをつけると伝わりやすくなるケースもあります。ただし、色やフォントを多用するとかえってわかりづらくなるので、あくまでもケースバイケースです。
私が実際に行ったデンマークの美術館を紹介したプレゼン資料の中から4枚のスライドをご紹介します。これは、暗い展示室から次の明るい展示室へ移動したときの説明をしています。
↓ ↓ ↓このように、内容とリンクした文字やレイアウトを使うと、講演者の説明したいことがより伝わりやすくなりますよね。
2)話す内容の組み立て
磯村:例えばの話ですが、真っ暗闇で誰かからいきなり手を引っ張られて歩き出されたら驚きますよね。自分がどこに向かっているのか、次は右に曲がるのか、左なのか、段差があるのかがわからないと不安になります。プレゼンもそれと同じで、話が今どこに向かっているのか、次はどんな展開になるのかわからないと、プレゼンに集中することができません。そこで必要になってくるのが次の3つ。
①「ゴールはどこか?」
…何のためにこの説明をしているのか、どこに向かっているかを知らせる。
②「今どこにいるのか?」
…今説明していることが、話全体から見てどのあたりなのかをその都度説明する。
③「前振りを入れる」
…見ている人がワクワク、ドキドキするような前振りを効果的に使って、聞き手の期待感を膨らませる。
「前振り効果」には興味深い話があって、日本で裁判員制度が導入されてから司法関係者の話術が研究されるようになったそうなんですよ。
たとえば一般人で構成される裁判員に証拠写真を見せる場面で「では、これからこの事件に関する、とても重要な写真をお見せします」と、重々しいトーンで前振りをしてから写真を見せる。すると裁判員の心に「今から見る写真は重要なんだ」ということが最初にインプットされて、ある種の心構えができるわけです。普通に写真を見せた場合と明らかに裁判員の受ける印象は変わるそうです。
これらは、あのスティーブ・ジョブズも使っていたテクニックです。たとえば、自社の新商品を発表するときにジョブズは「本日は、この新製品の革命的なポイントをを3つ発表します」と、話のゴールを真っ先に説明して、それから「ひとつ目…」という風に、現在いる位置を確認しながら、ひとつずつ聞き手の期待感を煽るようにして説明していました。典型的なプレゼンの手法です。
さらに、プレゼンの間に、結論を挟み込んで一歩ずつ進んでいくことも重要です。次のプレゼン資料、3枚を見てください。
スライド1:結論は「〇〇は△△という傾向です」
スライド2:結論は「△△は◾️◾️という傾向です」
スライド3:1と2の結論からして「〇〇は◾️◾️という事です」
このように、スライドごとに掲載した情報から分かる結論を入れることがポイント。そしてその結論の集積によって、最後に大きな結論へと導くわけです。言われてみれば当たり前のことですが、意外と省略しがちなステップなんですよ。
3)表情・ジェスチャーによる伝え方
磯村:先ほど表情も言語の一種だという話をしましたが、それ以外にも身振り手振りや視線、話すスピードや声の大きさのメリハリといったものもユニバーサルプレゼンにとっては大切な要素です。
ビジネスの世界で注目されているメラビアンの法則というのがあるのですが、話し手が聞き手に与える印象の中でもっとも影響が大きいのは、視線や身振り、話し方だというノンバーバル(非言語)コミュニケーションの重要性を説いた法則です。先ほどお話したプレゼンの天才と言われたスティーブ・ジョブズも、ジェスチャーや話し方、スライドなどを巧みに使ってプレゼンを行っていたのは有名ですよね。
ユニバーサルプレゼンを実際に体験してみたら・・・
お話を伺って、ユニバーサルプレゼンとはどういうものかイメージできたところで、実際に磯村さんにプレゼンを行っていただいた。最初はアイマスクをして視覚情報を遮断した状態でプレゼンをしてもらった。
体験1:視覚を遮断してみた
磯村さんは、はじめにどんなテーマのプレゼンをするのか、そしてポイントがいくつあるのかを説明した。もちろん何も見えないので、音による情報のみだ。印象的だったのは、大事な言葉はゆっくりと大きな声で話していたことだ。それによって、見えないはずなのに、この言葉はスライドでは文字が大きくなっている重要なキーワードなんだろうなとイメージすることができた。
さらに、「明るい部屋」という内容の説明をしている時は、声のトーンが明るくなっていた。見えていないのに照明が燦々と照らす明るい部屋が頭に浮かぶから不思議だ。
アイマスクをしてみて気づいたことだが、視覚情報が遮断されると通常のプレゼンでは想像以上に講演者が発している言葉がイメージしづらい。聞きなれない単語や、初めて聞く言葉はなおさらだ。だからこそ、ゆっくりと、はっきり話すことは大事だし、聞いている側のイマジネーションに訴えかけるような口調が大切になってくるということを実感した。
体験2:聴覚を遮断してみた
次にヘッドフォンをして聴覚情報を遮断してみた。スライドの文字を読むことはできるので、内容はわかるが、それだけだと講演者のリアルな感情や想いは伝わってこない。そこで、磯村さんがスライドのすぐ横で驚いた表情をしたり、腕を大きく広げたりしながらプレゼンすると、「きっとこれは磯村さんが驚いた体験なんだろうな」と想像がついた。
メラビアンの法則では、言語が聞き手に与える影響はわずか7%とされているが、今回の体験でまさにそれを実感した。磯村さんの声のトーン、スピード、身振り手振り、表情といったノンバーバルコミュニケーションによって、プレゼン内容は驚くほど楽しく、心に響いたのだ。
多様化する社会で必要になるユニバーサルプレゼン
プレゼンでしがちな失敗は、資料づくりに集中してしまい、それをどう伝えるかが疎かになってしまうことではないだろうか。ただ伝えるだけならば、情報を整理した資料を配るだけで十分こと足りるが、それだけでは相手の心を掴むことはできない。
今回の取材で、相手に情報を正しく伝え、納得させ、そして感動させるには、言語情報だけでなくあらゆる情報を駆使した、“感じる”ユニバーサルプレゼンが有効であることを実感した。ダイバーシティがますます進むこれからの社会では、多様な人々を対象としたプレゼンの重要性が高まる日がきっとくる。その時に、ユニバーサルプレゼンは強い味方になってくれるだろう。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Kazuhisa Yoshinaga