日本一をかけた勝負の行方は? 全日本パラ・パワーリフティングレポート
1月30日から31日までの2日間、東京都・千代田区立スポーツセンターで「第21回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会」が開催された。緊急事態宣言下で海外からの招待選手の姿はなく、無観客での実施だったが、それでも会場はヒートアップし、4つの日本新記録(ジュニアを含む)が生まれた。
光瀬智洋が日本新で59kg級を2連覇
パワーリフティングは記録が重視されるスポーツだが、勝ち負けを決めるスポーツでもある。だが、競い合うライバルがいなければ、チャンピオンは自らの限界を目指すしかない。国内の競技人口が決して多くないパラ・パワーリフティングは、そんな状況に陥りがちだが、これまで目立たなかった選手たちの成長が存在感を示した第21回大会では、スリリングな「勝負」が繰り広げられた。
出場選手33人のうち、もっとも派手に闘魂をみなぎらせたのは、男子59kg級の光瀬智洋だ。2016年にパワーリフティングを始めた27歳は、前回大会で、日本王者の戸田雄也を抑えて初優勝。今大会では、38歳のテクニシャンを再び突き放し、日本の第一人者の称号を守るのか、見どころはそこに尽きた。
第一試技は戸田が131kg、光瀬が133kgを手堅く押し上げる。しかし、明暗を分けたのは137kgを同時に申請した第二試技だ。戸田のバーベルが胸で止まった一方、「行きます!」と会場に声を轟かせた光瀬は、着実に押し上げ白ランプ3つをともす。続く第3試技では、巻き返したい戸田が1kg上げて138kgに挑むが失敗して勝負あり。戸田はがっくりとした表情を浮かべ、今大会を終えた。
そして、試合のおもしろさはここで終わらなかった。イケイケムードの光瀬はさらなる重さに挑戦する。戸田の日本記録140kgを上回る141kgに挑んだ第3試技は失敗だったが、赤ランプ2つを見るや、迷いなく指を1本立てて特別試技を申請。「3本目、そんなに重さを感じなかったので」(光瀬)。すると、約3分のインターバル後、141kgを押し切ることに成功した。
その瞬間、「おっーーーっし!」と喜び、こぶしでベンチ台を何度も叩いた光瀬。やがて涙で感極まり、顔を両手で覆い、「日本記録が4回目の挑戦だったので、やっとです……」と感無量の気持ちを表していた。
一方、敗れた戸田だが、今後も高みを目指す気持ちは失っていなかった。「光瀬の伸びは分かっているけど、負けるつもりはない」。
現在、東京2020パラリンピックランキングは、戸田が11位、光瀬が12位。東京出場圏内のランキング8位以内への上昇、東京の出場枠「1」を狙う2人の熱き戦いは、ヒートアップしていきそうな気配を漂わせている。
97kg級は優勝候補の馬島誠VS元白バイ隊員の佐藤和人
勝ち負けを決めるおもしろさは、160kgの日本記録保持者・馬島誠を3人が追う97kg級でも繰り広げられた。まず挑戦状をたたきつけるように第一試技で160kgの日本タイ記録を樹立したのは、競技歴4年の40歳・佐藤和人だ。2回目、佐藤(和)は失敗試技には終わるが、5kgアップの165kgに挑み、会場をどよめかせた。
一方、優勝候補の馬島は、1回目154kg、2回目158kgを白ランプ3つで終えて完璧だったが、先行を許す展開に。第三試技では、46歳の伏兵・佐藤芳隆までが飄々と160kgを挙げ、混戦模様の様相を呈した。
しかし、この勝負、勝ったのは馬島だった。佐藤(芳)の後に順番が回ってきた佐藤(和)は、ふたたび165kgを失敗し、記録は160kgに。その姿を見届けた馬島は、161kgを白ランプ3つで挙上して逆転し、連覇を飾った。
現在、東京2020パラリンピックランキング17位。これまで東京に出場すべく、最低資格となるMQS(標準記録)165kgの突破を目指してきたが、達成できていないのが馬島の悩みだ。
「ここ1、2年、そこを意識しすぎて、伸び悩んでいました。でも、今回は冒険せず、次につなげるためのプランとして、白3つを揃えることを目標にしていました」と話す。悩んだ結果、全日本では重量より完璧な試技を求め、優勝がついてきた格好だ。
東京パラリンピックへの道はたやすくないが、「重量は3月のマンチェスター、6月のドバイでのワールドカップで挙げればいいと思っています」と、いまも前を向いている。
なお、第三試技の後、佐藤(和)は165kgに3度目の挑戦をして成功し、馬島の日本記録を塗り替えている。「挙げたときには、うれしさと安堵が入り混じりました。世界的には、まだ記録は低いので、いずれ200㎏、さらにメダルが獲れるラインまで強化していきたい」と語った。
元白バイ隊員というキャリアを持つ新星は、同階級の台風の目になっていきそうだ。
男子72kg級へ変更の宇城元が日本新
男子72kg級の戦いもまた熱かった。東京パラリンピック代表にもっとも近いと目されている樋口健太郎のいるクラスだが、このクラスにパラリンピック日本代表を2度背負った宇城元が階級を下げて飛び込んできたのだ。
過去2度、手術をした左ひじに感覚の違いや痛みを感じるようになっていたという日本の看板は、支えられる重量が減っている現実と向き合い、「一度72kg級にもチャレンジしてみよう」と決断したという。
そこで5ヵ月間で体重を8kg落として臨んだ今大会では、166㎏、171kgを成功させた後、日本新の176㎏に挑戦。終盤で挙上速度が落ちたが、それでも我慢して止まらず最後まで押し切った。
「ベストは尽くせたかな」と振り返った宇城。今後については、「72kg級と80kg級の両方を考えています。どちらかというと東京パラには72kg級が近いかな。ただ、樋口さんという強い人もいるので……」と選ぶであろう道が簡単ではないことも覚悟していた。
その宇城から一目を置かれた樋口は、170㎏で2位だが、「日本記録を破られたことは気にしてない。パラリンピック出場だけを見ているので、今回は過程に過ぎない。最終的には、6月のドバイ大会で190㎏を挙げるつもり」と、秘めた強い思いをのぞかせていた。
女子61kg級は一騎打ちの末、龍川崇子が優勝
女子61kg級では、前回、55kg級を制した山本恵理が階級変更をして注目を浴び、このクラスの第一人者・龍川崇子と一騎打ちに。山本は昨年8月、亜急性甲状腺炎を発症した治療の影響で体重を落としきれない状況だった。
第一試技はともに60kgを申請し、リードしたのは山本。龍川は失敗試技の苦いスタートを切るが、山本は白ランプ3つの完璧な挙上を見せる。しかし、第二試技では、龍川が65kgを成功させて逆転。リモートで大きな「恵理コール」を浴びた山本だが、2回目、3回目とも65kgは上げ切れなかった。
「満足はしていません。でも60kgを上げ、いろんな不安を払拭できました。3月のマンチェスター大会に派遣されれば、今度は55kg級でチャレンジするつもりです」(山本)
連覇を飾った龍川は「ここのところ日本新を更新していたのに、今回はできなくて不本意な結果です」と3回目に68kgを上げられなかったことを悔やんでいた。
56歳の元王者・三浦浩が現王者・西崎哲男に食らいつく
日本記録こそ出なかったが、男子49kg級でも熱い勝負が繰り広げられた。
136kgで優勝した西崎哲男に食らいついたのは、リオパラリンピック5位の56歳・三浦浩。西崎が第一試技で132kgを失敗してつまづくなか、パワリフ界きってのパフォーマーは、1回目で133kgを挙げ、2回目は失敗ながらも自己ベスト136kgに挑戦してケガからの復調をアピールする。
だがリードされても、決して王座は渡さないのが現王者の強さでもある。西崎は「弱気にならず、攻めていきました」と、予定を変更して第3試技は136kgを上げて逆転に成功。続いて再逆転を狙った三浦が137kgを失敗すると、やっと優勝が決まり、西崎は「思い描いていた試技とはほど遠かった」と反省しきりだった。対照的に2位の三浦は、「やっと西崎くんと競えるくらいまで戻ってこられた」と、大きな笑顔を見せている。
このように、好勝負が連発した第21回大会で、最後を締めくくった97kg級の馬島誠はこんな話をしていた。
「今回、戦っている感じがあって楽しかった。(4位の)石原(正治)選手とは、もっと多くの選手が1、2kgで競い合う試合がしたいねと話したんです。僕はそれを世界でもやりたいと思います」
競技人口が徐々に増え、切磋琢磨が生まれている実感があるのだろう。馬島の言葉には「さらに日本を世界のレベルへ」という熱い思いもにじんだ。
【第21回全日本パラ・パワーリフティング国際招待選手権大会 リザルト】
▼男子(階級/優勝者・記録)
49kg級/西崎哲男 136kg
同ジュニア/中川翔太 45kg=ジュニア日本新
54kg級/市川満典 135kg
59kg級/光瀬智洋 137kg 特別試技141kg=日本新
65kg級/奥山一輝 147kg
同ジュニア/井内英人 50kg
72kg級/宇城元 176kg=日本新
88kg級/大堂秀樹 174kg
97kg級/馬島誠 161kg (3位 佐藤和人 特別試技165kg=日本新)
107kg超級/中辻克仁 195kg
▼女子(階級/優勝者・記録)
41kg級/佐竹三和子 47kg
45kg級/成毛美和 56kg
55kg級/中村光 56kg
同ジュニア/見﨑真未 43kg
61kg級/龍川崇子 65kg
67kg級/森崎可林 66kg
text by Yoshimi Suzuki
key visual by Hiroki Nishioka