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新しい地図・稲垣吾郎×パラ卓球の若きエース・岩渕幸洋。『金メダル以上』でリベンジを!
text by Number編集部(Sports Graphic Number)
photograph by Takuya Sugiyama
※本記事はSports Graphic Number との共同企画です。
様々なハンデを背負う選手たちが工夫を凝らしてしのぎを削るパラ卓球。
前回大会の雪辱を誓うホープは、ただひとり実業団に飛び込み、実力を磨いてきた。
自ら発信にも取り組む25歳が語った、競技の魅力と東京への思いとは。
稲垣吾郎(以下、稲垣) 卓球、意外と汗をかくものですね! ちょっとラリーをさせてもらっただけなのに、結構息が上がりました。
岩渕幸洋(以下、岩渕) 実は見た目以上にハードな競技です。結局足が一番大事なので。
稲垣 卓球は魔法使いのようなイメージがあって、プロの方のラリーの速度を見ると信じられないです。僕はテレビ番組でちょっとやったことがあるぐらいでしたが、ハマったら楽しいかも?って思いました。
岩渕 慣れてきたらボールに回転も掛けられてて、すごくお上手でしたよ。
ゴルフで卓球が上手くなる?
稲垣 僕ゴルフをやるんですけど、プロの世界になるとちょっとドロップ気味に打ったりするようです。アマチュアにはほとんどわからないけど、その感覚と同じなのかなあとか考えていました。いきなりゴルフの話から入っちゃった(笑)。
岩渕 実は僕も最近ちょっとゴルフやってるんです。コロナでこういう状況になって、今までは必ず試合や合宿があった日曜日に時間ができたので。
稲垣 ゴルフ選手はクラブの“面”の使い方を意識するためにトレーニングでテニスをやるという話を聞いたことがあります。あと、ゴルフの球が硬くて重いと思い込むと力んでしまうから、軽い卓球のボールで練習することで、いいスイングが出来るようになるんだとか。岩渕選手もゴルフから刺激を受けたりしましたか。
岩渕 ゴルフって体全体を使って打つじゃないですか。その感覚を残したまま卓球をすると、体幹を使えている感じがします。
岩渕が卓球を始めたのは中学生
稲垣 なるほど、卓球でも手打ちはダメということですよね。岩渕選手は中学校で部活動にはいって卓球を始めたそうですが、卓球選手のイメージからするとやや遅いような気がします。
岩渕 そうですね。張本智和選手ら、健常者のトップ選手たちは小学校入学前には始めていたのが当たり前という感じですから、僕はかなり遅い方です。
稲垣 福原愛さんも早かったですね。
岩渕 卓球は他のスポーツに比べて体格差が競技力を左右しにくいんです。身体が小さくても足を動かせばボールに手が届く。パワーよりも、ラケットのわずかな角度や出し方にテクニックのある選手が勝つことも多いですし、若くても上位に行けます。僕のクラス(立位クラス9)のチャンピオンも、リオで優勝したときは16歳でした。
稲垣 パラの大会に出始めたのは?
岩渕 中学3年生からです。地域のスポーツクラブで習ったときに「君もパラの大会に出られるんじゃない?」と声をかけていただいて。それまでは自分が障がい者という認識が全くなかったので普通にやっていました。両足首の可動域が狭いという足の障がいは生まれつきなんですが、スポーツは得意で、足が悪くて駄目だなと思ったことはあまりなかったんです。
稲垣 でも、専門家の目から見たらパラでできるんじゃないか、と。言われた時は驚きませんでしたか。
岩渕 びっくりしました。パラリンピックってその当時は今ほど有名ではなかったので、漠然と車いすの方の大会なのかなと。自分がそこに出ていいのかなという気持ちで最初の大会に出たんですけど、全く勝てなくて……衝撃を受けました。
稲垣 勝てなかったんですか。
岩渕 パラの選手は自分の障がいの特性に合わせて、特殊な用具を使ったり独特な戦術を立てるのですが、それに全然対応ができませんでした。そこから、自分だったら何が武器にできるか、この弱点を突かれてしまうならどう返したらいいのか、と考えるようになっていきました。
パラ卓球のクラス分けって?
稲垣 岩渕選手は「立位クラス9」とのこと。パラ卓球は全部で11クラスあるそうですが、どういう分け方なんですか。
岩渕 陸上競技は手や足など障がいがある部位ごとにクラスが分かれますが、卓球の場合はその障がいがプレーにどれだけ影響するかで決まります。だからひとつのクラスの中に手や脚などいろんな障がいの人がいて、できることもできないこともまったく違う。僕のクラスだと、ラケットを持たない方の腕が肩から切断された選手もいて、彼らは僕と違って両足は健常なので、台から下がって大きな動きができるんですよね。
稲垣 卓球って下がる動きがありますよね。後ろでずっと粘っている人もよく見ます。
岩渕 僕の場合、後ろに引いて守る戦術はマッチしません。踏ん張りが効かず、パワーも出しにくいので、粘るタイプの選手もやり辛い。なので、なるべくコンパクトに闘い、自分の展開に持って行くために卓球台の前で早めに仕掛けていく「前陣速攻型」なんです。
稲垣 自分ができることと、できないことをちゃんと見極めなきゃいけない。できないことはちゃんと認めて、得意なことを武器にしていく。これって色んなことに通じる人生訓ですね。弱点を冷静に認めた上で自分の戦術にあわせてスキルを上げていくというのはすごく知的だなぁ。
弱点を攻めるのは、卑怯ではなくセオリー
岩渕 ともすると卑怯に見えるかもしれませんが、相手が障がいを持っている“戦術的な弱点”を徹底的に攻めるというのはセオリーなんです。別のクラスで行われる車いすの選手同士の対戦では、いかに相手が届かないところにコントロールするかが勝負の鍵になるし、その攻撃をしのぐ工夫もそれぞれの選手が考えているんです。卑怯なわけではなく、他のスポーツと同じようなウィークポイント、ストロングポイントなんだと思って見てほしいです。
稲垣 見る側も分かりやすいかもしれないですね。オリンピック選手たちにも得意不得意があるけれど、パッと見ただけでは分かりづらい。パラの場合、それが分かりやすく可視化されているというか。
岩渕 おっしゃっていただいた通り、戦術的な観戦ポイントがわかりやすいのがパラ卓球なのかなと思います。
稲垣 パラスポーツってクラスによってルールも変わってきたりして、見方が難しいと思うものもありますけど、パラ卓球はひと目で長所と短所が分かるし、少し勉強すればすごく面白そうですね。
岩渕 ぜひ一度見ていただきたいです。
ちょっと先の未来も予測する
稲垣 リオパラリンピックでは1ゲームも取れずに予選敗退。そこから世界選手権などでも上位の常連になっています。成長のきっかけだったり、選手としての転機みたいなものはあったんでしょうか。
岩渕 リオには大学4年生の時に出たんですが、社会人になって競技を巡る環境が大きく変わりました。僕がいま所属している協和キリンは、松平賢二さんら健常者のトップ選手ばかりのチーム。代表に呼ばれるような選手たちと一緒に練習できるのはすごく大きな変化かなと思います。
稲垣 健常者と同じチームに所属するというのはよくあることなんですか。
岩渕 僕が初めてのケースでした。卓球の実力的にはかなりの差があるので、ゲーム練習とかでは全く勝てないんですけど。
稲垣 トップ選手と練習をして、どういうところが鍛えられるんですか。
岩渕 自分がどんなボールを打っても返ってくるので、そういう返球に対する準備ができるようになりました。あとは一緒に試合に行かせていただいて、セットの間のインターバルで具体的なアドバイスをもらったり、どんなことを考えて試合してるのかという精神面について身近で聞けるのがすごく勉強になります。1本長いサーブが来たら、2、3点取ったあとにもう1回来るんじゃないかっていうことを予測しておかなきゃいけなかったりとか。
稲垣 試合中の感覚だけじゃなくって、ちょっと先の未来も予測してるんですね。
岩渕 試合が終わった後も「8対8の時のあそこに出したサーブはちょっとあっちに出すべきだったね」とかそういう試合の細かい展開まで記憶していたりするので、そういった力も必要なんだなと思います。
稲垣 記憶しなきゃいけないことが多すぎますよ! 短い時間の出来事を記憶して、あとからそれを呼び起こして分析してってすごく大変ですよね。オリンピックや世界卓球の試合も見て参考にしたりしますか。
岩渕 よく観ますね。特に試合の駆け引きみたいなところは参考になります。女子ですが、伊藤美誠選手は僕と卓球スタイルも似ていますし、バックハンドに突起があるラバーを使っているのも同じ。スピンがあまりかからない特性を生かした返球がすごく上手で、僕もやってみたいなと思います。
世界1位デボスは健常者の大会にも
稲垣 岩渕選手、現在は世界ランキングは3位。頂点も見えてきましたね。
岩渕 ただ、1位にいるベルギーのローレンス・デボス選手、先ほどお話したリオの金メダリストは健常者の世界大会にも出ている選手で、実力的にちょっと飛び抜けています。
稲垣 それは、すごい。
岩渕 彼は半身麻痺で右半身に障がいがあるんですけど、見た目は全く分かりません。右手の握力もあまりないらしいんですけど、トスもしますし。前に対戦した時に、僕のボールが卓球台の角に当たって彼の顔の近くに飛んでいってしまったんですけど、右手でキャッチされてしまって、結構動くんだなと思いました(笑)。僕は4回ぐらい対戦しましたが、勝てたことはないです。
稲垣 じゃあ目標として東京で勝利を、という感じですね。その東京パラリンピックが1年延期というのは、すごく大きな出来事だったと思います。最初に延期の一報を聞いた時はどう思いましたか。
岩渕 僕は挑戦者という立場でもあったので、そこまでがっくりとは来ませんでした。いま試合をやれば絶対に勝てるっていう立場の選手は違ったと思うんですけど、僕みたいに番狂わせを起こさなきゃいけない選手は、逆にこういった混沌とした状況の方がチャンスも増えるのかなというイメージです。中止という判断にならなくて良かったなと率直に思いました。
稲垣 たくましい、冷静でクレバーですね。
岩渕 デボスには正直、10回やって1回勝てたらいいみたいなレベルです。その1回をどう東京パラリンピックの本番に持ってこれるかが一つの戦略なので、いまは時間があって良かったです。準備する時間はもちろん、試合がなくて試合勘っていうところがちょっと途切れてくるので、久々の試合ってすごく荒れると思うんです。そこで地の利を生かして勝てたらいいなと。
目標「金メダル以上」の真意
稲垣 東京で金メダルを獲るプランが、もう出来上がってますね。
岩渕 僕は目標を「金メダル以上」と言っています。金メダルを取って、パラスポーツを広めるところまでをセットにしたい。
稲垣 やっぱり金メダルをとれば絶対に盛り上がりますもんね。最近はYouTubeチャンネルを開設して発信もされているとか。始めたのには何かきっかけがあったんですか。
岩渕 コロナの前から発信はしていたんです。自分の試合の様子だったりとか、なかなかメディアには出せない国際大会に行った時の映像だったりとか、自分以外にもこんなすごい選手がいるよということを発信できたらと思って。
稲垣 競技を広げていきたい、みんなに魅力を知ってもらいたい、と。さっき仰っていた「金メダル以上」の具体例ですね。
岩渕 やってみると面白いですね。視聴者に伝わるように話そうとすると考えが整理されるので、自分のためにもなっています。
稲垣 わかるなあ。僕らもテレビに出たりインタビューをしてもらったりすると、自分はこんなこと考えてるんだとか、よく出てきたなこの言葉とか思うことがあります。
岩渕 パラ卓球を見る人も、僕や日本人選手だけじゃなくて対戦相手の情報もあったらもっと踏み込んだ見方もできるんじゃないかなと思って。東京が始まる前にそこを提供できればと。
稲垣 それはぜひあったほうがいい! 僕もこんな面白い見方があるというのは今日初めて知りました。卓球は知的で、知れば知るほど見るのも楽しそうですからね。
岩渕幸洋 Koyo Iwabuchi / Table tennis
1994年12月14日、東京都生まれ。生まれつき両足首が内側に曲がる先天性内反足を持つ。’17年より協和キリンに所属し、’18年世界選手権で銅メダルを獲得。7月には2大会連続となるパラリンピック代表に内定。162cm、57kg。
稲垣吾郎 Goro Inagaki
1973年、東京都生まれ。9月からNHK「ベートーベン250」プロジェクトのアンバサダーを務め、12月には舞台『No.9-不滅の旋律-』の再々演も控える。手塚治虫原作の二階堂ふみとのダブル主演映画『ばるぼら』が11月に公開。
本連載は約2カ月に1度の掲載、次回は11月19日発売号の予定です。